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第八章・力無き者たちの祈り19

「デルバート様はどうしたんです? なにかあったんですか?」 「なにかあったっていうより、なにもなかったんだ」  イスラはそう言うと私とレオノーラに昨夜のことを教えてくれます。  昨夜、ここ周辺一帯は異形の怪物に襲撃されました。もちろんそれはデルバートやイスラや魔族の兵士たちによって迎撃して殲滅したわけですが、デルバートにはもう一つの狙いがあったというのです。それは炎の巨人。そう、海で目撃した不思議な巨人のことでした。  イスラも少し困った様子で炎の巨人について話します。 「あの正体不明の巨人はゲオルクとは無関係かもしれないが、このまま放っておくのは厄介だ。他の巨人もいるかもしれないし」 「なるほど、昨夜は巨人の出現も待っていたんですね」 「ああ。できれば捕縛か、それが無理なら始末してしまいたかった」 「それで術の解除は成功したのにデルバート様はあんな顔をしてるんですね」  私もちらりとデルバートを見ました。  一人で椅子に座り、なにやら厳しい顔で思案しています。今後の作戦行動について考えているのは分かりますが側近の魔族や兵士は少し近寄りがたいようでした。  王様というのはいつの時代もあまり変わらないんですね。たまにハウストもああいう近寄りがたい雰囲気になってしまいます。  でもハウストではないので私は遠巻きに見守りますが。 「ブレイラ様」  ふとレオノーラに話しかけられました。  見るとレオノーラはまっすぐにデルバートを見つめています。まるでなにか決意したかのように。 「昨夜のこととても感謝しています。おかげ様で、心に決めることができました」 「え?」 「もう、恐れないと」  そう言うと、レオノーラが動きだしました。  しかもデルバートがいる方へ歩いていきます。 「え、ちょっとレオノーラ様っ?」  突然のことに驚いて呼び止めましたがレオノーラの足が止まることはありません。  まっすぐにデルバートの元へ向かい、その前で立ち止まります。  デルバートは不思議そうに見上げましたが、レオノーラはゆっくりと手を伸ばし、そして――――モミモミモミモミ。 「ッ!?」  ガタガターンッ!!  デルバートが椅子をひっくり返す勢いで立ち上がりました。  突然のモミモミは衝撃が強すぎたのです。 「レ、レオノーラ、いったいっ……!?」  驚愕のあまりデルバートが額を手で押さえてレオノーラを凝視します。  レオノーラは途中で中断されたモミモミの手を見て、次にデルバートを見上げました。そう、今までずっと目を逸らしていたのに見つめ返したのです。 「デルバート様が眉間に皺を刻んだ怖い顔をしていたので。そういう時はこうすると良いのだとブレイラ様に教わりました」 「ブレイラがっ?」  ガバリッ、デルバートが私を振り向きました。  目が合ったので、こくりっと頷き返します。レオノーラの突然の行動には私も驚かされましたが、そうです私のおかげです。  デルバートはまたレオノーラを見つめました。 「……俺は、そんな顔をしていたか?」 「はい、少し近寄りがたいものでした」 「お前にとってもか?」 「……いいえ、私は優しいデルバート様しか知りません」  レオノーラはそう言うと、デルバートを見つめたまま言葉を続けます。 「昨夜、デルバート様は私と話しをしたいと言ってくれました。……その思いは今も残っていますか?」 「っ……」  デルバートが息を飲んだのが分かりました。  レオノーラを見つめたまま興奮したように何度も頷く。 「あるっ、あるぞ! 話したい気持ちがある……!」 「良かったです。私もデルバート様に話したいことがあるんです。たくさん、たくさん話したいです」  レオノーラが嬉しそうに答えました。  そんなレオノーラをデルバートは凝視し、興奮と驚愕のまま手を伸ばします。でも触れる寸前にハッとして手を止めました。 「……触っても、いいのか?」  わざわざ確認するデルバート。  とても慎重になって、緊張がこちらにも伝わってきます。  でもそれは仕方ないことです。だってずっと想っていた相手が目の前にいて、手が届きそうなのですから。  そんなデルバートにレオノーラはゆるりと微笑みます。そして。 「喜んで」  レオノーラはデルバートの手にそっと触れたのでした。  デルバートとレオノーラの想いが成就し、三時間が経過しました。  あれから三時間、私たちは陣営を移動していません。  それというのも昨夜は戦闘だったので兵士に休息が必要だったのです。  でも私は知っています。それだけが理由じゃないことを。 「ブレイラ、出発はまだみたいだな」 「あ、イスラ、おはようございます。しっかり休めましたか?」 「ああ、よく寝たぞ」 「それは良かったです」  おはようという時間ではないのですが、天幕から出てきたイスラに声を掛けました。  イスラも昨夜の戦闘に参加していたので休息していたのです。 「お茶を淹れますね。保存食もいただいていますから、こちらもどうぞ」 「ありがとう」  側に来たイスラに軽食とお茶を用意してあげました。  イスラはお茶を飲みながら陣営内を見回します。 「デルバートはどうしたんだ?」  今、陣営内では昨夜戦った兵士たちが休息を取っています。  私たちの周りにも軽食中の兵士たちの姿がありました。  でもデルバートの姿は見えません。ついでにレオノーラも。  それに気付いたイスラがなんとも言えない複雑な顔になりました。 「…………うそだろ。そんな自分勝手な理由で行軍を止めるなんてあり得るのか?」 「あり得るようですよ。私たちの時代も王様はなんでもありですが、この初代時代はさらになんでもありのようですね」  私も頷いて答えました。  そう、初代魔王デルバートは行軍を一時停止して休息の時間を作りました。建前上は『昨夜は激戦だった。そこを戦い抜いた兵を労わりたい』などと尤もらしいことを言っていましたが、本当は違います。先ほどようやくレオノーラと結ばれたので、どうしても二人きりになりたかっただけなのです。公私混同もいいとこです。  実際、兵士の休息は必要だったので良かったものの、なんという自分勝手な振る舞い。やっぱり王様って自分勝手ですよね、ハウストにもそういうとこあります。  そして目の前のイスラも王様です。イスラもそういうとこあるのでしょうか。

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