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第八章・力無き者たちの祈り9

「レオノーラ、お前が無事で良かった。ずっと探してたんだ」  そう言って初代イスラがレオノーラを見つめます。  レオノーラの全身をたしかめるように見つめて、怪我をしていないことにほっと安堵したようでした。  しかしレオノーラはますます混乱したようです。 「あの、イスラ様、どうして……」 「どうしてって、レオノーラをずっと探していた。心配していたんだ。……信じてくれないのか?」  初代イスラが首を傾げて言いました。  まるで子どものような仕種にレオノーラがぐっと息を飲む。レオノーラの頬が赤くなって、目尻に涙が滲んでいく。  でも。 「っ、離してくださいっ……」  レオノーラが振り切るように初代イスラの腕を振り解きました。  そしてレオノーラは剣を抜き、その切っ先を初代イスラに向けます。 「あなたはイスラ様ではありませんね。正体を現してください」 「レオノーラ、なにを言ってるんだ?」  初代イスラが困惑した顔になりました。  子どものような澄んだ瞳でレオノーラを見つめて、不安げに首を傾げています。  しかしレオノーラはますます警戒心を高めて、初代イスラが小さく息をつきました。 「そうか、この姿の方がよかったのかな?」  そう言った途端、初代イスラが幼い姿に変身する。  それは五歳ほどの幼い子どもの姿。 「あ、あなたはいったい何者です!?」  この変身に私も驚愕しました。  これは初代イスラではありません。いいえ、人間でもありません。 「ブレイラ様、お下がりください!」  レオノーラは気丈に剣を構えています。  でも今、子どもに変身した初代イスラの姿に唇を噛みしめている。剣を握る手はカタカタと小さく震えていて、今にも泣きだしそうに顔を歪めています。  気丈ながらも切なげなそれは痛ましささえ感じるもの。  そんなレオノーラに初代イスラは無邪気な笑顔を浮かべました。  ニコリとした笑顔で少しずつ近づいてきましたが、その時。  ――――ビュッ、グサッ!!  大剣が飛んできて初代イスラに突き刺さりました。  瞬間、初代イスラの体が砂になって崩れていく。  そして森の方から長身の男が歩いてきました。 「本物の勇者もこれくらい手が掛からなければ可愛げもあるんだがな」 「デルバート様っ……!」  驚愕に目を丸めます。  そう、大剣を投げたのは初代魔王デルバートでした。  デルバートは私とレオノーラのところへ歩いてきます。  彼が近づくにつれてレオノーラが困ったように視線を落としてしまう。偽者の初代イスラは退治されたものの、デルバートが現われて内心動揺しているようでした。  そんなレオノーラに気付いてかデルバートは私の方に声を掛けてきます。 「無事だったようだな」 「はい、ありがとうございました。デルバート様も島に上陸していたんですね。昨夜の嵐は大丈夫でしたか?」 「問題ない。船は修理が必要だが、それほど時間はかからないだろう」 「そうですか。大変でしたね」  昨夜の嵐は私たちを島に寄せ付けまいとするような嵐でした。  私たちの他にも、幻想族や精霊族や人間も上陸するまでに大変な思いをしたことでしょう。 「ところでさっきのは、いったい……」 「どうやらこの島では望んだものが形になるようだ」 「そんな不思議なことがあるんですね。これもゲオルクの?」 「そうだろうな。祈り石の力によるものだろう」 「あっ、もしかして森で採れた果物は食べてはいけないものでしたか!?」  ハッとして口を両手で押さえました。  イスラが大丈夫だと言っていたので信用していますが、まさか、まさかなんてことありませんよね!? 「俺も食べたが問題ない」 「そうでしたか、それは安心しました! 聞きましたか、レオノーラ様。大丈夫だそうですよ!?」  私はレオノーラにさり気なく話しを振りました。  大袈裟なほど明るく、大袈裟なほど喜んでみせます。だってデルバートが現われてからレオノーラはずっと黙り込んでいるのです。 「……はい、よかったです」 「…………」  ほんとに良かったって思ってます?  明らかによそよそしい態度。  そう、レオノーラは困ったように視線を地に落として、デルバートから逃げるように顔を背けているのです。  しかしデルバートの方はレオノーラが気になる気持ちが抑えきれないのか、じぃっと見つめている。目で追いかけている。話しかける相手は私ですが、意識は完全にレオノーラに向いています。  なんなんでしょうね、この空気。  居た堪れないです。猛烈に居た堪れないです。  少しでも空気を浄化したくてデルバートにこそこそ話しかけます。 「デルバート様、ちょっと……」 「なんだ」 「見すぎです」 「見すぎ?」 「そうです、見すぎなんですよっ。そんなに見つめたらレオノーラ様も困ってしまうじゃないですか」 「そういうものか……」 「そういうものです」  見つめ合いというのは愛しあう者同士がするから盛り上がるのですよ。  しかし今のデルバートとレオノーラの関係は複雑なものでした。  二人は過去に一ヶ月間という短い期間ですが関係がありました。デルバートは今もレオノーラを愛していますが、レオノーラは過去のことだと話しているのです。 『忘れてください』とデルバートにお願いするレオノーラは切ないものでした。  でもね、私が思うに、レオノーラもデルバートを愛しているんじゃないかと思えます。ただ環境や立場や状況がそれを許していないだけで、ほんとうはレオノーラも。  そう思うと二人のお手伝いをしてあげたいと思う訳ですが……。 「……………………」  ……今すぐここを立ち去りたいです。  だって空気が複雑な意味で重いのですよ!  でも黙っていると余計に重くなるので、少しでも空気を軽くしようと試みます。 「それにしても、デルバート様にお会いできて良かったです。このような不可解な島なので不安がたくさんありましたから。ね、レオノーラ様?」 「…………。……はい」  レオノーラが目を逸らしたまま頷きました。  せめて、せめて顔くらいあげてほしいのですが、レオノーラはデルバートを避けています。  でも思うのです。これってレオノーラも意識しているということではないでしょうか。  私はレオノーラの袖をくいくい引っ張って話しかけます。

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