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第八章・力無き者たちの祈り6

「待たせたな」 「ようやくガキどもが眠ったか」  オルクヘルムがゼロスとクロードが寝ている天幕を見てニヤリと笑う。子守りは大変だなと言わんばかりだ。  しかし意外そうにハウストを見る。 「十万年後の魔王も自分のガキには甘いのか? 赤ん坊はともかく、チビガキの方は戦力になるだろ」 「駄目だ。あいつはまだ三歳だ」 「だからどうした」  オルクヘルムは眉を上げる。  ゼロスの戦闘力の高さは剣を交わしたオルクヘルムもよく理解している。はっきりいって、この場では自分やハウストに次ぐ強さと潜在能力を持っている。  だが、ハウストはゼロスを戦闘に参加させる気はない。なぜなら。 「うちの方針だ。特別な事情がないかぎり子どもの夜会出席は禁止にしている」  そう、親の教育方針である。  たとえゼロスが冥王でも、ブレイラは三歳の子どもとして扱っている。魔界の城では冥王でも夜更かし禁止だ。  現状は戦闘だが、夜の戦闘なら夜会は夜会だ。 「ブレイラか。ブレイラだな。そんな面倒な決まりごとを作って厳守させるのはブレイラに決まってる」 「…………まあ、そういうことだ」 「たまにはガツンと言った方がいいぞ? あれは野放しにしとくと調子に乗るタイプだ。開き直ると突発的に問題行動とかおこしたりするだろ」  いろいろ分かってきたぞとオルクヘルムの言葉。  ハウストは眉間に皺を刻んで黙り込む。  それは聞き覚えがありすぎるし、身に覚えもありすぎるものだった。フェリクトールの小言を思い出す。しかも今回は堅物のフェリクトールではなく、奔放なオルクヘルムにまで言われたのだから複雑だ。  こうして雑談を交わしていると兵士が報告にくる。 「オルクヘルム様、北の方角に無数の影を確認しました」 「南の方角にも確認できました」 「東、西、ともに確認しました」  見張りの兵士からの報告にオルクヘルムがニヤリと笑う。  四方を囲まれているというのに好戦的なそれ。 「ようやく来たな。この島に上陸してから徐々に術中は狭まっていた。来るなら夜だと思ってたぜ」  そう、オルクヘルムとハウストは島に上陸した時からゲオルクの発動した祈り石の術中にいることは気付いていた。  魔力でないのでハウストとオルクヘルム以外が認識することはなかったが、捕食者が獲物をじわじわといたぶるように追い込まれていたのだ。  だが、ハウストもオルクヘルムも黙っていたぶられるような獲物ではない。 「地上は俺に任せろ」 「それなら俺は空だな」  そう言ってハウストは夜空を見上げた。  星々が瞬く晴天の夜空。月明かりに照らされて無数の影が見える。  そう、巨大な怪鳥の大群だ。 「とりあえず異形の怪物をすべて始末する。行くぞ」  ハウストが高く跳躍すると、その動きに合わせて召喚獣の巨大な鷹が飛んでくる。  ハウストは鷹の背に乗って上空まで飛ぶと周囲一帯を見渡した。  眼下に広がるのは一面の森の光景。海に囲まれた島は緑が生い茂る美しい島だが、果たしてそれは本当の島の姿か……。  雲の上まできたハウストは怪鳥の大群を見る。島の正体を暴く前に、まずは異形の怪物の始末である。 「数は二千か……。舐められたものだな」  ハウストがそう言うと、指でスッと空を撫でる。  瞬間、鋭い光の一線が空を裂く。  キイイィーーーンッ!  耳を突く音がした刹那、ドドドドドドドドドドドドドッ!!!!  夜空に凄まじい爆音が轟いた。  爆破された怪鳥が地上に落下していく。  しかしその攻撃を潜り抜けた怪鳥たちがハウストに向かってくる。  ハウストは大剣を出現させると迎え撃ち、次々に巨大な怪鳥を切り捨てていく。  ふと一羽の怪鳥が天幕に向かっていることに気付いた。 「どこへ行く。ゼロスとクロードが起きるだろ」  ハウストは攻撃魔法陣から槍を出現させて即座に怪鳥を穿った。  ようやく二人の子どもが眠ったのだ。できれば朝までぐっすり眠っていてほしい。  ハウストは空の怪鳥を一掃すると天幕の前に降り立つ。  地上ではオークの大軍が押し寄せている。幻想族の兵士が善戦しているが、ハウストとしてはさっさと片付けてしまいたい。これはあくまで前哨戦なのだから。  ハウストは天幕を防壁魔法陣で守ると、高めた魔力を一気に解放した。 「消え失せろ!!!!」  凄まじい魔力の衝撃波。  一帯のオークが一瞬にして消滅し、夜の森に静寂が戻ってくる。  そんななかオルクヘルムが明るい調子で姿を見せた。 「何をしていた。これくらいすぐに片付けろ」 「悪い悪い、本命を探してた。来たぞ、本命のお出ましだ」  オルクヘルムはそう言うと背後を振り返る。  ハウストもそれを見て目を細めた。  木々の上から落ちる影、それは巨大なゴーレム。異形の怪物である。 「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」  ゴーレムの雄叫びが森に轟いた。  ぴりぴりと空気を震撼させるそれに兵士たちが身構える。  しかも出現したゴーレムはただのゴーレムではない。全身に古代文字が浮かび上がっており、特別な術がかけられていることが分かるものだ。 「なるほど、このゴーレムが術そのものというわけか。ゲオルクは異形の怪物を造ったばかりか、媒体にして術を仕掛けることも可能というわけだな」  面倒なものを造りだしたものだとハウストは苦々しい気持ちになる。  この異形の怪物は十万年後にも出現するものなのだ。 「とりあえずこいつを倒そうぜ。そうすればここ一帯にかけられている術は解除されるはずだ」  ハウストとオルクヘルムが大剣を構えた。  異形の怪物の襲撃はゲオルクによって起こされている。そして島に上陸した時からハウスト達は術中にいたのだ。  そう昼間、同じ場所を何度も歩いていたのは術中に閉じ込められていたから。おそらくゲオルクは島に上陸したハウストや幻想族をまとめて始末するつもりだったのだろう。  だが、怪鳥やオークではハウスト達の足止めにもならない。  オルクヘルムとハウストは左右に分かれて回り込み、そのまま大剣で仕留めようとしたが。  ――――スウッ。  ふと、細い風が通り抜ける。  次の瞬間、バラバラバラバラバラバラッ……!!  ゴーレムが細切れになって崩れ落ちた。  一瞬にしてゴーレムは砂山となり、オルクヘルムとハウストは驚愕する。 「リースベット! お前もここに来てたのか!」 「あたりまえじゃ。しかし上陸したはいいものの、同じ場所ばかりで飽きていたところでな」  そこにいたのはリースベットだった。  リースベットは鞘から剣を抜いたと同時に、光の速さでゴーレムを細切れにしたのである。その速さ、ものの一秒の間に千を数えるほどのもの。 「悪いな、グズグズしているから仕留めさせてもらったぞ?」  リースベットがニヤリと笑い、剣を鞘にしまった。  他にも精霊族の兵士たちがオークの残党を始末し、完全に制圧を完了させた。もちろん中には精霊族と行動をともにしていたジェノキスもいる。

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