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第七章・円環の呪い13
「上手ですよ、クロード。あなたも強いんですね」
「あいっ。ばぶぶっ」
満足そうなクロードに目を細めました。
いずれ立派な魔王様になる赤ちゃんですが、今はどの仕種も表情もとても可愛いのです。
「ブレイラ、そっちは大丈夫か!?」
接近してきた蝙蝠からイスラが声を掛けてくれました。
一緒にいるゼロスも「お~い!」とはしゃいでいます。
さすが勇者と冥王です。嵐やクラーケンくらいでは動じません。
「私は大丈夫です!」
手を振って返事をするとイスラとゼロスが安心してくれました。
イスラは素早く状況を判断すると誘導してくれます。
「海が急激に冷やされて気流が乱れている! 少し移動するぞ、誘導する!」
「お願いします!」
蝙蝠が前を飛行し、私が乗っている鷹が後に続きます。
頭上の黒い雨雲に突っ込み、そのまま更に上昇して雲の上に出ました。
雲の下は暴風雨の嵐だけれど、雲の上は静寂でした。
夜の雲海に月が浮かび、黒い雲を淡い月光が照らしています。
このまま島を目指したいけれど。
「イスラ、こちらになにか飛んできます!」
月明かりに照らされて、点々とした黒い影が見えました。
目を凝らし、その影に血の気が引いていく。それは大型怪鳥の群れだったのです。
接近してきている怪鳥に、イスラとゼロスが警戒を強めます。
「海だけじゃなかったようだな。ゼロス、構えろ。ちゃんと集中しろよ?」
「しゅうちゅう~!」
ゼロスは気合いを入れると冥王の剣を出現させました。
それに頷いたイスラが今度は鷹の背にいる私を見ます。
「ブレイラ、怪鳥は俺たちが食い止める。巻き込まれないように後方にいてくれ」
「分かりました。どうか気を付けて」
「ピイイィィィ!!」
私を乗せた鷹が甲高い鳴き声をあげて安全圏まで下がってくれました。
イスラはそれを確認すると、目前まで迫った怪鳥の群れを見据えます。
「ゼロス、このまま突っ込むぞ! 一羽残らず始末しろ!」
「できる!」
二人を乗せた巨大蝙蝠が怪鳥の群れに突っ込みました。
同時にイスラが竜巻を発生させて怪鳥の群れを蹴散らす。先制で群れを混乱させ、素早く跳躍して怪鳥から怪鳥へと飛び移って倒していきます。
「わあ~! あにうえ、ぴょんぴょんって、すごーい!! ぼくもしたい!!」
「お前はそこで戦え! 落ちて俺の手間を増やす気か!!」
「え~っ、ぼくだってじょうずにできるのに~!」
「また今度だ! 調子に乗って海に落ちたらブレイラとクロードを守れないぞ!?」
「……またこんどね。やくそくね」
ゼロスは少しいじけた声で返事をしました。
でもそんな会話を交わしながらも、二人は見事な剣技で次々に怪鳥を倒していきます。
イスラの強さは当然ながら、ゼロスも巧みに蝙蝠を飛行させて剣で応戦していました。
「二人とも大丈夫なようですね」
「あぶぶっ」
「ふふふ、父上も兄上たちもとても強いですね」
「あいっ」
私はクロードをなでなでしてあげました。
海ではハウストが戦い、空ではイスラとゼロスが戦っています。このまま撃退して予定通り夜明けまでには島へつけるでしょうか。
でもそんな時でした。
ふと、月を背にして小さな光がポツリと出現します。それは蝋燭の灯のように揺らめいたかと思うと、みるみるうちに巨大化していく。炎の塊が手足のように伸びて、まるでそう、炎の巨人!
「こ、こんなものがいるなんてっ……」
愕然としました。
人型をした炎の塊はまさに炎の巨人で、海に仁王立ちしても雲より高い巨大さです。
炎の巨人がゆっくりと動いて、何かを探すように周囲を見回します。目や鼻などの顔はないけれど、まるで意志を持っているかのような動きでした。
そして不意に、目が合ったかと思うと。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
「っ、わああああああ!」
炎の巨人が凄まじい雄叫びをあげました。
声量の衝撃波が広がって、咄嗟に鷹の背中にしがみ付く。
少ししておそるおそる目を開けると、広がっていた光景に驚愕しました。
今、夜の暗い海を照らしているのは炎の光。雄叫び一つで怪鳥の群れを蹴散らし、空を覆っていた分厚い雨雲を吹き飛ばして嵐を消滅させてしまったのです。
この炎の巨人もゲオルクが生み出したというのでしょうか。そうだとしても、異形の怪物とは違って神々しさすら感じるものでした。
「ブレイラ、大丈夫か!?」
「ブレイラ~!」
イスラとゼロスが蝙蝠に乗って飛んできてくれました。
心配してくれる二人に私も安堵しました。二人が無事で良かったです。
「私は大丈夫です。ハウストが守ってくれました」
そう言って私は自分の左手にそっと右手を重ねました。
左手薬指には環の指輪。そう、ハウストが贈ってくれた婚礼の指輪です。この指輪は魔王の力の一部が形になったもの。
衝撃波が襲いかかる寸前に指輪から光が放たれ、強力な防壁によって守られました。でもこれが発動するということは命にかかわる危機だったということ。
この炎の巨人は雄叫び一つで指輪の力を発動させてしまったのです。それは今までにない恐るべきことでした。
「イスラ、これはいったいなんでしょうか。こんなの初めて見ました」
「俺も初めてだ。こんなもの人間界の伝承でも聞いたことがない」
「ぼくも! ぼくも、えほんでもみたことない!」
イスラが緊張した面持ちで炎の巨人を見据えています。人間界各地の遺跡や古文書に造詣が深いイスラにとってもこの炎の巨人は正体不明なのです。
そしてゼロスもびっくり顔で炎の巨人を見つめていました。ゼロスは可愛い動物が出てくる絵本が好きなので、たしかにこういうのは見ないかもしれませんね。クロードも「あい……」と緊張した面持ちで頷いています。可愛い知識を披露してくれる二人をなでなでしてあげたいです。
でも今は、炎の巨人と対峙する時。
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