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第九章・歴代最強の勇者14
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ブレイラたちが地下神殿にいた頃、地上は夜のとばりが降りていた。
島の中心を目指していたハウストたちは夜の行軍を諦めて休むことにした。ここは謎めいた孤島なので闇雲に進むことは得策とは言えなかったのだ。
「ハウスト、ほら飲めよ」
「こんな物よく持ってきていたな」
ハウストは受け取った酒瓶に呆れた顔になる。
行軍の荷物は必要最低限が鉄則だというのに。
「ガハハッ、俺の荷物はこれだけだ」
そう言って豪快に笑うオルクヘルムにハウストは苦笑した。
だが嫌いではない。オルクヘルムはガサツだが気持ちのいい男だ。ハウストは受け取った酒瓶を掲げてみせると、そのまま口をつけて飲んだ。
いつもならグラスを使うところだが、ここにそんな気が利く物はない。
もしブレイラがここにいれば『お行儀が悪いですね』と少し困った顔で笑うだろう。だがここにブレイラはいない。
もしイスラがいればブレイラの目を気にしつつハウストと同じことをしただろう。おそらく三兄弟のなかで一番ハウストに似ているのはイスラだ。だがここにイスラはいない。
もしゼロスがいれば『ぼくも、ちちうえとあにうえとおなじことしたい!』と駄々をこねるだろうがブレイラが阻止するはずだ。でもこそこそ隠れてジュースを瓶ごと飲もうとして盛大に零すことだろう。間違いなく顔面ジュースだらけの惨状だ。だがここにゼロスはいない。
もしクロードがいれば……まだ赤ん坊だった。哺乳瓶でミルクなので大丈夫、いつものことだ。だがここにクロードはいない。
そう、ハウストの家族はここにいなかった。
すぐ思い浮かべることができるのに、肝心な家族が側にいない。
ハウストの胸に喪失感と焦りが迫った。
イスラやゼロスが一緒なのでブレイラもクロードも大丈夫だと分かっているが、それでも楽観していられるほどお気楽な性格はしていない。
「おいハウスト、気持ちは分かるが休める時は休んどけ」
「…………。分かっている」
ハウストは舌打ちして答えると酒を飲んだ。
そんなハウストにオルクヘルムはニヤリと笑う。
「いい飲みっぷりだ。ここに遊んでくれる美女か美人でもいてくれりゃあ完璧なんだがな~。酒を飲んだらやりたくなるもんだ。そうだろ?」
「……俺に同意を求めるな」
「おいおい、なんだよ自分だけ。十万年後だろうと今だろうと、その辺の下心は同じだろ? 素直になれよ。ハウストだって十万年後に帰ればブレイラ以外に寵姫の一人や二人、いや魔王なら余裕で十は超えるか。それくらいいるんだろ?」
「…………。……そんなものはいない」
「ほらな! ……って、ええ!?」
オルクヘルムがぎょっとしてハウストを見た。
信じられない……と大袈裟な仕種で首を横に振る。
「おいおい待て待て、ちょっと待てよ。魔王ともあろうものが他に寵姫もいないのか? ブレイラだけとか言わないだろうな」
「…………問題でもあるのか」
「問題だらけだろ。……マジか?」
「マジだ」
「マジか……」
オルクヘルムは腕を組んでハウストをまじまじと見る。
驚愕と感心を隠し切れない。そしてなにより同情を。
「まあ、ブレイラは嫉妬深そうだもんな。いろいろ面倒くさそうだ」
「…………」
ハウストは複雑な顔で沈黙した。……否定したいができない。
そんなハウストにオルクヘルムがうんうん頷く。
「よし分かったっ、俺に任せろ! 今回はブレイラに黙っててやるから自由に遊んでこいよ!」
「なにがよし分かっただ。どうでもいいが、その手の話しをブレイラに絶対するなよ? 匂わすのも許さん。俺が疑われるようなことは一切するな。絶対だ」
ハウストは厳重に言った。
真剣すぎるハウストにオルクヘルムの方が若干引いてしまう。
「そ、そんな真剣な顔で言われても……」
「いいな」
ハウストが念を押す。殺気混じりの真剣な顔で。
「……はい、俺が悪かったです」
オルクヘルムが両腕をあげて降参した。
無事に安全を確保したハウストは酒をグビグビ飲む。
そんなハウストにオルクヘルムは相変わらず同情の眼差しだ。
「魔王なんだから、ブレイラにもうちょっとガツンと言った方がいいぞ?」
「……黙ってろ。俺のところはこれでいいんだ」
「…………そうか、それでいいなら」
オルクヘルムは引いているようだがハウストは無視した。
ハウストとてオルクヘルムが言わんとしている事は分かっているのだ。似たようなことをよく言われている。
ハウストだってブレイラと結婚するまで想像もしていなかったことだ。そもそも子育てする魔王など前代未聞だった。
だが、仕方ないのだ。ハウストはブレイラを愛しているのだから。
三兄弟の父親になったことも悪くないと思っているのだから。
こうしてハウストとオルクヘルムが酒を飲んでいると、近辺の見回りからデルバートが帰って来た。
ここではそれぞれ思い思いに休憩しているが、交替で近辺の見回りをしているのである。
オルクヘルムがデルバートに酒瓶を投げ渡す。
「お疲れ、お前も飲めよ」
「なんでこんな物があるんだ」
受け取ったデルバートが顔を顰めた。
もちろんオルクヘルムが気にすることはない。
オルクヘルムはへらりと笑って立ち上がる。デルバートと交替で見回りへ行くのだ。
「じゃあ行ってくる。二人で適当に飲んでろよ。デルバートとハウストは血が繋がった十万年越しの先祖と子孫ってやつだろ。赤の他人じゃないんだから仲良くしろよ?」
そう言ってオルクヘルムは見回りに行ってしまった。
残されたハウストとデルバートに奇妙な沈黙が落ちる。
たしかに初代魔王デルバートと当代魔王ハウストは先祖と子孫という関係だが。
「ふむ……。たしかに俺の子孫だな」
「今更だろ」
「それもそうだ」
そう言ってデルバートが酒を飲んだ。
ハウストも初代時代に転移した時からデルバートが先祖だということは承知していた。先祖だからどうということはないが、この男がいなければ十万年後の魔界がないことは間違いない。
こうして先祖と酒を飲むというのも妙なものだ。不思議な感慨に浸りながらハウストは酒を飲む。
おそらくデルバートも同じ気持ちだろう。ちらりと隣を見れば神妙な顔で酒を飲んでいるのだから。
ふと、そんなデルバートが思案顔で口を開く。
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