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第八章・力無き者たちの祈り17
「あの、あのっ、ブレイラ様っ……?」
「痛そうなのでモミモミしてあげます」
「そんな、モミモミって……。結構ですからっ……」
レオノーラは困った顔で手を引こうとするけれど、ダメ、だってまだこんなに痛そうなのに。
私はモミモミしながら話します。
「どうですか、痛いのはなくなってきましたか? ゼロスは剣のお稽古中、手が痛くなると私のところにくるんです。本当はお稽古が辛いだけなんですが、『ここ、あかくなってるでしょ?』て私に痛いところをアピールしてくるんですよ? 叱った方がいいのか悩むこともありますが、アピールする姿が可愛くてついついモミモミするんです。そうすると不思議と元気がでるようで張り切って剣術のお稽古に戻ってくれるんですよ」
「そうですか……」
「そうなんです。クロードなんて普段は涼しい顔をして絵本を見てるのに、小さな手をモミモミするときゃあきゃあ転がりまわっておおはしゃぎです。ころころ転がる赤ちゃんは見ているだけでおもしろ、……間違えました、可愛いんですよ」
「……ブレイラ様、訂正が間に合ってません」
レオノーラが困惑しながらも、おずおずと突っ込んでくれました。
その反応に私も楽しくなります。
「イスラが疲れている時もモミモミしてあげるんです。でもイスラは照れてしまってすぐに交替だって言うんですよ。やっぱりそういう年頃なんでしょうか。子どもの時より素直に甘えてくれなくなってしまいました……」
「…………。……それはちょっと、分かります」
「初代イスラもそんな感じでしたか?」
雑談のようにさり気なく話しを振りました。
レオノーラは一瞬強張りましたが、でも。
「……そんな感じです。子どもの時は甘えてくれたんですが、…………年頃、なんでしょうか」
レオノーラが雑談を楽しむような口調で返事をしてくれました。
両手で握っているレオノーラの手から強張りが解けています。
「きっと年頃ですね。育児書に書いてあったんですが十代には思春期というものがあるようです」
「思春期ですか?」
「はい。とても複雑で難解な期間のようで、私たちの時代でも明確に解明されているとは言い難いものです」
「ええっ……、十万年後でも解明されていないなんて……」
驚くレオノーラに私は重く頷きます。
思春期とはどんな高名な教育学者でも解明できないほど複雑なものなのです。育児書に書いてありました。
私は育児書で学んだ知識をレオノーラと共有します。
「思春期の期間中には、親しい人に反抗的になる反抗期というものもあるようです。私のイスラは反抗期らしきものはないので一律にあるとは言い難いですが、反抗期は多くの十代で発生するようです」
「なるほど、反抗期ですか」
「はい、他にも思春期では不思議な言動をする事例もあるようですよ」
「不思議な言動というのは?」
「これは育児書に書いてあったことですが、夕陽を見ながら物憂げな表情になってみたり、『くだらん……』などと達観したことを呟いてみたり、特に怪我をしていないのに眼帯を装着してみたり、なにやらかっこいいポーズをとってみたり」
「…………それに意味はあるんですか?」
「特に意味はないようです。育児書には本人が満足するまでそっとしておくようにと書いてありました。大人になるための必要な通過点だとも」
「通過点、それは大切なことですね。勉強になります」
レオノーラが真剣な顔で頷きました。
私のイスラもレオノーラの初代イスラも同じ年頃。この年頃は複雑で繊細なのです。
いまのところイスラは不思議な言動をすることも反抗期の兆候もありません。でもいつそれが始まってもいいように、私は常に勉強して心構えています。イスラが不思議な言動をするというなら、私も不思議な言動で受け止めましょう。私はどんな時もイスラと苦楽を共にしたいのです、たとえ思春期という不思議な時期であったとしても。
私はレオノーラに頷きました。だってレオノーラも同じ思いだから。
そしてもう二人、私とレオノーラを同じ思いにする方々がいます。それはハウストとデルバート。
「ハウストは考えごとや心配ごとがあると眉間に皺を作る癖があるんです。ここにムムッと皺を」
私は自分の眉間を指差して、ハウストを真似て眉間を寄せました。
ハウストはどんな表情をしていても素敵なのですが、それでも困ったことがあるのです。
「そんなムッとした顔で腕を組んで、そのまま黙ってしまうんですよ。考えごとをしてるだけだと分かっていても、その顔というのがちょっと怖くて……。若い士官などは緊張してしまって可哀想です」
「ああ、そういうことありますね。デルバート様と一緒に過ごしたのは一ヶ月の短い期間でしたが、部下の方を困らせている時がありました」
「こういうのって本人に自覚が薄かったりするんですよね。ひどい時はゼロスもびっくりして、『ちちうえ、なにかあったの?』とこそこそ聞いてくるんですよ」
「それはお気の毒に」
「はい、癖のようなものなのでハウストに悪気がないのは分かっているんですが、幼いゼロスやクロードがちょっと可哀想ですよね」
「それで、ブレイラ様はどうされているんです?」
「そこはモミモミですよ」
「モミモミ……」
「そうです。ハウストの眉間を指でモミモミしてあげるんです。強制的に皺を伸ばす方法です」
「なるほど、そういうことですか」
「もし眉間に皺を刻んでいる方がいたら、ぜひ試してみてください。口で言うよりも強制的に皺を伸ばした方が早いですから」
こうやってするんです、と自分の眉間をモミモミして教えてあげました。
そうするとレオノーラも真面目な顔で自分の眉間をモミモミします。
「モミモミするとハウスト様の眉間の皺は戻りますか?」
「それはもうあっという間に。しかも機嫌まで直してくれますよ」
「それは素晴らしい効果ですね」
「はい、抜群です。……でも、最近思うんです。彼はわざとしてる時があるんじゃないかって」
「そうなんですか?」
「はい。わざわざこちらをじっと見てる時がありますから。まるで催促ですよ」
「ふふふ、あのハウスト様が」
ハウストのことを思い出してレオノーラが笑いました。
分かります、おかしいですよね。どこから見ても立派な魔王様なんですが、そんな子どものような一面もあるんです。
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