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第八章・力無き者たちの祈り13
「ふふふ、おかしなことになりましたね。でも楽しそうです」
「そうですね。なんだか不思議な光景ではありますが」
レオノーラは少し驚いた顔をしています。でも魔族の兵士と楽しそうに話しているイスラの姿に目を細めている。
それはイスラが初代イスラに似ているからでしょうか。それとも魔族と人間が思わぬ形で距離を縮めた光景だからでしょうか。
酒盛りはさらに盛り上がって、魔族の兵士らしき美女たちがダンスをしたり、デルバートにしなだれかかって気を引こうとしたり無礼講のような雰囲気になっていきます。
「魔王様、こちらを向いてくださいな」
「魔王様、どうぞ一杯」
気が付くとデルバートは妖艶な雰囲気の美女や、容姿の整った綺麗な男性に囲まれていました。
あしらう様子もなく好きにさせているので彼にとってはいつものことなのでしょう。
もしこの魔王がハウストならもちろん許していません。私なら今すぐ割り込んで蹴散らし、どういうつもりかとハウストに問い詰めていますね。
でも今はハウストではないのでなんとも思いません。王様ってこういうとこありますよね、と思うだけです。
しかし、隣のレオノーラはさりげなくデルバートから顔を背けていました。唇を引き結んで視線を落として、それはまるで拗ねているような顔で……。
………………。
これは、これは――――嫉妬!! そう、これは嫉妬の顔ですっ。私もよくするので間違いないです!
このままではいけませんっ、なんとかしなければ!
私は離れた位置に座っているデルバートをじっと、じーっと、じーーっと見つめます。
早く、早く気づきなさいっ。これはあなたの為ですよ!
全力の目力で見つめていると、デルバートがようやく視線に気付いてくれます。
私を見てデルバートが鬱陶しそうな顔になっています。しつこい視線が鬱陶しかったのでしょうね、でもそんな態度をとれるのも今のうち。
私は隣のレオノーラを指しながら目で合図を送る。今すぐ気付きなさい、この状況にっ。
最初デルバートは訝しんでいましたが、ハッとしてレオノーラの様子に気付く。私が頷いて返すと、彼は離れた場所からレオノーラを凝視します。満更でもないといわんばかりで。
でも満更でもない気分になっている場合ではないと気付いたのか、デルバートが改まった様子で咳払いをする。そして側近らしき魔族に声を掛けます。
「おい、どうして俺の周りに集まっているんだ」
「え?」
側近の魔族は訳が分からなかったのか首を傾げてしまう。
そんな側近にデルバートは眉間に皺を刻みます。
「これじゃあ落ち着いて酒を楽しめないだろ」
「え? 今夜の酒盛りもいつもと同じだと思いますが……。戦いの後の酒は最高だとおっしゃるので、今夜もいつものように酒を用意していますよ? このあとは気に入りの者を何人か連れてお休みになりますよね」
不思議そうに返答した側近の魔族。
…………ああ、眩暈がしそう。
聞こえてます。側近の返答がこちらまで聞こえてきています。
私は内心呆れましたがデルバートは諦めません。
「誰と間違えている。俺はいつも一人で飲んでるだろ」
「え?」
「そうだったな? 俺はいつも一人で飲んでいた。自分の酌は自分でする男だ。休む時も一人。そうだっただろ、思い出せ」
「え、ええ? ま、魔王さま……?」
「思い出せ」
「っ、そ、そういえばそうだった気がしますっ! そうでした! そんな感じでした!」
側近は完全に青褪めていました。
魔王の圧に負けたのです。
デルバートは満足気に頷くと、次は自分にしなだれかかる美女たちを見ました。美女の肩に手を添え、その体をやんわりと離させる。邪険にするでもなく丁寧な所作で。
「悪いな、楽しかったぞ」
「今夜はつれないですわね」
「いつもこうだろ」
「そうだったかしら。まあいいわ、では失礼します」
こうしてデルバートの周りにいた美しい女性も綺麗な男性も立ち去っていきました。
デルバートはそれを見送り、さりげなく私を見てきます。
目が合って、私もこくりと頷く。
えらいですよ。よくできました。そうです、それでいいのです。レオノーラが本命だというなら誠実さでそれを証明すべきなのです。
こうして一人になったデルバートがこちらに向かって歩いてくる。レオノーラに声を掛けるつもりですね。
「楽しんでいるか?」
デルバートが話しかけてきました。
私に向かって話しかけていますが、分かっています。レオノーラが目当てですよね。
「おかげ様で、充分な食事をいただけています。魔族の皆さんもとても良くしてくれて、ありがとうございます。ね、レオノーラ様」
「は、はい……」
レオノーラは困惑しながらも頷きました。
実際、酒盛りが始まってから困ったことは特にありません。最初は不躾な視線が不快でしたが、イスラのおかげで魔族の兵士たちとも打ち解けたようです。グラスが空になると気を遣って新しいジュースを持ってきてくれるくらい。
「皆さんにはとても感謝しています。ありがとうございます」
「そうか、それなら良かった。なにか困ったことがあれば言ってくれ。レオノーラも」
「っ……」
名を呼ばれ、レオノーラがぴくりと反応しました。
いい傾向です、デルバートがレオノーラに直接話しかけだします。
「……レオノーラ、少し話さないか?」
「……私とですか?」
レオノーラの困惑した口調。
そんな様子にデルバートは苦笑します。
「心配しなくても、こんなところで口説いたりはしない」
「…………。……分かりました」
迷いながらもレオノーラが頷きました。
二人のやり取りは歯痒いものですが、私もほっと胸を撫でおろします。とりあえず進展したような気がするのです。
それなら私は一緒にいない方がいいかもしれませんね。
「では、お二人でどうぞ。私は席を外しますね」
邪魔してはいけないと立ち上がろうとしましたが、ガシリッ。ローブの袖を掴まれました。レオノーラです。
振り返ると焦った顔で私を見ていて、しかも。
「ブレイラ様もご一緒にどうぞっ……!」
「一緒にって、そんなっ……」
「ぜひどうぞっ。まだお食事も途中ですよね!?」
「レ、レオノーラ様……」
たしかにまだ途中ですけど、そんなのどうでもいいです。
しかしレオノーラは私を逃がすまいとするように袖を掴んでいました。どうやら二人きりというのは難しかったようですね。
必死な様子に根負けしてレオノーラの隣に戻ります。デルバートには申し訳ないですが、同じ顔のレオノーラにお願いされると無視できません。
こうして三人で話すことになりましたが、なんともいえない空気が漂います。
そんな中、口火を切ったのはデルバート。
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