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第八章・力無き者たちの祈り16
「それで、その同衾を知られてから初代イスラに邪険にされるようになったのですね」
「はい、きっとお気に召すことではなかったんだと思います。それなのに私の力が足りないばかりに当時はその方法しかなく、情けなく思っています……」
「そんなこと言わないでください。レオノーラ様は今もこうして生きているじゃないですか。それはレオノーラ様の願いが叶っているということです」
「ありがとうございます。そう言っていただけて、少し心が軽くなった気がします」
「私は思ったことを口にしただけですよ」
そう言って笑いかけると、レオノーラも小さく笑い返してくれました。
レオノーラと初代イスラの関係は私が想像していたよりもずっと切なくて複雑なものでした。
レオノーラは嘘偽りなく初代イスラを大切に思っているのです。初代イスラが大人になるまで側で見守りたいという気持ち、それは私にも理解できるものでした。
ただ、その手段の選択肢が悲しいほど少なすぎたのです。いいえ、選択肢など最初からなかったようなもの。残酷な世界で子どもが生き残る手段など、あってないようなものなのです。
そして初代イスラも本当はレオノーラが大好きなのですね。
でも、レオノーラのすべてを受けとめるには初代イスラは幼いのです。レオノーラを信じたい気持ちはあるけれど、どうしても憤怒してしまう。初代イスラがレオノーラを信じられないのは、きっと自分自身を信じられないから。だから憤怒するのです。
悲しいすれ違いに胸が苦しくなるけれど、今の私にできることをしましょう。
私はいたずらっぽい笑みを浮かべて質問します。
「レオノーラ様、次はデルバート様とのことを教えてください」
「えっ、デルバート様ですか?」
「はい、お二人は好きあっていたんですよね?」
気分を盛り上げるようなワクワクした口調で質問しました。
今夜はたくさん話しをしたいです。
だって今、レオノーラは今まで見たこともない顔をしています。頬を赤らめて、なんだかいつもより饒舌になっている様子。
それって楽しい気持ちになってくれているからですよね。私もレオノーラとおしゃべりできて楽しいです。今夜は楽しくてワクワクしてドキドキするようなおしゃべりをたくさんしましょう。
レオノーラは少し困惑しながらも、恥ずかしそうにデルバートのことを話してくれます。
「デルバート様とは私が魔族の捕虜になった時に出会いました。殺されるのだと思っていましたが、彼は怪我をしていた私を治療してくれたんです。それから怪我が治るまでなにかと気遣ってくれまして……」
「お二人がいたのは、あの水車小屋ですよね? レオノーラ様が私とハウストに教えてくれた、あの水車小屋」
「…………はい」
レオノーラが小さく頷きました。
困ったように、でも恥ずかしそうに目を伏せている。私の目から見ても愛らしいと思える反応です。
それは無意識の反応に見えるもので、だからこそ切なくなる。
だってレオノーラは以前、『デルバートとの関係は過去のこと』と言ったのです。
でも今のレオノーラを見ていると、とても過去の関係だとは思えませんでした。
今なら、今ならレオノーラの心の内に触れることができるでしょうか。
「レオノーラ様」
「なんでしょうか」
「これは私の想像なんですが、レオノーラ様はデルバート様を今もお慕いしているんじゃないですか?」
一瞬だけレオノーラの顔が強張りました。
でもそれは一瞬だけで曖昧な笑みを浮かべます。
「いいえ、デルバート様とのことは終わったことです」
「そうですか。では」
私はそこで言葉を切ると、レオノーラに向かってゆっくりと手を伸ばしました。
指でレオノーラの頬に触れて、優しく笑いかけます。
「では、ここが熱いのはどうしてでしょうね」
レオノーラが息を飲んだのが分かりました。
ほんとうは分かってるんですよね。
分かっていて胸の奥に隠してしまっているんですよね。誰にも暴かれないように。
だって気付いてしまったら夢を見てしまう。甘い夢はとても心地よくて、夢から目覚めるのが恐くなってしまう。
今も戦い続けるレオノーラにとって、甘い夢は罪悪感を覚えてしまうものなのでしょう。
でもね、私は戦いながらだって甘い夢を見ていいと思うんです。
「私はハウストと見つめあうだけで頬が熱くなります。優しく抱きしめられて愛していると言われたら、心臓が壊れそうなくらいドキドキします。それはとても胸が苦しくなるけれど、夢のような幸せな気持ちになるんです。一緒、ですね」
「いっしょ……」
「はい、私と一緒です。私もハウストにずっと恋をしています。彼と恋愛できることが幸せで、今も出会ったばかりの時のようにドキドキします」
「……デルバート様と私はそのような関係にはなりません」
レオノーラがきっぱり拒否しました。
でも私は首を横に振る。そして。
「どうか幸せになることを恐れないでください」
「っ……」
レオノーラが目を見開きました。
震えそうになる指先を握りしめて、……ああいけません。そんなに強く握ったら怪我をしてしまう。
私はレオノーラの手を両手でそっと包みました。
「どうか、どうか幸せになろうとする自分を責めないでください」
ゆっくりした口調でそう伝えました。
両手に包んだレオノーラの手が硬くなって、カタカタと小さく震えています。
だから、だからその震えごと両手でぎゅっと握りしめました。
「レオノーラ様、力を抜いてください。怪我をしてしまいます」
「っ……」
レオノーラが握られた手を見つめたあと、おずおずと顔をあげます。
私と目が合うと困惑したように瞳を揺らしてしまう。
そんなレオノーラに笑いかけると、両手で握っていた手を――――モミモミモミモミモミモミ。
「えっ、ええ……?」
突然のモミモミにレオノーラがびっくりした顔になりました。
でもダメです。痛そうなのでまだモミモミしてあげます。
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