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第八章・力無き者たちの祈り12

「食事の時間です。ここに運びますか? 魔王様は問題がなければ外で一緒にとのことですが」  問いかけられてレオノーラを見ました。  困惑している様子ですが嫌がっている様子はありません。 「イスラ、レオノーラ様、せっかくのお誘いですから外で一緒にいただきませんか?」 「俺はどこでもいいぞ」 「はい。ではレオノーラ様は?」 「私は……、……お任せします」 「それなら決まりですね。兵士の方、デルバート様にぜひご一緒させてほしいとお伝えください。よろしくお願いします」  天幕の外に向かって返事をすると、兵士が了承して下がっていきました。  これで今夜は魔族の方々と夕食をともにすることになりました。  レオノーラの顔が緊張に強張りだして、少し可哀想なことをしてしまったでしょうか。この初代時代の魔族と人間は敵対関係なのです。長い大戦のなかで何度も武力衝突しているのですから。 「レオノーラ様、大丈夫ですよ。私とイスラも一緒です」 「……そうですね、ありがとうございます」  少し不安そうではありますがレオノーラも頷いてくれました。  私はそっとレオノーラを促します。 「では行きましょう。遅れては心配させますから」  そう言って私たちは天幕を出ます。  天幕を出ると空は橙色に染まっていて、夕暮れの森には夜の闇が忍び寄っている。  そんな夜の闇の中、陣営の中心には大きな焚き火が灯っていました。  私たちは陣営の中心に案内される。歩いている時も魔族の兵士たちが私たちを見ながらなにか囁きあっています。どの視線も好奇心と不審を隠さないもので、なんとも不躾な視線ですね。  でも仕方ないことなのかもしれません。私たちが魔族の陣営にいること事態がある意味奇跡のようなものなのです。  私はデルバートの前に来るとお辞儀をして笑いかけました。 「デルバート様、お誘いありがとうございました。こうして魔族の方々と夕食を共に囲めること、心から嬉しく思っています」 「俺もだ。十万年後のお前たちには先日の礼をしたいと思っていた。不自由があれば遠慮せずに言え」 「ありがとうございます」  先日の礼とは洞窟で一泊した時のものですね。デルバートは意外と義理堅いところがありますから。  客人扱いの私たちはデルバートの近くに場所を用意していただけました。  座ると目の前に食事が並べられます。保存食や森の果物など充分な食事量です。 「さっそく頂きましょう。イスラ、レオノーラ様、お注ぎします」  私は果汁ジュースの瓶を二人のグラスに傾けました。  お酒を用意してもらえるとのことでしたが、なにがあるか分からない島なので私たちは果汁ジュースを希望したのです。イスラは未成年なのでダメです。酒場に遊びにいっていることは知っていますが、私の目の届くところで飲ませるわけありません。  こうして陣営では多くの兵士が夕食を楽しみだします。いえ、夕食というより酒盛りでしょうか。  兵士たちの賑やかな会話や陽気な歌声があちらこちらから聞こえてきて、焚き火を囲んで踊りだす者たちまで出てきました。  最初は見慣れぬ私たちを警戒していた兵士たちもすっかり警戒を解いて、仲間と酌み交わすお酒や料理、楽しいおしゃべりに夢中になっています。  この陽気で賑やかな雰囲気に、私たちも次第に緊張が解けていきました。 「おい、坊主! お前、強そうだな。人間なのにすげぇ魔力を感じるぞ! 手合わせしろよ!」  酔っぱらった魔族の兵士がイスラに話しかけました。  筋骨隆々の兵士は力自慢のようで、誇らしげに力こぶをつくって筋肉を見せつけています。  周りの兵士たちも楽しそうに囃し立てて盛り上がります。まるで酒盛りの余興のよう。  イスラは迷惑そうに眉間に皺を刻みましたが、ゆっくり立ち上がりました。 「いいぞ。負けても文句言うなよ?」 「ガキが言うじゃねえか。よーし、好きな武器使え。俺の戦斧の餌食にしてやる」  兵士が巨大な戦斧を見せびらかすように出現させました。  その様子に周囲はさらに盛り上がるけれど、イスラは腰の短剣を抜きます。これで充分だとばかりの余裕な様子で。 「イ、イスラ、こんなところで何をするつもりですっ。ダメですよ!」  私は慌ててイスラを止めました。  いくら酒盛りの余興とはいえ、こんなところで魔族と戦ってはいけません。だって間違いなくイスラが勝ってしまうのに……。  でもそれに気付いているはずのデルバートは愉快そうに目を細めていました。 「十万年後の勇者よ、悪いが付き合ってやってくれ。そいつは酒を飲むと強い男に絡みだしてしまうんだ」 「な、なに言ってるんですか!?」  私は声をあげました。  文句を言おうとしましたが、その前にイスラと戦斧の兵士が戦いだしてしまう。  でも、すべては一瞬でした。  ガキイイィィン!!!!  剛腕で振り下ろされた戦斧をイスラが短剣で受け止めたのです。しかも表情一つ変えず、片腕だけで。  誰も想像していなかった展開に、今まで囃し立てていた兵士達がシンッと静まり返る。でも次の瞬間。 「うおおおおおおおおおっ!!!!」 「す、すげぇ!! 片腕だけで止めやがった!!」 「うおおおおっ、すげぇ!! なんてガキだ!!」  ドッと大歓声が沸きました。  どの兵士も興奮と昂揚に満ちて、拳を突き上げたり飛び上がったりしています。 「お、俺の戦斧はどんな大樹もひと振りで倒すっていうのにっ……」  戦斧の兵士は唖然としてイスラを凝視していました。  しかしイスラは淡々としています。 「そうだな、悪くない打ち込みだった。だが、その太刀筋なら戦斧より大剣の方が向いてると思うぞ? その構えで戦斧じゃ力の流れに無駄が多すぎる」 「えっ、ええ?」 「それでも戦斧がいいなら基礎を見直せ。毎日素振り最低千本だ。これくらいすれば癖も直るだろ」 「え、あ、えっと、……こんな感じ、ですか?」  戦斧の兵士が思わず敬語になっています。  でも兵士は真剣な顔になって、イスラが指導するままに戦斧を振ってみる。 「肘の角度はもっと浅い方がいい。振り下ろす時は力の流れを意識して無駄をなくせ。もう一度やってみろ」 「は、はいっ……」  戦斧の兵士はイスラの指導通りに戦斧を振り下ろしました。ビュッ!! 今までとは明らかに違った鋭い風切り音。  途端、兵士は目を丸めて驚愕します。 「な、なんだこれ! 今までとぜんぜん違う!!」 「型を見直したんだから当然だ。さっきの動きを覚えておけ。そうすればもっと強くなる」 「はいっ! ありがとうございました!」  戦斧の兵士は背筋をピンッと伸ばして礼を言いました。  その様子に他の兵士たちも我も我もとイスラの周りに集まってきます。  なんてことでしょうね。兵士たちはイスラを囲んで大盛り上がり。最初は人間ということで警戒されていましたが、今やすっかり打ち解けた様子です。  その様子に私は嬉しくなって隣のレオノーラに笑いかけます。

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