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第八章・力無き者たちの祈り1
ザアアアァァァ……。ザアアアァァァ……。
耳に心地よい波の音。
その音に誘われるようにゆっくりと意識が浮上しました。
「う……ん………」
小さく身じろいで目を開く。すると視界いっぱいにイスラの整った顔が映って、力いっぱい抱きしめられます。
「わあっ、イスラ!?」
「ブレイラ、良かったっ! 目が覚めたんだな。良かった、ブレイラっ、ブレイラ……!」
イスラが私の顔を覗き込んで、また強く抱きしめられました。
その温もりに私の全身から力が抜けていく。だって、あなたも私も生きているのですね。
「イスラっ、あなたも無事でいてくれたんですねっ。良かったです、ほんとうにっ……」
「ああ、海流にうまく乗れたようだった。そのまま泳いで島に辿りついたんだ」
「そうでしたか、私を泳いで連れてきてくれたんですね。ありがとうございます」
ここは孤島の海岸のようでした。
イスラは私を連れて泳いでくれたのです。
私は溺れて気を失っていたのでとても大変だったことでしょう。しかも海中には得体の知れないものまでいたのですから。
「イスラ、ゼロスとクロードは!? ハウストはどうなっているか知っていますか!?」
「三人なら大丈夫だ。クロードはゼロスに預けた。ハウストなら二人を見つけて島に上陸しているはずだ」
「そうですね、ハウストならきっとっ……」
まだ確証はありませんが、大きな声で泣いているクロードをゼロスが抱っこして泳いでいました。
二人なら大丈夫だと信じます。三歳と赤ちゃんですが、冥王と次代の魔王なのです。神格の存在の二人なら嵐の海に負けたりしません。でも三歳と赤ちゃんだから、早く見つけてあげたい。二人はまた不安で寂しい思いをしたはずです。
でも今はハウストを信じます。ハウストなら必ず二人を見つけて保護しているはずです。
私はイスラを見つめました。
「イスラ、私を守ってくれてありがとうございます。こうして生きて島に上陸することができました。だからクロードやゼロスやハウストにまた会うことができます。あなたのお陰です」
私は感謝を伝えました。
あの嵐の海から普通の人間の私が生還することは奇跡に近いことです。ましてや海中には得体の知れないものがいたのですから。
「……いや、たしかに俺が泳いでたけど」
イスラがなにか言いよどみました。
歯切れの悪い様子に首を傾げてしまう。でもその時、背後から声を掛けられます。
「目が覚めたんですね。ご無事でなによりです」
「えっ、レオノーラ様!?」
ハッとして振り向くとそこにはレオノーラがいました。
意味が分かりません。どうしてレオノーラがここに。
驚く私にイスラが説明してくれます。
「レオノーラもこの島の海岸に流れ着いてたんだ」
「レオノーラ様も……?」
「お恥ずかしながら、私が乗っていた船も嵐と襲撃を受けて転覆しました。私は海に投げられてしまったんです」
「そうだったんですね! それは大変な目に遭われて……。レオノーラ様もご無事でなによりでした」
初代王たちが船で孤島を目指していたことは知っていました。
昨夜の嵐は人間たちの船も襲ったのですね。もしかしたら魔族や精霊族の船も襲われたのでしょうか。
しかも激しい嵐だけでなく、異形の怪物や炎の巨人、海中には見えないなにかが潜んでいたのです。あの海から生きて島に上陸するのは簡単なことではありません。普通の人間なら尚更です。
「レオノーラ様は泳ぎが得意なんですね。あの嵐の海を泳ぐなんて凄いです」
私とレオノーラは容姿がそっくりですが、レオノーラは剣技も一流で、荒波すら泳いで渡れる泳力と体力を持っているのですね。とてもすごいです。私も山育ちなので体力には自信があるんですが、泳ぐのだけは上手くできません。
尊敬の眼差しを向けましたが。
「いえ、溺れていました。泳げないので沈んでしまいましたから」
「あ、そうでしたか……。すみません」
どうやら泳げたわけではないようです。
でも泳げないとなるとどうして……。そんな私の疑問に気付いてか、レオノーラが苦笑して答えてくれます。
「実は……海中で呼吸ができたんです」
「え?」
よく意味が分かりませんでした。
人間は水中で呼吸ができないものなのです。当たり前のことです。
そんな私の動揺にレオノーラが困った顔になりました。
「奇妙な話しをしてすみません。でも呼吸ができたので生きています。海に沈んだ私は海流に流されて島に漂着しました」
「そうでしたか……」
俄かに信じられませんでしたがレオノーラが偽りを口にしているとは思えません。
そんな中、イスラは何か言いたげに私を見ています。
「イスラ?」
「……ブレイラ、俺たちもなんだ。海流に乗っている時、俺もブレイラも呼吸をしていた」
「ええっ、私とイスラも!?」
驚きに目を丸くしてしまう。
もちろん私は人間なので水中で呼吸できたことはありません。
でもイスラは神妙な顔で頷くと説明してくれます。
「ああ。最初は呼吸ができなかったけど、海流に乗ってからは不思議と呼吸ができたんだ。しかもブレイラを捕えていた見えないなにかも消えていた」
「そうなんですか……」
困惑しました。
私は覚えていませんが、イスラはこういう時に作り話しをするような子ではありません。
それに泳げない私とレオノーラが生きている。それがなによりの裏打ちに思えました。
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