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第八章・力無き者たちの祈り7
「おっ、魔王様もいたか。ブレイラたちはどうした?」
「ブレイラとイスラは昨夜の嵐ではぐれた。ゼロスとクロードは寝てる」
「ああ、あの嵐はやばかったもんな。俺たちも散々だったぜ。それで、ブレイラは……まだ大丈夫そうだな」
ジェノキスはハウストを見て納得した。
もしブレイラに万が一のことが起きていれば、ハウストはここで共闘などする心の余裕はなくしているだろう。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……。
ふと低い地鳴りが響く。
「術が解けるぞ」
オルクヘルムが厳しい顔つきで言った。
ゴーレムを倒したことで祈り石の術が解け、とうとう島の本当の姿が出現するのだった。
「あうー。あーあー」
パシパシッ。パシパシッ。
眠っていたゼロスが小さな眉間に皺を刻む。
赤ちゃんの小さな手で顔をパシパシ叩かれているのだ。
まだ眠っていたいのに、容赦ないパシパシ攻撃がゼロスを無理やり起こそうとする。
「んー……、クロード、やめてー……。うぅ、やめてよ~……」
寝返りを打って逃げようとしたが、クロードもわざわざ正面に回ってまたパシパシ攻撃だ。
パシパシッ。パシパシッ。
「あぶっ。あーうー」
「うー、だめ……、だめ、クロード……。ねてるのに、ペンペンしたらダメなの……」
「ばぶぶっ。あーあー」
パシパシパシパシッ。パシパシパシパシッ。
猛烈なパシパシ攻撃。
ゼロスは逃げるように布団にもぐっていく。
「うぅ。ブレイラ、クロードが~~……。…………。……っ、そうだった!!」
ゼロスはがばりっと起き上がった。
いつものようにブレイラに助けを求めたが、今がいつもと同じでないことを思い出したのだ。
側にはクロードがちょこんとお座りしてゼロスを見ている。
しかも天幕の外が明るくなっている。朝になったのだ。
「クロード、おはよう。おこしてくれたの?」
「あい」
「ありがとう。ちょっとまってて」
ゼロスは起きると朝の身支度を整えた。
といってもここはお城ではないのでいつもの身支度はできない。新しいハンカチをポケットに入れて、襟元のリボンをきゅっと結ぶくらいの準備だ。
「クロード、ちちうえは?」
「あい」
クロードが天幕の外を指差す。
天幕の外からは兵士たちの雑踏や声が聞こえてきている。どうやら父上は先に起床していたようだ。
「ちちうえのとこいこっか」
「あいっ。あうー」
「ちちうえ、どこかなあ~」
「あぶ~。あいーあー」
おしゃべりしながらゼロスとクロードは天幕を出たが。
「っ、ここどこ!?」
「ばぶぶっ!?」
視界に飛び込んできた光景に驚愕した。
そこに広がっていたのは剥き出しの岩肌、乾いた風。森の木々は枯れて、ひどく殺風景な景色が広がっていたのだ。
しかも空は厚い雲に覆われていて朝だというのに灰色の世界だ。
「ど、どうゆうこと!? なにがあったの!?」
昨日までは緑豊かな森だったのに一夜にして変わってしまった。
ゼロスは呆然としたが、行き交う兵士たちのなかにハウストを見つける。
ハウストはオルクヘルムとなにやら話しあっているようだった。他にもリースベットやジェノキスまでいる。
「あ、ちちうえいた! ちちうえ~!」
ゼロスはクロードを抱っこしてハウストに駆け寄った。
「二人とも起きたのか」
「おはよう。はい、クロードどうぞ」
「ああ、おはよう」
ハウストは受け取ったクロードを膝に座らせる。
ゼロスもハウストの隣に並んで座った。
いつも自由気ままなゼロスとクロードだが、今はなんとなくハウストの近くにいる。二人は冥王と次代の魔王だが、やっぱりまだまだ幼い子どもと赤ちゃんなのだ。父上の側が安心だ。
「ちちうえ、これどうゆうこと? きのうは、こんなんじゃなかったのに。ぼく、びっくりしたんだけど」
「これがこの島の本当の姿だ」
祈り石の術が解除されて島の全容が露わになった。
この島からは生気や活力を感じない。まるで死の島。
そして、島の中心には巨大な岩をくり抜いた要塞のような城があった。
そう、おそらくゲオルクはそこにいる。
ハウストは深刻な口調でゼロスにそう教えたが。
「…………なんだ」
じーっと自分を見上げる視線を感じた。ゼロスだ。
ゼロスが首を傾げてハウストを見上げていたのである。
「……あの、よくわかんないんだけど」
「…………」
「ほんとうのしまって、どうゆうこと? ちちうえ、なんのおはなししてるの?」
「……………………」
そう、ゼロスはまだ三歳。冥王でも三歳。難しいことはまだよく分からないのだ。
ハウストは脱力しそうになったが、ゼロスの頭にぽんっと手を置いた。
「そうだな、とりあえずお前とクロードは俺といろ」
「ブレイラのとこいく?」
「ああ、行くぞ。ブレイラとイスラを探す。次にゲオルクを倒す。できるか?」
「できる!」
「ばぶぶっ!」
「よし、ならいい」
ハウストは苦笑しながらも頷いた。
魔王といえどハウストも三児の父である。幼い息子の扱いには慣れてきたのだ。
だが、そんなハウストをジェノキスがニヤニヤしながら見ている。
「子守りは大変だな」
「……黙れ」
ハウストがじろりとジェノキスを睨む。
そんな二人の様子を知ってか知らずか、ゼロスがジェノキスを見て嬉しそうな顔になった。
「ジェノキスもいる! どうして!? ジェノキスもここにきたの!?」
「ああ、まあな。一緒にブレイラとイスラを探そうぜ」
「やった~! いっしょにさがそ!」
「あぶぶっ。あい~あ~!」
ゼロスとクロードははしゃいだ声をあげた。
いつにない歓迎ぶりだ。見知らぬ場所で知っている人に会えて嬉しいのである。
こうしてハウストとゼロスとクロードに、オルクヘルムが率いる幻想族、リースベットが率いる精霊族とジェノキスが加わったのだった。
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