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第七章・円環の呪い12
「ハウスト、これはいったい……。あんなに晴れていたのに」
「ああ、急に突風が吹いて雨雲が広がった。波も高い、嵐になるかもな」
「え、嵐に……?」
ここは真っ暗な夜の海。そんな場所で嵐に見舞われれば危険です。
私は暗闇の中にイスラとゼロスを探し、元気そうな姿にほっと胸を撫でおろしました。眠っていたゼロスも起きていて、二人とも蝙蝠の背で無事にいます。
「イスラ、ゼロス、大丈夫ですか!?」
大きな声で呼びかけると、イスラとゼロスも私に気付いてくれます。
ゼロスは大きく手を振ってくれました。
「お~いっ、お~い! ブレイラ~! ぼくはだいじょうぶ~! ブレイラもだいじょうぶ~!?」
「私も大丈夫ですよ! ゼロスこそ無事でいてくださいね? 兄上の言うことをしっかり聞いて、海に落ちないように気を付けてください!」
「は~い!」
ゼロスが元気にお返事してくれます。
三歳でもさすが冥王様ですね、こんな時だというのに普段と変わりません。
そんなゼロスをイスラが小突いて、心配するなとばかりに私に向かって頷いてくれます。
「ブレイラ、俺たちは大丈夫だ! こいつもちゃんと見るから心配するな!」
こいつ、とゼロスを指差すイスラ。
それに気付いたゼロスが「ぼくも、あにうえみたいにえいってできるのに~」と少し不満そうでした。
でも相変わらずな二人の様子に安心します。
「良かった、少し安心しました。クロード、あなたも大丈夫ですか?」
「あう?」
「ふふふ、あなたも平気そうですね。さすが次代の魔王さまです」
私は懐のクロードに笑いかけました。
抱っこ紐で固定しているクロードの頭をなでなですると、背後のハウストを振り返ります。
「ハウスト、ありがとうございます。孤島まであとどれくらいですか?」
「あと少しだ。この悪天候でよく見えないが、晴れていれば島が見える距離だ」
「ではそれほど遠くないんですね」
島が見えるほどの距離ということは、夜明けが近い時間ということ。
このまま無事に孤島まで辿りつけばいいのですが、徐々に雨と風が強くなって、あっという間に前が見えないほどの暴風雨になりました。
私はクロードが恐がらないように抱き締めながら、激しい暴風雨に顔を顰めました。
「っ、やっぱり嵐になりましたね。雨と風がどんどん強くなっていきますっ……」
召喚獣の鷹も蝙蝠も嵐に負けてしまうことはないけれど、時々突風に煽られそうになっています。真っすぐ進むことすら難しいようでした。
「……まるで、島に近付けまいとするようですね……」
「正解だ、ブレイラ。やはり歓迎されていないようだ」
「え?」
なにげなく呟いた言葉に返事がして、ハッとしてハウストを振り返りました。
彼が厳しい面差しで大荒れの海を見ています。
「ハウスト、正解って……」
「来るぞっ、伏せてろ!」
「えっ、うわああああ!!」
突然、鷹が急降下しました。
凄まじい急降下に飛んでいきそうになるけれど、鷹の背にぎゅっとしがみついて踏ん張ります。
そして視界に飛び込んできた光景に息を飲む。だってそれはっ。
「っ、クラーケン!?」
しかも一体ではありません。
轟々とうなる荒波に何十体もの巨大なクラーケンが出現していたのです。
クラーケンの長くて太い触手が鞭のようにしなり、私たちを襲ってきました。
「わああっ!」
クロードを守るように抱き締めます。
寸前で鷹が避けて難を逃れました。次から次へと襲ってくる触手も機敏な飛行で避けてくれます。
このままクラーケンの集団を突破してしまいたいけれど、夜の嵐で視界が利かず、本来のスピードも俊敏性も発揮されません。
「ハウスト、このままじゃ島に近付くこともできませんっ」
「ああ、仕方ない。一掃するしかないな」
ハウストはそう言うと蝙蝠にいるイスラとゼロスに向かって声を張り上げます。
「イスラ、ゼロス、クラーケンは俺が始末する! お前たちはブレイラとクロードを守れ!」
「分かった!」
「できる~!」
二人の返事にハウストは頷き、次に私とクロードを見ました。
「ブレイラ、聞いていた通りだ。クロードを頼んだぞ?」
「はい、あなたも気を付けてください」
「心配するな、すぐに片付ける。お前の側にはクウヤとエンキをつけておく」
「ありがとうございます」
礼を言うとハウストが私の目元に口付けてくれました。
次にクロードの頭にポンッと手を置く。するとクロードがハウストの手を捕まえようとします。
「お前も赤ん坊とはいえ次代の魔王だ。頼んだぞ」
「ばぶっ。あーうー」
返事をするようにおしゃべりしたクロードにハウストが目を細めました。
そしてゆっくり鷹の上に立ち、空から暗い海を見下ろします。
嵐の海は大荒れで、そこかしこに大きな渦が発生している。しかも島を守るようにして何十体もの巨大なクラーケンがいました。
しかしハウストに動じた様子はありません。
「行ってくる」
ハウストがそう言ったと思った瞬間、鷹の上から彼の姿が消えていました。
そう、嵐の海に飛び降りたのです。
「ハウストっ……」
私は鷹の背から海を見下ろす。
祈るような気持ちで目を凝らすけれど何も見えません。
でも。――――ピキピキピキピキピキッ……!!
「っ、これはっ……!」
視界に広がった光景に息を飲みました。
瞬く間に嵐の海が広範囲で凍り付き、巨大クラーケンが氷柱の中で氷漬けになる。そう、ハウストは海ごとクラーケンを凍らせてしまったのです。
凍り付いた海に幾つもの氷柱が立ち上がり、ハウストが巨大氷柱をクラーケンごと粉砕していきます。
バリーン!! バリーン!! バリーン!! ガラガラガラガラガラッ……!!
氷柱が粉砕される衝撃音。
凍り付いた海上で氷塊が瓦礫のように積みあがっていきます。
「ハ、ハウスト……」
圧倒的でした。
凍り付いた海の上を悠然と歩き、氷柱を一つ一つ粉砕していくのです。しかも拳一つで!
「ちちうえ、すごーい! カチコチをえいえいって!」
蝙蝠の上でゼロスが興奮しています。
ハウストを真似て、えいっ、えいっ、と空に拳を打ち込んで、一緒の蝙蝠に乗っているイスラがとても迷惑そうな顔をしていました。
そんなイスラとゼロスに苦笑しましたが、私の懐にも興奮している赤ちゃんが一人。
クロードはじーっとハウストを見ていたかと思うと。
「…………。……あいっ、あいっ」
あいっ、の可愛い掛け声と同時にバンザイをしていました。
クロードも巨大な氷柱を壊している気になっているのかもしれませんね。
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