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第九章・歴代最強の勇者10

◆◆◆◆◆◆ 「最悪だっ……」  地を這うようなハウストの声。  苛立ちに目を据わらせ、大地の巨人が出現した場所を睨み据える。  しかし今、そこに大地の巨人はいなかった。それだけではない、あれほど大暴れしていた炎の巨人も風の巨人も水の巨人もいなかった。  大地の巨人がブレイラたちを飲み込むと、他の巨人も忽然と姿を消したのだ。おそらく最初から連れ去ることが目的だったのだろう。 「魔王様、気持ちは分かるけど落ち着けよ」  ジェノキスが殺気立つハウストに声をかけたが。 「黙れ」  ハウストがぎろりっと睨み返した。  もちろんジェノキスの慰めで苛立ちと憤りが収まるはずないのだ。  幸いにもここに残っているのはハウスト以外にデルバート、オルクヘルム、リースベット、ジェノキスである。つわもの揃いなのでハウストが殺気立っていようと気にする者はいなかった。  いや、むしろジェノキス以外全員が殺気立っていた。  デルバートはレオノーラを連れ去られ、オルクヘルムは巨人を仕留めそこない、リースベットは巨人を捕獲できなかったのだから。それでニコニコできるほど四界の王は温厚ではない。 「…………雰囲気悪すぎだろ」  ジェノキスはげんなり呟いた。  しかしそれでもここにいるのは歴代屈指の魔王と呼び名の高いハウストと、四界の礎を築いた初代王たちである。どんな状況下にあっても冷静に事態を把握し、打開する方法を思案する。怒りで我を忘れるような王たちではないのだ。  リースベットが厳しい顔で巨人について話しだす。 「われらの前に出現した四体の巨人……。対峙して分かったが、まさに純粋な元素そのものじゃった。炎、風、水、大地、まさに四大元素じゃな」 「四大元素か……。面倒なことにならなければいいがな」  ハウストが憮然とした顔で答えた。 『四大元素』  それは世界という物質を構成する基本元素である。世界に存在するすべての物質は四大元素が複雑な割合で混ざりあって構成されているのだ。もちろん魔力も例外ではない。  もし四体の巨人が四大元素ならば、ハウスト達は世界の一部と戦っているということ。これ以上に厄介な怪物はいないだろう。  そして四大元素の巨人がどうしてブレイラやレオノーラを連れ去ったのか疑問も残る。  だが今、ハウストのするべきことは一つだ。 「とりあえずこのままブレイラを追う。あの巨人どもが海で出現したのはブレイラを島に呼び込むためだったと考えていいだろう。ならば、この島のどこかにブレイラ達はいるはずだ」  ブレイラを護衛しているクウヤとエンキに異変がないので今も無事でいるはずだ。一緒に行動しているゼロスはまだ危なっかしいところはあるが、それでもブレイラとクロードとレオノーラを守ってくれるだろう。イスラもブレイラを追っている。今はイスラとゼロスを信じるしかない状況だ。  そしてもう一人、初代勇者イスラ。この場所から初代イスラも姿を消している。目的は分からないがイスラと動揺に大地の巨人を追ったようだった。  ハウストは状況を整理する。今は一刻も早くブレイラ達を探しださなければならない。その過程で巨人についても何か分かることが出てくるだろう。  その後はゲオルク討伐だ。祈り石を自在に操る男を見逃すわけにはいかなかった。  大地の巨人を追ったイスラは閉ざされた神殿にいた。  イスラは光魔法を発動して神殿を見回す。  窓一つない神殿は暗闇に覆われ、光魔法で照らさなければ自分の足元すら見えないほどだ。  石柱が整然と建ち並んだ空間はがらんとして広く、神殿全体には古めかしい記号や模様が彫られていた。  そして奥の祭壇には特徴的な紋章が刻まれている。  それは十万年後から転移したイスラが初めて目にするものだが、まるでシンボルのように神殿内に掲げられていた。  遺跡のような神殿にイスラの興味がそそられたが、ふいに空気の動きを感じた刹那。  ――――ガキイイィィン!!  剣と剣がぶつかりあった。  殺気を感じたイスラは瞬時に剣を抜いて迎え撃ったのだ。 「やはりお前も来ていたかっ」  イスラは剣を一閃し、間髪入れずに攻撃する。  初代イスラはニヤリと笑うと攻撃を剣で弾き、後方に飛んで距離を開けた。  イスラと初代イスラが剣を構えたまま対峙する。 「意外だな、レオノーラを追ってきたのか」 「確かめたいことがあって来た」 「確かめたいこと?」  イスラは訝しむ。  初代イスラは剣の切っ先を祭壇に掲げられた紋章に向けた。 「あの紋章を確かめにきた。あれと同じものが魔力無しの人間どもが信仰していた教会にも掲げられていたからな」  その言葉にイスラは驚いた。  ゲオルクとレオノーラは同じ魔力無しの人間である。そしてこの時代、その人間たちは共通の信仰をしているという。その信仰のシンボルがここにあるというのだ。  イスラは初代イスラを見据えた。  初代イスラの口振りはなにかを知っている。知っていてここに来たのだ。  初代イスラはニヤリと笑うと、次はイスラに剣の切っ先を向けた。 「あともう一つは、貴様を殺しそこなっていたからだ」  それは続きをしようというものだった。  一度目の戦いは邪魔が入ったが、今度こそ決着をつけようというのだ。  それに対しイスラも好戦的な笑みを刻む。 「なるほど、こっちの理由の方が分かりやすくていい」 「殺す気でこい」 「お前のことは気に入らないが殺す理由がない」  イスラの興味はどちらが強いかだけだ。  イスラにとって相手を倒すことは殺すことではない。歴代最強を冠するのに殺しは不必要だと考えている。純粋な強さの競い合いだ。  だが、そんなイスラを初代イスラは嘲笑う。 「ぬるいな。殺しもしたことがない聖人君子ってわけじゃないだろ。それとも俺に勝てない言い訳が必要なのか?」 「お前こそ下手な挑発だな。俺がしたいのは殺しあいじゃない、それだけの話しだ」  イスラはまっすぐな面差しで答えた。  その迷いない答えに初代イスラは目を据わらせる。そこにあるのは苛立ちだった。  今、対峙する初代イスラとイスラは勇者を冠する人間である。でもそこには決定的な違いがあった。  二人はどちらかが正しいなどと思っていない。  しかし勝った方が歴代最強。それだけは間違いない。  イスラが欲しいのはそれだけだ。  イスラは剣を構えて踏み込んだ。  隙のない剣筋に初代イスラも応戦する。  ガキイィン! キン! キン! キン!  二人は目にも留まらぬ速さで激しく剣を打ちあう。  剣技の火花が飛び散る中、二人は魔力を展開させてぶつけあった。  こうして拮抗する力が衝突していたが、不意に神殿の床に無数の魔法陣が出現する。 「っ、こんな所にまでっ……」  初代イスラが吐き捨てた。  その魔法陣は異形の怪物を出現させるものだったのだ。  無数の魔法陣から巨大な鳥の怪物が出現し、初代イスラとイスラに向かって飛んでくる。  数えきれないほどの怪物に二人は戦いを中断して応戦した。  だがイスラは先ほどの初代イスラの言葉を聞き逃していなかった。  先ほど『こんな所にまで』と言ったのだ。  やはり初代イスラはなにかを知っているのだろう。  それは気になるものだったが今は目の前の怪物である。  イスラは魔力を発動し、怪物を一掃していくのだった。 ◆◆◆◆◆◆

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