128 / 262

第八章・力無き者たちの祈り7

「おっ、魔王様もいたか。ブレイラたちはどうした?」 「ブレイラとイスラは昨夜の嵐ではぐれた。ゼロスとクロードは寝てる」 「ああ、あの嵐はやばかったもんな。俺たちも散々だったぜ。それで、ブレイラは……まだ大丈夫そうだな」  ジェノキスはハウストを見て納得した。  もしブレイラに万が一のことが起きていれば、ハウストはここで共闘などする心の余裕はなくしているだろう。  ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……。  ふと低い地鳴りが響く。 「術が解けるぞ」  オルクヘルムが厳しい顔つきで言った。  ゴーレムを倒したことで祈り石の術が解け、とうとう島の本当の姿が出現するのだった。 「あうー。あーあー」  パシパシッ。パシパシッ。  眠っていたゼロスが小さな眉間に皺を刻む。  赤ちゃんの小さな手で顔をパシパシ叩かれているのだ。  まだ眠っていたいのに、容赦ないパシパシ攻撃がゼロスを無理やり起こそうとする。 「んー……、クロード、やめてー……。うぅ、やめてよ~……」  寝返りを打って逃げようとしたが、クロードもわざわざ正面に回ってまたパシパシ攻撃だ。  パシパシッ。パシパシッ。 「あぶっ。あーうー」 「うー、だめ……、だめ、クロード……。ねてるのに、ペンペンしたらダメなの……」 「ばぶぶっ。あーあー」  パシパシパシパシッ。パシパシパシパシッ。  猛烈なパシパシ攻撃。  ゼロスは逃げるように布団にもぐっていく。 「うぅ。ブレイラ、クロードが~~……。…………。……っ、そうだった!!」  ゼロスはがばりっと起き上がった。  いつものようにブレイラに助けを求めたが、今がいつもと同じでないことを思い出したのだ。  側にはクロードがちょこんとお座りしてゼロスを見ている。  しかも天幕の外が明るくなっている。朝になったのだ。 「クロード、おはよう。おこしてくれたの?」 「あい」 「ありがとう。ちょっとまってて」  ゼロスは起きると朝の身支度を整えた。  といってもここはお城ではないのでいつもの身支度はできない。新しいハンカチをポケットに入れて、襟元のリボンをきゅっと結ぶくらいの準備だ。 「クロード、ちちうえは?」 「あい」  クロードが天幕の外を指差す。  天幕の外からは兵士たちの雑踏や声が聞こえてきている。どうやら父上は先に起床していたようだ。 「ちちうえのとこいこっか」 「あいっ。あうー」 「ちちうえ、どこかなあ~」 「あぶ~。あいーあー」  おしゃべりしながらゼロスとクロードは天幕を出たが。 「っ、ここどこ!?」 「ばぶぶっ!?」  視界に飛び込んできた光景に驚愕した。  そこに広がっていたのは剥き出しの岩肌、乾いた風。森の木々は枯れて、ひどく殺風景な景色が広がっていたのだ。  しかも空は厚い雲に覆われていて朝だというのに灰色の世界だ。 「ど、どうゆうこと!? なにがあったの!?」  昨日までは緑豊かな森だったのに一夜にして変わってしまった。  ゼロスは呆然としたが、行き交う兵士たちのなかにハウストを見つける。  ハウストはオルクヘルムとなにやら話しあっているようだった。他にもリースベットやジェノキスまでいる。 「あ、ちちうえいた! ちちうえ~!」  ゼロスはクロードを抱っこしてハウストに駆け寄った。 「二人とも起きたのか」 「おはよう。はい、クロードどうぞ」 「ああ、おはよう」  ハウストは受け取ったクロードを膝に座らせる。  ゼロスもハウストの隣に並んで座った。  いつも自由気ままなゼロスとクロードだが、今はなんとなくハウストの近くにいる。二人は冥王と次代の魔王だが、やっぱりまだまだ幼い子どもと赤ちゃんなのだ。父上の側が安心だ。 「ちちうえ、これどうゆうこと? きのうは、こんなんじゃなかったのに。ぼく、びっくりしたんだけど」 「これがこの島の本当の姿だ」  祈り石の術が解除されて島の全容が露わになった。  この島からは生気や活力を感じない。まるで死の島。  そして、島の中心には巨大な岩をくり抜いた要塞のような城があった。  そう、おそらくゲオルクはそこにいる。  ハウストは深刻な口調でゼロスにそう教えたが。 「…………なんだ」  じーっと自分を見上げる視線を感じた。ゼロスだ。  ゼロスが首を傾げてハウストを見上げていたのである。 「……あの、よくわかんないんだけど」 「…………」 「ほんとうのしまって、どうゆうこと? ちちうえ、なんのおはなししてるの?」 「……………………」  そう、ゼロスはまだ三歳。冥王でも三歳。難しいことはまだよく分からないのだ。  ハウストは脱力しそうになったが、ゼロスの頭にぽんっと手を置いた。 「そうだな、とりあえずお前とクロードは俺といろ」 「ブレイラのとこいく?」 「ああ、行くぞ。ブレイラとイスラを探す。次にゲオルクを倒す。できるか?」 「できる!」 「ばぶぶっ!」 「よし、ならいい」  ハウストは苦笑しながらも頷いた。  魔王といえどハウストも三児の父である。幼い息子の扱いには慣れてきたのだ。  だが、そんなハウストをジェノキスがニヤニヤしながら見ている。 「子守りは大変だな」 「……黙れ」  ハウストがじろりとジェノキスを睨む。  そんな二人の様子を知ってか知らずか、ゼロスがジェノキスを見て嬉しそうな顔になった。 「ジェノキスもいる! どうして!? ジェノキスもここにきたの!?」 「ああ、まあな。一緒にブレイラとイスラを探そうぜ」 「やった~! いっしょにさがそ!」 「あぶぶっ。あい~あ~!」  ゼロスとクロードははしゃいだ声をあげた。  いつにない歓迎ぶりだ。見知らぬ場所で知っている人に会えて嬉しいのである。  こうしてハウストとゼロスとクロードに、オルクヘルムが率いる幻想族、リースベットが率いる精霊族とジェノキスが加わったのだった。 ◆◆◆◆◆◆

ともだちにシェアしよう!