142 / 262
第九章・歴代最強の勇者1
◆◆◆◆◆◆
「ぼくは~、すてきなめいおうさま~♪ きょうもげんきいっぱいですぅ~♪ みなさんこんにちは~♪ あさはおはよ~~♪ よるはこんばんは~♪ ぼくがすきなのは、い~た~だ~き~ま~す~~♪」
物々しい行軍中なのに、そこに響いていたのは三歳児の無邪気な歌声。自作したごあいさつの歌である。
ちょっと外れた音程だがゼロス本人はとても気持ち良さそうに歌っている。
しかもハウストが抱っこしているクロードも、歌声に合わせて「あ~う~♪」と声を出している。
最初は無愛想な顔でハンカチをしゃぶっていたクロードだが、いつの間にかゼロスののん気な歌声につられて声を出していたのだ。
ハウストの顔が引きつっていく。
自分が抱っこしているクロードと、自分の側をちょろちょろ歩いているゼロスの大合唱。
のん気すぎるそれにハウストは疲労のようなものまで覚えてしまう。
だが、なにも言えない。
それというのもブレイラはこの歌声が大好きだから。
ゼロスは気分がいいと自作の歌をうたったり鼻歌をフンフン鳴らしていることが多い。楽しいことが大好きなゼロスらしいことである。そしてブレイラもそんな楽しそうな子どもの姿を見ているのが好きなのだ。
どうやらブレイラにはこののん気な歌声が小鳥のさえずりに聞こえているらしい。
それというのも十万年前に時空転移する前、家族五人でお茶の時間を楽しんでいた時のことである。
城の庭園にある東屋でハウストとイスラとブレイラは雑談し、ゼロスとクロードは庭園で石や落ち葉を並べて遊んでいた。
ハウストとブレイラとイスラは紅茶を飲みながら会話に盛り上がっていたが、ふいに。
『ん? ああ、小鳥の可愛いさえずりが聞こえてきました』
ブレイラが声を静めて目を閉じる。
耳に手を当てて耳を澄ませている。とてもうっとりした顔をしているので、ハウストとイスラも可愛い小鳥とやらを探した。
『……どこにいるんだ?』
『……さあ?』
でもどれだけ探しても見つからない。耳を澄ませても可愛いさえずりとやらも聞こえない。
だが、その時だった。
『ぼくのおなまえはゼロス~♪ ステキなめいおうさま~♪ とってもつよくてかっこいい~♪ みんなのゼロス~~♪』
『あ~、う~、あ~♪』
東屋の裏から微妙な歌声が聞こえてきた。
見ると気持ち良さそうに歌をうたって地面にお絵描きをしているゼロスと、側にちょこんと座ってつられて声を出しているクロード。
まさか! とハウストとイスラがブレイラを見ると、うっとりした顔でゼロスとクロードの歌声に聞き入っていた。
そう、ブレイラにとってゼロスの微妙に音程を外した歌声も、クロードの低いうなり声にしか聞こえない発声も、小鳥の可愛いさえずりなのである。
『なんて可愛い小鳥のさえずりでしょうか。ずっと聞いていたい歌声ですね。ね、ハウスト、イスラ』
同意を求められたハウストとイスラ。
二人はお絵描きしながら合唱中のゼロスとクロードを見た。
お世辞にも小鳥のさえずりには聞こえない。だが。
『その通りだ。まるで小鳥のさえずりだな』
『あ、ああ。二羽の小鳥が楽しそうだ』
『歌をうたいながらお絵描きするなんて、とっても器用です。クロードはまだ赤ちゃんなのに上手に声を合わせるなんて……じつは天才なのでは?』
『……そうだな……、まあ、うん……』
『ふふふ、可愛いですよね』
『ああ。可愛い。かわいい……』
そう、ブレイラが小鳥の可愛いさえずりだというなら、それは可愛いさえずりなのである。
こうして魔王と勇者は、平和なうららかな昼下がりに小鳥の可愛いさえずりを聞き続けることになったのだった……。
というわけで、これは小鳥のさえずりなのである。たとえここが十万年前の孤島であろうと。
「ガハハッ、ガキってのは愉快だな~」
オルクヘルムがニヤニヤしながらハウストに話しかけた。
なれなれしく肩に腕を置かれて不快だ。だが幻想王はこういう男なのだ。
現在、ハウストたちは行軍中である。
幻想族の陣営では無事に襲撃を撃退してゲオルクの術を打破した。
そこで初代精霊王リースベットとジェノキスも合流し、ゲオルクを倒すために陣営地を離れた。
だが現在行軍しているのはハウスト、ゼロス、クロード、オルクヘルム、リースベット、ジェノキスの六人だ。
幻想族や精霊族の兵士も多くいたが、彼らは船の修理や必要物資の確保、なにより孤島に出没する異形の怪物討伐を任せなければいけなくなった。
昨夜襲撃してきた怪物を含め、孤島にはゲオルクが作り出した異形の怪物が数多く確認されたのである。オルクヘルムとリースベットは怪物が島外へ出てしまうことを阻止するため、島内で殲滅させることを優先したのだ。
こうして六人はゲオルクが潜伏していると思われる島の中心に向かって歩いていた。
ハウストとしてはブレイラとイスラを探すことを優先したいが、ブレイラ達もゲオルク討伐という目的は同じである。おそらく島の中心に向かっているだろうと予想できるのだ。
ともだちにシェアしよう!