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第九章・歴代最強の勇者11
いったいどれだけ歩いたでしょうか。
大地の巨人に飲み込まれて謎の通路に転移した私たちは、あれからずっと、ずーっと歩き続けていました。
幸いにも怪物に出くわすことはありませんが、どこに辿りつくのか分からないまま歩くというのは不安を覚えるものです。
でも。
「それでね、ぼくはダメっていったのにクロードがあーんってしちゃうの。だからぼく、ペッてしなさいって」
先ほどからゼロスがクロードと遊ぶのがいかに大変か語っていました。
クロードはなんでも口に入れてしまうから困っているという悩み相談ですね。クロードの方は素知らぬふりでハンカチをちゅちゅちゅっしています。
でもレオノーラは幼い子どもの日常が珍しいのか興味深そうに聞いてくれていました。
「ペッ、ですか?」
「そう、ペッて。でもクロードはあかちゃんだから、またすぐにあーんってしちゃう。ダメなのに」
ゼロスは私とレオノーラと手を繋ぎながらおしゃべり。この子は赤ちゃんの時からおしゃべりが好きでした。
でも今のような時に楽しくおしゃべりできるのはいいですね。私もゼロスに話しかけます。
「赤ちゃんはなんでもお口に入れてしまいますからね。でも遊んでいる時もゼロスがクロードを見ててくれているので安心です」
「まあね。クロードはあかちゃんだから、まもってあげなきゃとおもって」
ゼロスが胸を張って答えました。
でもふと、ゼロスが「あっ!」と声をあげます。どうやら何か思い出したようです。
「ゼロス、どうしました?」
「…………。ぼく、みちゃったの……」
いつにない深刻な様子でゼロスが言いました。
いったいなにを思い出したのでしょうか。
「なにを見たのですか?」
「ぼくとクロードがおしろのおにわでおさんぽしてたとき、ちちうえとあにうえがおにわをドカーンって」
「お城のお庭をドカーン……。それって爆発ですよね」
私の目が無意識に据わっていく。
そんな私に気付かずゼロスが話してくれます。
「うん、ばくはつしてた。あのね、ちちうえとあにうえがてあわせしてたの。そしたら、おにわがドカーンって」
要するにハウストとイスラが城の庭園で手合わせをし、うっかり庭園を破壊したということです。ゼロスとクロードはお散歩中にそれを目撃したというのです。
しかもこれは初めてではありません。ハウストとイスラはよく手合わせするのですが、訓練場へ行けばいいものを面倒くさがって庭園で済ませることが度々ありました。
でも二人は魔王と勇者。二人が手合わせして庭園が無事で済むはずがないのです。
私は二人が庭園を破壊するたびにお説教していました。
「……父上と兄上はそんなことしてたんですね」
「してた。ぼくとクロードみてた」
その時のことをゼロスが話してくれます。
その日、ゼロスは乳母車にクロードを乗せて庭園をお散歩していたようです。
普段からゼロスは年齢が近いクロードとたくさん遊んでくれています。城内ではおもちゃ箱、戸外では乳母車にクロードを乗せてよく連れ回しているのです。
二人がおしゃべりしながら庭園をお散歩していると手合わせしていたハウストとイスラが庭園を破壊してしまったようでした。
「ぼくね、ブレイラにおしらせしなきゃとおもったの。だからクロードときたりきゅうにいこうとしたんだけど、ちちうえとあにうえがとおせんぼしてきた」
「えっ、父上と兄上がゼロスとクロードを通せんぼ?」
「うん、とおせんぼ。それでね、ちちうえがぼくにジュースくれた。あにうえはクロードにおかしあげてた」
「………………」
口止め、ですね。
あれほどダメだと言っていたのにハウストとイスラは手合わせで庭園を破壊し、ジュースとお菓子をゼロスとクロードに与えたと。これは完全な口止め。
そして庭師を呼んですみやかに庭園を元に戻したのでしょうね、私に見つかる前に。
「ジュース、おいしかったなあ~。おかわりたくさんしていいぞって、ちちうえが」
「にー。あぶぶ、あーあー」
ゼロスとクロードが楽しそうに話してくれます。
抱っこしているクロードは小さな両手をグーパーグーパーして「おーおー」とおしゃべり。イスラから両手にお菓子を握らせてもらって大満足だったようです。
どうやらハウストとイスラはゼロスとクロードにジュースとお菓子を大盤振る舞いしたようですね。口止めのために。
「……ブ、ブレイラ様?」
黙り込んだ私にレオノーラが心配そうに声を掛けてきました。
大丈夫、私は怒ってません。
「ハウストとイスラとはたくさん話し合いが必要なようです」
そう、話し合いがしたいだけ。
そうと分かったら更にハウストとイスラに会いたい気持ちが強くなりましたよ。
「ゼロス、教えてくれてありがとうございます」
「こんどはブレイラもいっしょにジュースのもうね。ちちうえがたくさんどうぞっていってたから」
「そうですね、楽しみです。たくさん頂けるそうですから」
私は顔に笑顔を張り付けて答えました。
いつもジュースやお菓子を食べさせすぎないように気を付けているので、おかわり自由のジュースや食べ放題だったお菓子に幼い二人は大興奮だったことでしょう。
無邪気に喜ぶゼロスとクロードに私も嬉しい気持ちになりますが、やっぱりハウストとイスラとは話し合いが必要ですね。
「それにしても長いですね……。この通路はいったいどこまで続いているんでしょうか。出口に繋がっているといいんですが」
私はなにげなく通路を見回します。
それを真似てゼロスとクロードもきょろきょろ。幼い子どもというのは可愛いですね。
思わずほのぼのした気持ちになりましたが、――――ドオオオオオン!!!!
不意に、通路の先から爆発音がしました。
それは通路全体が震動するほどで、私たちに緊張が走ります。
「な、なにごとですっ……」
通路の先に気配を感じます。誰かが戦っているようなのです。
「ブレイラ様、お気をつけください! この先に誰かがいるようです!」
「ありがとうございます。でもこの先に何かあるっていうことですよね、行ってみましょう!」
私たちは警戒しながらも駆けだしました。
しばらく走ると通路の終わりが見えてきます。通路の先は広い空間になっているようでした。
でもその前に。
「ちょっとまって! あぶないからブレイラとレオノーラはここでまってて! ぼくがさきにいってくる!」
今まで私たちと手を繋いでいたゼロスが言いました。
たしかにゼロスが一番強いですが、三歳の子どもに様子を見に行かせるなんて……。
でもゼロスはキリッとした顔つきで私とレオノーラを見上げます。
「ぼくはつよいからだいじょうぶ。ぼくがブレイラたちをまもってあげるね」
いつもは垂れ気味の目尻をキリッとさせた本気の顔。私とレオノーラの手をぎゅっと握ってキラキラのかっこいい顔です。しかもニコッとした口端がキラリと輝いて……。
「ねえねえ。ぼく、ちちうえとあにうえみたい?」
ゼロスがワクワクした顔で聞いてきました。
どうやらゼロスは父上や兄上になった気分だったようです。
たしかにこんな時、ハウストやイスラは私を待たせるでしょう。ゼロスは父上や兄上に憧れてよく真似っこしていますから。
キラキラのゼロスにクロードは「あうー……」と呆れた声をだしましたが、ゼロスは張り切って胸を張ります。
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