131 / 262

第八章・力無き者たちの祈り10

「レオノーラ様、ちょっといいですか?」 「どうしました?」 「ちょっとこちらへ」  デルバートから離れた場所へレオノーラを連れていく。  そして内緒話しするようにこそこそ話しかけます。 「レオノーラ様、提案があるんですが」 「提案ですか?」 「はい。デルバート様に私たちとご一緒してもらうというのはどうでしょうか」 「えっ?」  レオノーラが驚いた顔になりました。  当然ですよね。魔族と人間は敵対関係ですし、二人は複雑な関係なんですから。  でも今はそんなこと言っていられない時だと思うのです。 「ここは普通の島ではありません。だから三人で行動するよりも安心ではありませんか?」 「しかし……」 「分かっています。人間と魔族は敵対関係なのが気になるんですよね。初代イスラを探しているのに、魔王デルバートと一緒に行動してよいものかと……。レオノーラ様の心配もよく分かります」  私はわざとデルバートとレオノーラの関係には触れませんでした。もし色恋沙汰を理由に拒否されては面倒ですから。控えめなレオノーラの性格を考えると無用な心配かもしれませんが念のためです。  私は憂いた顔を作ってレオノーラの説得を続けます。 「でも今はそういった問題を少し脇に置いて、期間限定の協力関係を築くべき時だと思うのです。それがお互いのためになるはずです」 「ブレイラ様……」 「これは一時的な協力関係です。それ以外の意味はありませんよ」  ね、と安心させるように笑いかけました。  そうすると少し安心したのかレオノーラが小さく頷いてくれます。了解したということですね。  私も頷くと、改めてデルバートを振り向きました。 「デルバート様、お願いがあるんですが」 「なんだ」  突然のお願いにデルバートが眉をあげます。あ、その少し驚いた時の顔、ちょっとだけハウストに似ています。きっと私がデルバートに無意識に甘くなる理由はこれですね。 「デルバート様、よかったら私たちと一緒に行動してくれませんか? ここには私とレオノーラとイスラの三人しかいないんです。このような場所ですし、デルバート様が一緒なら心強く思います」 「いいぞ」  即答でした。  少し驚いたようにレオノーラを見ていますが、彼に迷った様子はありません。まあ当然ですよね、レオノーラがいるのに断る理由ありませんよね。むしろデルバートは私に感謝するべきですよね。  ここにハウストがいたら面倒ごとに深入りするなと呆れてしまうかもしれませんが、実際デルバートと行動をともにすることで更なる安全が確保できます。そうそう間違った判断ではないはずです。  こうして一緒に行動することが決まりましたが、 「デルバート様、ありがとうございます。レオノーラ様、良かったですね!」  二人の間に立つ私。  私を挟んでデルバートは何か言いたげな顔でレオノーラを見つめ、レオノーラは少し困った顔で目を逸らしています。  しかも。 「嵐で流されたなら怪我はないのか?」  デルバートが私に向かって聞きました。  でも意識はレオノーラに向かっています。  はいはい、分かっていますよ。 「大丈夫でした。幸いにも私もレオノーラ様も無傷です。ね、レオノーラ様?」 「はい……」  レオノーラが小声で返事をします。  でも困ったように視線を落としたままで……。  はいはい、分かっていますよ。 「はい、だそうです。レオノーラ様がはいと言っています」 「昨夜はちゃんと食事できたのか?」  はいはい、分かっていますよ。聞けってことですよね。 「レオノーラ様、ちゃんと食事できましたか?」 「十万年後のイスラ様にたくさん助けていただきました。……あの、その、あなたは……」  レオノーラがぼそぼそと小声で言いました。  がんばって質問してみたようです。  えらいですね、よく一歩を踏み出しました。もちろん私が中継してあげます。 「デルバート様は大丈夫でしたか?」 「問題ない、船で運んだ保存食もある。あとで分けてやろう」 「それはありがとうございます! 聞きましたか、レオノーラ様。デルバート様は大丈夫だったようです。しかも保存食を分けていただけるそうですよ!」 「…………あ、ありがとうございます……」 「レオノーラ様がありがとうございますって言ってますっ!」 「そうか」 「そうですっ」  …………私なにしてるんでしょうね。  お互いすぐ目の前にいるのに、どうして私を中継して会話することになるのか。しかもレオノーラにいたっては私の背後に隠れてしまって……。これ私のこと完全に盾か壁にしていますよね。  一緒に行動することになれば二人の関係が少しでも前向きになるかと思ったんですが、少し方向性を間違ってしまったでしょうか。  今も私の背中に隠れたレオノーラと、そんなレオノーラをじっと見つめるデルバート。 「…………」 「…………」 「…………」  微妙な沈黙が落ちて、真ん中に立つ私は息が詰まりそう。  ハウスト、あなたは今どこにいるんですか。いつも俺を頼れとかっこよく言ってくれるのに、頼りたい時にいつもいないのはどういうことでしょうね。  最高に気まずい状態に、ここにはいないハウストが恋しくなってしまいます。少し八つ当たりも混じっていますが、早くハウストとゼロスとクロードに会いたいです。この空気から私を救ってください。 「なにしてるんだ?」 「イスラ!」  ふと聞こえたイスラの声。  水を汲みに行っていたイスラが戻ってきたのです。  今のイスラはこの空気を変えてくれる存在。さすがイスラ! あなたはいつも私を救ってくれるのですね! 「イスラ、おかえりなさい! 待っていましたよ!」 「ブレイラ?」  勢いよく駆けよった私にイスラが少し驚いたように目を丸めました。  でも私の後ろにいるデルバートとレオノーラの様子を見ていろいろ察してくれたようで、そういうことかと苦笑します。

ともだちにシェアしよう!