156 / 262
第九章・歴代最強の勇者15
「オルクヘルムの言う通り、血は繋がっているのかもしれないが俺の直系かどうかはいささか疑問が残るな」
「どういう意味だ?」
「レオノーラは男だからだ。男は子を孕めない」
「………………」
ハウストは困惑した。
突然といえば突然の発言にどんな反応をしていいか分からなくなったのだ。
他愛ない雑談のつもりだろうかと疑った。だが、ちらりと横目に見たデルバートは思いのほか真面目な顔をしている。
しかも。
「悪いな、俺の直系の血を残してやれなくて」
悪いなと言いつつ悪いと思っていない顔。
それどころかどこか誇らしげな顔でハウストを見ている。
いつにないデルバートの様子にハウストは訝しんだが、ハッとして気付いた。
「…………もしかして、レオノーラとうまくいったのか?」
「! ……そうか、やはり気付かれてしまったか。わざわざ自分から言うものではないから黙っていたが、俺の子孫は勘が鋭いようだ」
「…………」
ハウストはまたしても困惑した。
鋭い勘の持ち主でなくても分かる。たとえ黙っていても纏っている雰囲気が雄弁すぎた。今のデルバートはそう、なんというか…………浮かれている。
デルバートはあまり喜怒哀楽を顔に出さないタイプなので分かりにくいが、たしかに浮かれている。
レオノーラとの関係が上手くいったことがそうとう嬉しいようだ。
「お前……自慢したかったのか」
「自慢? そんなつもりはないが」
そんなつもりがないならいったいなんなのだ。
ハウストは自分の先祖にため息をつきたくなった。
どうやらデルバートは大本命を手に入れて浮かれているようだ。
いや、ハウストはまたしても気付いてしまう。……他人のことを言えたものではないことを。
ハウストもブレイラと結婚が決まった時、婚礼の日を少しでも早められないかと心急いて仕方なかった。
結婚後に諸事情で一時は別れてしまったが、それでもブレイラの心が自分から離れていなかったことに歓喜したのも覚えている。その歓喜と不安のあまり、外遊先から軽く百を超えるほどの品をブレイラに土産として贈ったことがあるくらいだ。今思うとあれは自分でも貢物だったと分かる。
………………。
今はっきり分かった。大本命を手に入れると浮かれてしまうのは血筋だということが。
ハウストは酒瓶の底に残っている酒を一気に煽った。
気付いてしまった自分の血筋の性質に、なんだか飲みたい気分になったのだ。
「ブレイラには感謝している。お前からも伝えておいてくれ」
デルバートが上機嫌な様子で言った。
意外な伝言にハウストは少し驚く。
「ブレイラがなにかしたのか?」
「レオノーラを前向きにしてくれた。取り得はレオノーラに似た顔だけだと思っていたが、今では信用できる人間だと思っている」
「…………お前、ブレイラのことそんなふうに思っていたのか」
「違うのか?」
「ブレイラは四界で最も美しく、賢明で、慈しみ深く、人間でありながら魔族に受け入れられた魅力的な人間だ。歴代王妃に劣らぬ、いや歴代屈指の王妃だ」
「それは十万年後の話しだろ」
「十万年という長い年月のなかで最高の王妃ということだ」
「歴代屈指というが初代王妃には敵わないものだ」
「初代王妃というが、まだ婚礼を挙げたわけじゃないだろ」
「それは些末な問題だ。儀式も悪くないが、それ以上に大切にすべきものもある」
淡々としながらも熱くなっていく応酬。
第三者が聞いていればどうでもいい内容だが本人たちはいたって真剣だ。
二人はしばらく無言で睨みあったが、どちらも酒を煽って場の空気を流した。この話題は埒が明かないことを分かっているのだ。
ハウストは自分の先祖の思わぬ姿に若干引いていたが、ふと口を開く。
「それにしても、ブレイラの協力があったとはいえよくレオノーラがお前に応えたな。俺はレオノーラが応えることはないと思っていたぞ。あれはもうすでに壊れているだろう」
そう、レオノーラはすでに壊れている。
ハウストはレオノーラの過去を詳しく知っているわけではないが、それでも初めて出会った時に察した。
それはハウストが先代魔王に叛逆する前、魔界で多く見かけた瞳に似ていたからだ。先代の時代、多くの魔族が大切な者を奪われて慟哭し、深く絶望していた。
悲劇のなかで心はいとも簡単に壊れてしまう。
一度壊れた心は二度と元に戻らない。たとえ慰められたとしても、壊れた事実が消えてなくなることはないのだ。
しかしレオノーラの場合、レオノーラ自身は壊れていることに気付いていないようだった。
ハウストの言葉にデルバートが意外そうな顔をする。
「なんだ、気付いていたのか」
「顔がブレイラに似ているからな。視界に入ってくる」
「間違うな、ブレイラがレオノーラに似ているんだ」
デルバートがそう言い返しながらも鷹揚に笑う。
そして。
「あまり俺を舐めるなよ、壊れていようがそれがレオノーラなら構わない。お前だって同じことを思うはずだ」
当然のようにデルバートが言った。
その返事にハウストも口元にニヤリとした笑みを浮かべる。
「まあ、否定はせん」
「そうだろ」
二人にとってそれはさしたる問題ではない。
だからといって完全に癒せるとも思っていない。デルバートとしては、それがレオノーラだというなら、それを受け止めるだけだ。
デルバートが惚れた時にレオノーラはすでに壊れていたというなら、それを含めてレオノーラなのだから。
それはハウストにとっても理解できるものである。
ともだちにシェアしよう!