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第九章・歴代最強の勇者16
「だが、あの子どもには難しいことかもしれんがな」
「初代勇者のことか」
「ああ。レオノーラも執着するなら俺にしとけばいいものを。あんな子どものどこがいいんだ」
デルバートが悪びれなく言った。
ハウストは初代勇者とレオノーラを思い出して苦笑する。
レオノーラは初代勇者から邪険にされながらも付き従っている。それは主従なら当たり前のことかもしれないが二人の関係はそれよりも複雑だ。
デルバートの複雑な気持ちも分からないではない。
レオノーラと形は違えど、ブレイラの心はイスラとゼロスとクロードのものだからだ。
ブレイラはハウストに愛していると告げた唇で悪びれなく言うのだ。『しかし自分のすべてを捧げるのはイスラとゼロスとクロードです』と。なかなかひどい。
最初はイスラだけだったのが、ゼロスとクロードまであっという間に増えてしまった。三兄弟に心を砕きすぎる様子に面白くない気持ちになることもあるが、それを含めてブレイラなのだと思っている。
「お前も大変だな」
「なんだ急に……」
同情したハウストにデルバートは少し嫌な顔をした。
なぜだろうか、気遣われたのに嬉しくなかったのだ……。
こうしてハウストとデルバートは酒を飲む。
会話はあったりなかったり。
黙って酒を飲みながらも、時おり他愛ない言葉を交わす。それはこの初代時代の魔族のことだったり十万年後の魔族のことだったりいろいろだ。デルバートは興味深そうに聞いていたが、なかでも初代時代以降は四界大戦が終結していることに興味を持ったようだ。
十万年後の世界は、世界を四つに分かつ強力な結界が張られている。それは歴代王によって受け継がれる結界で、王はその存在だけで結界を構築している。玉座に座ることもその一環だった。
「……なるほど、世界を四つに分ける結界か。たしかに世界が分けられれば四界大戦が開戦する理由もないな」
「ああ。だからこの初代時代から俺たちの十万年後までの間、四界大戦規模の大戦は起きたことがない。そもそも起きること事態が不可能な状態だ」
「そうか。世界を分かつ結界……。そんなものが存在することが俄かに信じ難いが、四界大戦の終結は悪くない」
デルバートは遠い目をして言った。
初代魔王デルバートですら四界大戦が開戦した切っ掛けなど知らない。デルバートが生まれる前から魔族、精霊族、人間、幻想族は領地拡大と種族の繁栄のために戦ってきたのだ。
おそらく始まりは曖昧で、世界の創世期に四つの種族が台頭し始めたことが原因だろう。
そしてこの時代、各種族に極めて強大な力を持つ王が誕生した。それが魔王デルバート、精霊王リースベット、勇者イスラ、幻想王オルクヘルムだったのである。
「結界一つで十万年の安寧か。手軽でいい」
デルバートは軽い口調で言ったが、その眼差しには微かに憐憫を滲ませていた。
長きに渡る四界大戦の中で多くの同胞が死んでいった。デルバートは王として自覚しているのだ、自分の足元には山のような屍が築かれていることを。
「ああ、ずっと引き継がれているぞ。その間、四界は不可侵の不干渉。ほぼ完全に隔絶されたがな」
「お前の時代は稀な時代だ」
「そういうことだ。魔王が人間の男を妃にしたのも、勇者と冥王を息子にしたのも前代未聞だ」
「そうか。まあ、魔王が人間の男を妃にしたという部分は前代未聞ではないがな」
「…………」
デルバートの訂正にハウストは眉間に皺を刻んだ。
やはり間違いない、この血筋は浮かれると面倒だ。自分も同じ血が流れていると思うと複雑である。
こうしてハウストとデルバートは酒を飲みながらなにげない雑談を交わした。
二人は初代魔王と十万年後の当代魔王。そんな二人が遭逢し、言葉を交わすこと自体が奇跡である。
二人ともそのことは分かっているが、かといって特別な会話を交わすことはない。この奇妙な奇跡の中で、二人にはそれで充分だったのだ。
翌日の朝。
ハウストたちは島の中心に向かって出発する。
中心に近づくにつれて頻繁に異形の怪物に襲撃されるようになった。
まるで接近を阻止しようとしているようで、ハウストたちは確信を強めていく。やはりこの先にゲオルクは潜伏しているのだ。
そして今もハウストたちは数えきれないほどの異形の怪物の襲撃に遭っていた。
リースベットとジェノキスも怪物に応戦する。
「次から次へと面倒な。おっ、あれは少し面白そうじゃな。ジェノキス、生け捕りにしておけ」
「はいはい、仰せのままに。……精霊王様ってのはどの時代も一緒なのか?」
「なにか言ったか?」
「とんでもない。ではさっそく」
ジェノキスは特殊工作魔法陣を発動させた。
強力なトラップ魔法が一頭の怪物を生け捕りにする。
こうしている間にもハウストとデルバートとオルクヘルムが襲撃してきた怪物をすべて撃退した。
オルクヘルムが呆れた顔で生け捕りにされた怪物を見上げる。巨大なヘビとカマキリを融合させたような怪物だ。はっきりいって気味が悪い。
「こんな物どうするんだ?」
「研究以外のなにがある。これはゲオルクによって造られた人工物じゃ、興味がある」
リースベットはそう言うと召還魔法陣を発動させて巨大な鳥を召喚した。極彩色の翼が目立ちまくる鳥である。
「これをマルニクスに届けよ。きっと驚くぞ」
「ピイイィィ!!」
極彩色の鳥は生け捕りにされた怪物をくわえると飛び立っていった。
リースベットは満足そうに見送る。
マルニクスとはジェノキスの祖先であり、リースベットの側近だ。
一緒に見送ったジェノキスは苦笑する。数回しか会ったことはないが先祖は生真面目で堅物な男だったのだ。
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