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第九章・歴代最強の勇者17
「突然こんなもの送りつけたら怒るだろうな……」
ジェノキスが怒っているマルニクスを思い浮かべて苦笑した。
だがリースベットは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「残念だがマルニクスが怒ることはないぞ。それどころか大喜びだ」
「嘘だろ。あの男が」
「フフンッ、あの堅物も新種の怪物を研究するのが趣味でな。自分専用の研究グループも作っているほどだ」
「へー、そんな一面が」
ジェノキスは素直に驚いた。
まさか自分の祖先にそんな趣味があったとは。てっきり奔放な精霊王リースベットに振り回されている側近だとばかり思っていた。
「共通の趣味か。それはいいな」
そう言ってジェノキスがニヤリと笑う。
ちょっと変わった趣味だが共通の趣味というのは悪くない。ジェノキスは気付いているのだ、リースベットがマルニクスに思いを寄せていることを。
そう、初代時代に転移してからジェノキスは精霊族陣営で過ごしており、近くでリースベットとマルニクスを見ていたのである。本人の口から聞いたわけではないが、ジェノキスは色恋に機敏なのである。
それに二人の深い信頼関係なら、二人が主従以上の関係になっていたとしてもおかしなことではない。
だが不意に、リースベットが目を据わらせる。
「…………。……ジェノキス、なにを勘違いしている」
「勘違い?」
ぎろりと睨まれたジェノキスは目を丸めた。
勘の鋭さには自信があるので外れていたとは思えない。
そんなジェノキスにリースベットはフンッと鼻で笑う。
「ああ、勘違いじゃ。マルニクスは嫁がいるぞ。最近三人目の子どもが生まれたばかりじゃ」
「え、結婚してたのか!? しかも子どもまでっ……。……気付かなかった」
思わぬ事実にジェノキスは驚いた。
同じ陣営にいたのにそんな素振りをまったく見せなかったのだ。
「マルニクスは本物の堅物じゃからな、公私混同はしない男じゃ。匂わせることも一切ない」
「そういうの気付くの結構自信あったのに……。……自信なくしたぜ」
「いい気味じゃ。ついでに教えてやる。あの男、あんな堅物の癖にとんでもない子煩悩な愛妻家じゃぞ。相手は幼馴染の女で、子どもの時に遊びで結婚の約束をしたらしい。それを守るとは律儀な堅物じゃ」
リースベットはおかしそうに笑って言った。
ジェノキスも「なんだそうかよ」と肩を竦めて笑った。
今、それ以外の反応をすることはできない。
そして何ごともなかったように当初の目的である島の中心地に向かって歩きだす。
ジェノキスは察しが悪い男ではない。やはりマルニクスに対してリースベットは恋をしている。だが同時に、それが叶わないことも彼女は切ないほど分かっているのだ。
「お、見えてきたぞ」
オルクヘルムが声をあげた。
しばらく歩くと城壁のような古い石壁が見えてきたのだ。
今にも崩れそうな古い石壁。その向こうには巨大な岩山をくり抜いた要塞があった。
ずいぶん昔に放置されたと思われる要塞は自然とほぼ一体化している。
不気味な雰囲気が漂っていたが躊躇う者などいない。ハウストたちは石壁を越えて要塞へと入った。
光魔法で要塞内を照らし、昔は通路として使われていただろう場所を歩く。通路といっても岩山をくり抜いた場所なので洞窟を歩いているのと一緒である。
こうして奥へ向かって歩いていると、ふとあることに気付いた。
通路には定間隔で部屋があるのだ。最初それは城の部屋だと思っていた。しかしすぐにそうではないことに気が付いた。
各部屋には人々の日常生活の痕跡が残っていたのだ。そう、かつて部屋の一つ一つに世帯家族が生活していたということ。はるか昔、この岩山は城ではなく集落だったのだ。
「これを見てみよ」
リースベットが落ちていたブローチを拾った。
それを見てハウストたちは息を飲む。
ブローチには古い紋章が彫られていた。それはゲオルクが落としたブローチの紋章と同じものだったのである。
「……この集落に住んでいたのは魔力無しの人間だったようじゃ。おそらく、はるか昔に迫害を受けてここまで逃れてきたのだろう」
この場所から分かることは、この初代時代よりはるか昔に魔力無しの人間が海を渡って島に上陸したということ。
迫害から逃れるために命懸けで海を渡ったことは想像に難しくない。島に上陸した人間たちは集落を作り、独自の文化や宗教を生み出したのだ。
「……それにしても奇妙だな。突然いなくなったように見える」
デルバートが周囲を見回して言った。
ここには食器と思わしき石皿などの家財道具が使われていた時のまま残っているのだ。集落の人々が移動したというより忽然といなくなったと考える方がいいかもしれない。もしくは片付ける間もないほど急いでここを離れる必要があったのか……。
どちらにせよ、ここで発祥した独自の文化や宗教は魔力無しの人間にだけ密やかに広がっていった。ゲオルクやレオノーラのルーツもここにある。そして同じ魔力無しであるブレイラのルーツでもあるということ。
「ここのこともマルニクスに調べさせよう。特に独自の宗教とやらが気になる。ゲオルクが信仰しているものと同じなら、すべてはこの島で生まれたということじゃ。それにここで暮らしていたはずの魔力無しの人間がどうして消えたかも気になるからな」
リースベットはそう言うと極彩色の召喚獣たちを呼び寄せた。
人間界の犬に似た召喚獣だ。だが普通の犬ではない、背中に大きな翼が生えている。
「……その色が好きなのか?」
ハウストは極彩色の召喚獣に若干引いた。
リースベットの召喚獣は何から何まで色鮮やかで落ち着かない。美しいが落ち着かない。
しかしリースベットは「今頃気付いたか」となぜか誇らしげである。
そうしている間にも召喚獣たちは周辺をくんくん嗅ぎ始めた。
「とても利口な召喚獣でな、鼻が利くので探索に向いておる。この辺りのことはこやつらに任せて大丈夫じゃ、必要な物を見つけてマルニクスに送り届けてくれる」
一行は集落跡の探索を召喚獣に任せることにした。
もしここが本当に魔力無しの人間のルーツなら、ゲオルク討伐を急がなければならない。
なぜなら、ゲオルクはなんらかの目的があって島に入ったと考えられるからだ。
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