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第七章・円環の呪い15
「わあっ、クロード!?」
「あああああああん! あああああああああああん!!」
「ちょっと、なげちゃダメでしょ! クロードないてるんだけど! もう、あにうえなのに~! クロード、だいじょうぶ? もうないちゃダメ。ぼくが、ちゃんとダメっていっといたからね」
ゼロスがプンプン怒りながらも、泣いているクロードをあやしています。
大荒れの大海原で立ち泳ぎしながら赤ちゃんをあやしている三歳児。この危機的状況に似つかわしくないほど余裕な姿は、神格である四界の王がいかに規格外の存在であるか見せつけるもの。そしてそれは今の私にこれ以上ないほどの大きな安堵をもたらしました。
もうクロードは大丈夫なのですね。
「うぷっ、……ゼロス、クロードをっ……! クロードをおねがい、しますっ……!」
「ええっ! ど、どうゆうこと!?」
「ああああああん! ぷはっ。ああああああああああん! ぷはっ」
ゼロスがクロードを抱っこしたまま驚いています。
ごめんなさい、許してくださいね。でもクロードの大きな泣き声に安心して、力が抜けて、体が海底に引きずり込まれていく。
そんな私をイスラは決して離しません。そして。
「ゼロス、よく聞け!! 今すぐクロードを連れてここから離れろ! 大丈夫だ、ブレイラは俺が必ず守る!! あとは頼んだぞ!!」
イスラはゼロスに向かってそう言うと、引きずられる私と一緒に海に潜りました。
凄まじい勢いで海底へ引きずり込まれていく私をイスラが助けようとしてくれます。
私も身じろいで抗うけれど、その力が抜けていって、意識までも遠のいていく。
イスラ……。
手を伸ばすと、その手が強く握り返されました。
暗い海中で姿は見えないけれど、分かりますよ、イスラですね。
不思議ですね、溺れている筈なのにそれほど苦しくないんです。イスラのお陰でしょうか。
私は意識を手放す最後までイスラの手のぬくもりを感じていました。
◆◆◆◆◆◆
ザアアアア……。ザアアアアアア……。
孤島の砂浜にさざ波が寄せる。明るい陽射しに海はキラキラ輝いて、昨夜の嵐など嘘のような平穏な景色が広がっていた。
そんな中、――――ザバアァァ!! ザブザブッ、ザブザブッ……!!
海に一人の男と二人の子どもが現われた。男は赤ん坊を小脇に抱え、背中には幼い子どもをしがみ付かせている。そう、ハウストとゼロスとクロードだ。
「ああああああん! あああああああああん!!」
「うっ、うぅ……。ブレイラとあにうえ、どっかにいっちゃったあ~! うわあああああああん!!」
小脇のクロードと背中のゼロスが大きな声で泣いている。
ハウストは泣いている二人の息子を抱えて砂浜に向かってザブザブ歩く。
夜の海でハウストはゼロスとクロードを保護し、そのまま島を目指して泳いだのである。
昨夜はさすがに驚いた。
嵐の海に大量のクラーケンが出現し、空には怪鳥の群れが現われた。そこまではハウストの想定内だったが、問題は正体不明の炎の巨人である。あれにはさすがのハウストも驚愕を隠し切れなかった。
突如炎の巨人が出現し、雄叫び一つで怪鳥の群れだけでなく嵐まで消滅させたのだ。ハウストはクラーケンを全滅させてすぐに炎の巨人へ向かったが、ブレイラは海に落下してしまった。その後、炎の巨人は忽然と姿を消したのである。
炎の巨人のことが気になったが、ハウストは大荒れの大海原でブレイラたちを探した。
『あっ、ちちうえだ!! ちちうえっ、ちちうえ~~!! ブレイラとあにうえが~!! うええええええん!!』
『ああああああん! ぷはっ。ああああああああん! ぷはっ』
そうして発見したのは三歳の次男と赤ちゃんの三男だったというわけだ。大海原でゼロスがクロードを抱っこして泳いでいたのである。
ハウストを見つけたゼロスとクロードは泣きじゃくった。
『うわああああああん、ちちうえ~! ブレイラとあにうえが、ぼくにクロードをおねがいねってして、うみにドボンッてしたの! ぼくたすけたかったのに、ブレイラとあにうえが~! うえええええええええん!!』
『あああああああん! ぷはっ。あああああああああん! ぷはっ』
『分かったから泣くな。とりあえず無事で良かった』
『うっ、うぅ、ブレイラとあにうえは?』
『イスラが一緒なら大丈夫だ。ブレイラもまだ生きてる』
『ほんと!?』
『クウヤとエンキがブレイラと一緒だ。二頭に異変を感じない』
『そっか、ブレイラ……。グスッ』
ゼロスが泳ぎながら鼻を啜った。
そんなゼロスにハウストは目を細めた。今回ゼロスが戦力として行動し、クロードを保護したことは心強いことなのである。
『ゼロス、よく無事でいてくれた。クロードもよく守ってくれたな、偉かったぞ?』
『グスッ、まあね。うぅ、……ぼくつよいし、あにうえだし、クロードあかちゃんだし、ぼくのおとうとだし、まもってあげなきゃっておもったの。……グスンッ』
『そうか、よくやった』
ハウストはゼロスを褒めた。
冥王とはいえ三歳の子どもがよく守ってくれた。ゼロスは泣いているが上出来だ。
ブレイラの無事を知って少し落ち着いたゼロスにハウストも安心したが、いつまでもこうしていることは出来ない。
『ゼロス、クロードを貸せ。島まで泳ぐぞ』
『クロード、どうぞ』
ハウストはクロードを受け取った。
クロードはハウストの肩にぎゅっとしがみ付く。
『あああああん! ぷはっ。あああん! ぷはっ』
『クロードも偉かった。お前もよく無事だったな』
『ぷはっ』
『ああ、うまく呼吸できてるぞ』
『あい~っ。ずびっ』
鼻水を啜るクロード。
ハウストはクロードの鼻水を拭ってやると、小さな体を肩に担いで泳ぎだす。
『よし行くぞ。ゼロス、ついてこい』
『ちょっとまって!!』
大きな声で呼び止めるゼロス。
ハウストはなにかあったのかと振り返ったが。
『ぼく、およげないの。おんぶしてっ』
『……バカ言うな、今も泳いでるだろ』
ハウストは盛大なため息をついた。
こんな時になにをバカなことをとハウストは相手にしなかった。
だがゼロスは唇を噛みしめ、大きな瞳をみるみる潤ませていく。
『うぅ~っ、おんぶしてほしいの。おんぶぅ~……っ』
その声は微かに震えていた。
そう、ゼロスは冥王でもまだ三歳。勇ましく戦えるようになったが、目の前でブレイラと兄上が海に消えてしまってびっくりしたのだ。
慕っているブレイラと離ればなれになることは、幼いゼロスとクロードにとってショックなことなのである。
『……そうだな、悪かった。ほら来い』
『ちちうえ~~!』
ゼロスは飛びつくようにハウストの背中にぎゅっとする。おんぶだ。
こうしてハウストは肩にゼロスとクロードをしがみ付かせて泳ぐことになった。泳いでいる時、二人は泣きやんだと思ってもブレイラたちを思い出すと『……うえええええん!』と声をあげて泣いていた。
ハウストはそんな二人に大丈夫だと言い聞かせながら岸まで泳いだのである。
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