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第九章・歴代最強の勇者13
「ブレイラ様、私たち魔力無しの人間は特別な力を持ちません。多くの者が魔力という力を持っているこの世界で、この争いが尽きぬ世界で、私たち魔力無しの人間は理不尽に虐げられてきました。しかし」
レオノーラはそこで言葉を切ると、私を見つめて嬉しそうに微笑みます。
「しかし、十万年後はそうではないのですね。この時代から十万年後にいたる時代のなかで、少しずつ、少しずつ変わっていったのでしょうね。魔力無しの人間であるブレイラ様が魔族に受け入れられて魔界の王妃の座に就いたこと、十万年後の勇者様や冥王様に親と慕われていること、精霊王様とも懇意にしていること。それはこの時代の魔力無しの人間たちにとって希望です」
「レオノーラ様……」
「申し訳ありません。ブレイラ様にはブレイラ様の時代の苦難があったことは想像に難しくありませんが、勝手に希望に思うことをお許しください」
「……いいえ。いいえ、光栄です……」
私は言葉が出てきませんでした。
レオノーラの思いが切なくて、でも十万年後の未来に希望を見出してもらえたことが嬉しくて。
私が魔王ハウストに嫁いだ時も前代未聞のこととされました。これほど長い四界の歴史のなかで初めてのことだったのです。
そう、それはこの四界大戦の時代から十万年後の私の時代になるまでに、多くの魔力無しの人間の苦難があったということ。
この四界大戦の時代は礎の時代。礎の時代があって十万年後の私たちがいる。そして私たちもいつか礎となり、その先の未来に繋がっていくのです。
だから、十万年前のレオノーラに希望に思ってもらえることは心から光栄なことでした。
レオノーラは初代イスラに向き直りました。
「イスラ様、私の村はイスラ様の父上様によって滅ぼされ、村人も私以外すべて殺されました。その理由をもうお気付きですよね」
「…………。……廃墟になった教会の地下に研究室があった」
「その通りです。その研究室で私たち魔力無しの人間は祈り石を製造しました。すべては魔族、精霊族、人間、幻想族に復讐するため。力を持つ者すべてを滅ぼすため。イスラ様の父上様はそれを阻止するために村人を殺したのです。祈り石を発動できるのは魔力無しの人間だけですから」
レオノーラが初代イスラを見つめて言いました。
そして深々と頭を下げて謝罪します。
「本当なら、もっと早くイスラ様に伝えるべきでした。イスラ様が御自分の力で真実を知る前に、もっと早く私の口から。そうすればイスラ様は父上である首領様に不信を覚えることはなかったでしょう。でも、私はそれを分かっていて伝えませんでした。被害者でいることでイスラ様に哀れんでいただき、気を引きたかったからです」
「…………どういう意味だ」
「幼いイスラ様が私を慕ってくれることが嬉しくて。ほんとうに嬉しくて、ずっとお側にいたくて、だから私からお話しすることは出来ませんでした。イスラ様が父上様より私を慕ってくれることが、孤独になった私の唯一の喜びだったからです」
こうしてレオノーラから語られたのは幼い罪の話しでした。
そう、初代イスラに対する罪の告白。
「子どもだったイスラ様から父上様を取り上げたのは私です。私はイスラ様に執着し、哀れんでもらうことで呪いのように纏わりついたのです。イスラ様も父上である首領様から忠告されたことがあるのではないですか? 私が化け物のようだと」
初代イスラが僅かに反応しました。
その反応に気付いたレオノーラが小さく苦笑します。
「やはりそうでしたか。首領様はあまり器用な方ではなかったので幼いイスラ様にどう接していいか分からないご様子でした。ですが、さすが首領様ですね。私がイスラ様に執着していることにお気付きになり、とても警戒されてしまいました。首領様は私がイスラ様に害をなすのではないかと疑っておいででしたから」
レオノーラはそこで言葉を切るとまっすぐ初代イスラを見つめます。
「私はイスラ様を心から愛しています。どうか信じてください」
言葉を紡いでゆっくりと手を伸ばす。
その存在に寄り添うために。ただ愛おしいのだと伝えるために。
そこにあるのは無償の愛。
親兄弟を殺されても、村を滅ぼされても、それでも愛しているのだという。それでも愛を注ぎたいのだという。
でもそれは底なし沼のように深く、粘着質で、手足に絡みつくような……。それを愛と呼ぶにはあまりにも、あまりにも。
「――――触るな。気味が悪い」
パシンッ、寸前でレオノーラの手が払われました。
初代イスラは冷ややかにレオノーラを見ていたのです。
「今更なんのつもりか知らないが、終わった過去はどうでもいい。なにを言われようと俺はお前を信じない」
「イスラ様……」
「お前も俺を憎めばいい。村を滅ぼした俺を憎め、他の魔力無しの人間のように世界を恨め。その方がまだ理解できる。むしろ健全なくらいだ」
初代イスラは吐き捨てるような口調で言いました。
そしてもう話しは終わりだとばかりにレオノーラに背を向けます。
何ごともなかったように祭壇やその周辺を調べだしました。
私は居た堪れずにレオノーラを見つめると、それに気付いたレオノーラが困ったような笑みを浮かべながらも口を開きます。
「慣れているので私のことはお気になさらず。大丈夫です、拒絶されても私は恐れません。それより私たちもこの周辺を調べてみましょう。巨人やゲオルクのことがなにか分かるかもしれません」
レオノーラはそう言うと何ごともなかったように祭壇周辺を調べだしました。
しかし私は頷くことすらできません。
レオノーラの言葉は力強いものだったけれど。
「ブレイラ、大丈夫か?」
ふいにイスラが私の背中に手を当ててくれました。
心配そうに顔を覗き込まれて、少しだけ強張りが解けていく。
でも今、指先が冷たくなっているのを感じました。
だって気付いてしまったのです。
「イスラ、レオノーラ様はもう……壊れているのかもしれません。村を滅ぼされて、すべてを失った子どもの時からずっと、ずっと壊れていたのかもしれません」
思い出すのはレオノーラの言葉でした。
レオノーラはずっと死にたかったのです。深い絶望のなかで死を望んでいました。しかしそこに現われたのは初代イスラの存在。レオノーラは初代イスラを生きる理由にし、それにしがみつくように懸命に生きてきたのです。
「ありがとうございます、イスラ。私は大丈夫ですよ」
安心させるようにイスラに小さく笑いかけました。
気付いた事実に切なくなったけれど、過去は取り戻せないのです。それは壊れた事実もなくならないということ。
「……壊れていたとしても、それが今のレオノーラ様ならレオノーラ様です」
当事者でない私ができることは今のレオノーラをそのまま受け入れることだけ。
私は気を取り直すと、レオノーラたちと神殿の祭壇周辺を調べたのでした。
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