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第七章・円環の呪い16
「島に着いたぞ」
「うぅ……。ここにブレイラとあにうえ、いるかなあ……?」
「ああ、きっとここだ。二人もこの島に上陸しているはずだ」
「うん」
砂浜についてゼロスがハウストの背中からぴょんと飛び降りた。
ブレイラたちと離ればなれになった時は怖くて寂しくてたまらなかった。でも父上におんぶしてもらって少しずつ落ち着いてきたのだ。
「大丈夫か?」
「うん、もうだいじょうぶ。ちちうえ、ありがと。……グスッ」
「いや、よく我慢している。まだ頑張れそうか?」
「がんばれる~。……グスッ」
「そうか、えらいぞ」
「ブレイラにあえたら、ゼロスはがんばってたぞって、いってくれる?」
「ああ、会ったらちゃんと話しておく」
「とってもえらかったぞって」
「ああ、話す」
「ゼロスはかっこよかったぞって、つよかったぞって、ブレイラにいってほしいの。ほかにも」
「まだあるのか」
「ある。ゼロスはここにきてもまいにちおべんきょうしてたぞって、ちゃんといってほしいの。つぎのテストでゼロスはひゃくてんいけるんじゃないかって、ちちうえからちゃんと」
「…………」
「ちちうえ、きいてた?」
「……ああ、聞いてた。分かったから、もういいだろ」
「うん、おねがいね?」
そう言ってグスンッと鼻を啜るゼロスの頭にハウストはぽんっと手を置いた。とりあえず元気を取り戻しつつあるので良しとした。
次は小脇に抱えているクロードの頭も撫でてやる。
「お前もだ、クロード。よく頑張った」
「あい~っ。グスッ」
目は真っ赤だがクロードの涙も引っ込んでいる。
無事に島に上陸できて少し安心したのだろう。
ハウストは上陸した島を見回した。
事前に地図で見ていた島の大きさは、島を一周するのに大人が歩いて三日かかるほどの大きさだ。
孤島としては大きいが、探し人を見つけることが困難なほどではない。ここにブレイラとイスラも上陸していれば必ず探しだすことができるはずだ。
ハウストはさっそく探しに行こうとしたが。
「…………クチュン」
小さなくしゃみ。クロードだ。
当然である。海から上がってきたばかりなのだから。
幸いにもそれほど冷えているわけではないが、子どもの衣服が濡れたままなのは良くない。ここにいるのはクロードを含めて規格外の基礎体力・潜在能力・身体能力を持っている四界の王なので平気と言えば平気だが、もしここにブレイラがいれば放っておかないだろう。
「火を起こす。探しに行く前に服を乾かすぞ」
「だいじょうぶなのに?」
「大丈夫でもだ」
そう言うとハウストは火炎魔法で焚き火を起こした。
ハウストがクロードの濡れた服を脱がせようとする。
「こら、逃げるな。着替えるだけだろ」
「うー」
「なに不機嫌になってるんだ。服を乾かすだけだ」
「あ、クロードにげてる~」
「お前も早く脱げ」
ゼロスはクロードを指摘しているが、自分も濡れたシャツに苦戦している。
ハウストは幼い二人にため息をつくと、クロードを手早く脱がせ、ゼロスの脱衣も手伝った。
こうして大人と子どもと赤ちゃんの三人が半裸で焚き火を囲む。
服や靴を乾かしていると、海の沖合からハウストの使役する巨大な鷹と蝙蝠が飛んできた。
ハウストは二羽を出迎えようとしたが。
「…………おい、なんなんだ」
しかし二羽は砂浜に降り立ったものの、ハウストたちを遠巻きに見ている。しかも申し訳なさそうに……。
「どうしたんだろうね?」
「あぶぶ?」
ゼロスとクロードも首を傾げた。
ハウストも首を傾げたが、もしかしてと呼びかける。
「こっちへ来い。……俺は怒ったりしてないぞ?」
ハウストがそう言うと、申し訳なさそうに二羽が近づいてきた。
そんな二羽をハウストは撫でてやる。
「やっぱり気にしていたのか。お前たちのせいじゃない。俺にとっても想定外のことが起きていた」
ハウストの召喚獣は忠実である。命令通りにブレイラを守れなかったことを気にしていたのだ。
「あっ、ぼくのリュックサック! ひろってきてくれたの? ありがとー!」
蝙蝠の背中にゼロスの子ども用リュックサックが乗っていた。他にも鷹の背にはブレイラの大きなリュックサックもある。
どうやら二羽は海で落としてしまった荷物を拾ってくれていたようだ。
「よく持ってきてくれた。クロードのミルクが入っていたんだ」
「クロード、ミルクだよ。よかったね」
「あいっ」
クロードもパチパチ拍手した。
クロードもリュックサックの中には自分の赤ちゃんグッズが入っているのを知っているのだ。
「疲れただろ。しばらく休んでいろ。また頼んだぞ」
そう言うと召還魔法陣が発動して巨大な鷹と蝙蝠の姿が消えた。
ゼロスはさっそくリュックサックを漁っている。
「なにしてるんだ?」
「ちちうえ、ミルク! そろそろクロードのミルクのじかん!」
「そうだったな」
「うん、これくらいのじかんだった」
ゼロスはいつもブレイラと一緒にいるのでミルクの時間が分かるのである。
リュックサックから哺乳瓶を見つけてさっそくミルク作りだ。ハウストが湯を沸かしてミルクを作る。待っている間、ゼロスがクロードに着替えをさせて絵本を読んであげた。
こうして休憩を挟み、服が乾いたので三人はいよいよ出発である。
ハウストはブレイラのリュックサックを背負い、クロードを片腕に抱っこする。ゼロスも自分の子ども用リュックサックを背負った。
しかし、そんなハウストをゼロスがじーっと見上げる。
「……どうした」
「ちちうえ、これつかう? これでだっこもおんぶもできるの。ブレイラは、べんりですねっていってた」
ゼロスが差しだしたのは抱っこ紐。
抱っこ紐は赤ちゃんを抱っこしたまま両手が使えるのでとっても便利なのだ。ブレイラとゼロスも愛用する赤ちゃんグッズだ。
だが。
「…………いや、大丈夫だ」
謹んで断った。
ハウストも便利グッズだと分かっている。分かっているが、魔王として生まれたハウストにとって『抱っこ紐』という道具は縁遠いものなのだ。
「そお? べんりなのに」
「気持ちだけもらっとく」
「わかった。いつでもいってね」
「ああ」
こうして断りながらも、ハウストは内心気付いていた。
ブレイラと結婚してから今まで縁遠かったはずのものが身近になっていることに。
気付けば、ミルク作りも、寝かしつけも、子どもに食事を食べさせるのも、着替えを手伝うのも、入浴をさせるのも、だいたいのことは出来るようになっていたのだ。それはブレイラと出会う前のハウストは想像すらしたことないものばかりだ。しかし……。
「ちちうえ、はやくいこ! はやくブレイラとあにうえ、さがしにいこ!」
「あぶぶっ、あーあー!」
ゼロスが駆けだした。
抱っこしているクロードも指を差している。
ハウストは、はやくはやくと急かす二人に目を細めた。想定外のことばかりだが、やっぱり悪くないのだ。
そしてハウストの家族はブレイラとイスラが必ず揃わなくてはならない。
「ああ、ブレイラとイスラを見つけるぞ。ゲオルクは許さん」
「ゆるさん!」
「あいっ!」
ゼロスとクロードが勇ましく声をあげた。
こうして、三人はブレイラとイスラを探しに孤島へと踏み出したのだった。
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