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第九章・歴代最強の勇者2
「ハウスト、子守りは大変だろ」
「十万年後はおもしろい世界じゃな。魔王が勇者と冥王の父親とは」
オルクヘルムとリースベットが愉快そうに笑った。
初代時代では考えられない親子関係なのだ。
からかわれたハウストは不快そうに目を据わらせたが、だからといって特に反論することもない。実際、十万年後でも前代未聞のことだった。
しかし現在、勇者イスラと冥王ゼロスと次代の魔王クロードは、ハウストとブレイラの息子たちである。それは間違いない事実だ。
「……子どもとはああいうものだ」
「あの歌も毎日聞いてんのか? 父上として」
あれ、と指差すオルクヘルム。
そこにはゼロス。張り切って前を歩くゼロスは「いただきま~す~~♪」と高らかに繰り返している。抱っこしているクロードも「あい~♪」とそれに合わせて高めの声になっていた。どうやらサビに突入しているらしい。
ハウストは目を据わらせるが、ここは父上として正しい回答を。
「……あれは小鳥のさえずりのようなものだ。しかも可愛いさえずりだ」
「えっ」
「えっ」
オルクヘルムとリースベットがぎょっとした。
しかしハウストは怯まない。なぜなら父上だから。
「ブレイラが小鳥のさえずりだと言っている。ならばあれは可愛いさえずりだ。なにか問題でもあるのか。そうだったよな、ジェノキス」
こんな時ばかりジェノキスを巻き込むハウスト。
ジェノキスは「げっ」と顔を引きつらせたが。
「……そ、そうだな。小鳥の可愛いさえずり……だな」
認めるしかなかった。
ブレイラが小鳥の可愛いさえずりだと言っていた。ならばそれは小鳥の可愛いさえずりなのだから。
「……お前ら、ブレイラに弱みでも握られてんのか? 相談くらい乗るぞ?」
オルクヘルムが気の毒そうに言った。
そんな反応のオルクヘルムにハウストとジェノキスは複雑だ。幻想王に哀れまれるなんて……。
こうした複雑な大人たちなど知らず、元気に歌っていたゼロスが振り返った。
「みんな~、ぼくのおうたどうだった~!? はくしゅしてもいいよ~!」
ゼロスが大人たちを見上げて感想と拍手を所望する。
どうやら歌が終わったようだ。
要請を受けたオルクヘルムとリースベットとジェノキスはおかしそうに笑いながら拍手した。「サイコーじゃ!」「感動したぞ!」と絶賛する。オルクヘルムなどはピーッと指笛まで吹いて盛り上げた。ここに無邪気な子どもの要請に水を差す大人はいないのである。
絶賛されたゼロスは「どうもどうも」と応えながら、照れ臭そうにハウストの隣に戻ってきた。
「ちちうえ、みてた? みんな、ぼくのおうたじょうずだって」
「ああ、そうだな」
報告するゼロスにハウストは苦笑して答えた。
抱っこしているクロードも「あーうー。ばぶぶっ、あー」となにやら話している。時折パチパチしているのでクロードも絶賛されて気分がいいようだ。
「ねえ、ちちうえ」
「なんだ」
「ぼくのおうた、ブレイラにもきこえてたかなあ」
どうやらゼロスはブレイラに聞こえるように歌っていたようだ。
とても元気に振る舞っているが、寂しさを感じていないわけではないのである。当然だ、ゼロスは三歳でクロードはまだ赤ん坊なのだから。
しかし今は寂しさで泣いてしまうよりも、ブレイラとイスラを探してゲオルクを討伐する。ゼロスもそれを分かっているのだ。
「ああ、大丈夫だ。ちゃんと聞こえていた。ブレイラとイスラを必ず見つけるぞ」
「うん! みんなで、ちからをあわせてがんばろうね!」
「ばぶっ!」
こうしてハウストたちの行軍は続くのだった。
◆◆◆◆◆◆
ギャアギャアギャア!! キエエエッ!! ギャアギャアギャア!!
空を見上げると巨大な怪鳥が悠々と飛んでいました。
まるで雄叫びのような鳴き声ですね。耳が痛くなるような金切り声。
飛び去っていく怪鳥を見送り、ほうっ……とため息をひとつ。
「ゼロスとクロードはどこにいるんでしょうか。二人の元気な歌声が聞きたいです。小鳥のさえずりのような可愛い歌声が……」
ぽつりと漏れた心からの願い。
ゼロスとクロードにはハウストがついているのできっと大丈夫。でもこの目でたしかめるまでは心配で心配で。
隣を歩いていたイスラが「怪鳥の鳴き声で思い出したのか……」と呟きましたが、どういう意味です。
平穏な日々の中で聞こえるゼロスとクロードの歌声はとても可愛らしいのですよ。無邪気な子どもの歌声はまるで幸福と平和の象徴のようで。
ムッとしてイスラを見ると、宥めるように声を掛けてくれます。
「ブレイラ、疲れてないか?」
「大丈夫ですよ。むしろ動いている方が目的に近付いている気がしてほっとしますね」
「それもそうだ」
現在、私たちは陣営地を出発して孤島の中心地に向かって行軍していました。
行軍といっても一緒にいるのは私、イスラ、デルバート、レオノーラの四人です。
陣営地には多くの魔族の兵士がいましたが、船の修理と怪物討伐をお願いすることになったのです。異形の怪物はこの孤島でゲオルクによって製造されたものなので、可能な限り島内で討伐する必要があるからです。
そこで少数精鋭として四人でゲオルクが潜伏していると思われる島の中心へ向かっていました。……実際、精鋭なのはイスラとデルバートとレオノーラだけなのですが、その辺はいいのです、私も精鋭ということで。
こうして緊張感たっぷりの行軍をしているわけですが。
「……イスラ、あれなんとかならないでしょうか」
私はこそこそとイスラに話しかけました。
前を歩いているのはデルバートとレオノーラ。
二人の間には一人分の空間が開いていますが、先ほどから互いをちらちらちらちらちらちら……。
そう、なにかとちらちら目が合って、目が合ったと思ったらレオノーラは恥ずかしそうに頬を赤くしています。そんなレオノーラにデルバートは優しく目を細めるのですから、見ているこちらとしては堪ったものではありません。
今は緊張感たっぷりの孤島の行軍のはずなのですが、互いの想いを確かめあったばかりの二人は緊張感が欠けているのです。
そんな二人にイスラも苦笑しました。
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