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第八章・力無き者たちの祈り5

 その日の夜、幻想族の陣営では宴会が開かれた。  兵士たちは音楽を奏でてダンスを楽しんでいる。  ゼロスは美女たちと手を繋いで輪になって踊り、見学するクロードもパチパチ手を叩いてはしゃいでいた。  夜空の月が輝きを増し、宴も終わりに近づく。  はしゃいでいたゼロスとクロードがうとうとし始めた。  気付いたハウストはゼロスとクロードに声を掛ける。 「ゼロス、クロード、天幕に戻るぞ」 「ええ~、あともうちょっと」  ゼロスが不満そうな顔になった。まだ天幕に戻りたくないのだ。  そんなゼロスにハウストはため息をつく。  ゼロスなら抵抗してくるのは分かっていたが……面倒くさい。ハウスト的には寝落ちするまで好きにすればいいと思う。しかしこういう時、ブレイラはゼロスを根気よく説得して寝床に連れていくのだ。  ハウストはクロードの小さな体をひょいっと抱き上げた。 「ほら行くぞ」 「あぶぅ~っ」 「こら暴れるな」  クロードが全身で反り返ってハウストの抱っこから逃げようとする。まるで釣り上げた魚だ。  だがどれだけジタバタしてもハウストから逃れることは不可能である。 「クロード、諦めろ。ゼロスも行くぞ」 「クロードはあかちゃんだから、クロードだけつれてって」 「お前だって限界だろ。さっき頭が揺れてたぞ」 「それじゃあ、ここでねる」  どうしても賑やかな場所から離れたくないようだ。  でもそれが許されるはずがない。 「駄目だ、ちゃんと天幕の寝床で寝ろ。ブレイラにもいつも言われてるだろ」  ゼロスがブレイラの名にぴくりと反応する。  眉を八の字にしておずおずと聞く。 「おなか、ひやしちゃダメだから?」 「まあ、そういうことだ」 「……わかった。ちちうえ、おててつないで」  ゼロスが渋々ながらもようやく納得した。  小さな手を差しだされ、ハウストは手を繋いでやる。  こうしてハウストはクロードを片腕で抱っこし、ゼロスと手を繋いで天幕に入った。  ここは三人のために用意された寝床だ。  ハウストはクロードとゼロスを寝床に寝かせる。  赤ん坊のクロードは寝床の温もりに包まれると、ふあっ……と小さな口であくびをし、大きな瞳をうとうとさせた。  ここにブレイラがいればクロードの仕種にうっとりし、「かわいい寝顔ですね」とクロードをなでなでしていたことだろう。  だが。 「おい、見てみろゼロス。クロードが面白い顔してるぞ」 「どれどれ? あ、クロードおもしろいおかお~。おめめ、はんぶんになってる~」  アハハッと笑うゼロス。  寝入る寸前のクロードは半開きの目でうとうとしていたのだ。  からかわれたクロードは不機嫌に「うー……」とうなったが、睡魔に負けて寝入っていった。  クロードが眠れば次はゼロスである。 「ゼロス、次はお前が寝る番だ」 「ぼくも、さっきみたいなかおするの? こんなの」  先ほどのクロードを真似てゼロスが目を半開きにした。  ハウストは噴き出しながらも、ゼロスの額を軽く小突く。 「そうだ。そのまま目を閉じて寝ろ」  そう言ってハウストがゼロスの体に布団を被せてやる。  そうすると温もりに包まれて、ゼロスもうとうとし始めた。 「……ねえ、ちちうえ」 「なんだ」 「ブレイラとあにうえ、だいじょうぶかなあ……」 「大丈夫だ。ブレイラはイスラと一緒にいる。それにクウヤとエンキも側についている」 「そっか、そうだよね……。うぅ、ブレイラ……」  ゼロスの目尻にじわりと涙が滲む。  ブレイラの名を口にした声は微かに震え、唇を噛みしめて必死に耐えている。  宴会中は賑やかで楽しい気持ちになったけれど、眠る前の静かな時間になると思い出してしまう。ここには父上もクロードもいるけれど、どうしても寂しくなってしまうのだ。 「必ず会える。信じろ」 「うんっ……。グスッ」  ゼロスは涙をゴシゴシ拭った。  真っ赤な目でハウストを見上げ、自分に言い聞かせるようにハウストに話しかける。 「ちちうえ、みんなでおうちにかえろうね」 「ああ」 「ちちうえと、ブレイラと、あにうえと、ぼくと、クロード。みんなでかえるの」 「そうだな」  ハウストは頷き、ゼロスの頭をそっと撫でてやる。  そうするとゼロスの重かった瞼がゆっくり閉じて、そのまま眠っていったのだった。  ハウストは眠っているゼロスとクロードを見つめる。  二人は疲れもあって寝床に入るとすぐに眠っていった。 『みんなでおうちにかえろうね』  眠る前にゼロスが口にしたのは、いたいけな子どもの願い。  痛ましいほど切実なそれは、今のゼロスとクロードにとってなによりの願いなのだ。  幼い二人には寂しい思いをさせている。  二人はまだ幼いので深い事情を理解することはできない。だからこそ二人にあるのは純粋な寂しさだ。 「ブレイラ、どこにいる。お前でなければ埋められないものだ」  二人の寂しさはブレイラでなければ埋められない。  そして今ハウストがすべきこと、それはまだ幼いゼロスとクロードを守り、二人をブレイラに会わせること。ブレイラの両腕に抱かせることだ。  ハウストは立ち上がり、静かに天幕を出る。  天幕の外にはオルクヘルムが立っていた。  いや、オルクヘルムだけではない。幻想族の兵士たちも戦闘配置についている。その中にはゼロスとクロードを構っていた美女たちもいた。彼女たちは兵士の中でも精鋭に分類される兵士だ。  そう、そこに広がっていたのは宴会に盛り上がっていた兵士たちの光景ではない。隙のない戦闘配置につき、ぎらつく殺気で異形の怪物を待ち構える兵士たちの光景。

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