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第九章・歴代最強の勇者20
「やはりこの島に潜伏していたか。貴様、ここで何をしていた」
「何をしていたとは随分な言いようだ。勇者にはここに響く怨嗟の声が聞こえないとみえる」
「怨嗟の声だと?」
「やはり我らを理解するのは同胞のみ。同じ人間だろうと勇者には分かるまい」
ゲオルクのいう同胞とは魔力無しの人間のこと。それは私とレオノーラということでした。
動揺する私にゲオルクは口元だけで笑うと淡々と話しだします。
「この広間に来るまでの壁画を見ていただけたかな。我らの祖先の在りし日の姿を」
「やはりあれは魔力無しの人間……」
警戒しながらも答えると、ゲオルクは満足そうに頷きました。
「そう、物分かりが良くて助かる。我々の祖先はこの島で祈りを捧げ、大いなる力の根源を祈り石という形で具現化した。それは我らの怨嗟であり悲願の石」
「祈り石は魔力無しの人間の祈りによって作られた石。だから祈り石を使えるのも魔力無しの人間だけということなんですね」
「その通り。我々にしか許されない力を手に入れたのだ」
魔力無しの人間しか行使できない力。
これで納得できました。私は魔力無しの人間なので、祈り石を行使する条件が揃っていたということです。
ゲオルクは祖先の偉業を誇らしげに語っていましたが、ふと残念そうな顔になります。
「しかし、祖先が作りだした祈り石は不完全なものでした。不完全な偉業は星の怒りに触れ、万物の源である四大元素の巨人を目覚めさせてしまったのです」
「四大元素の巨人……。それはこの島で見た炎と水と風と大地の巨人のことですね。壁画にも描かれていました。この島で暮らしていた多くの人間が巨人によって殺されたと」
「そう、残念ながら星の怒りに触れた祖先は多くが殺されてしまいました。でも誇りに思ってほしい、我らの祖先が作りだした祈り石は万物の理すら凌駕するものだったのですから。それは未来からきたあなたもご存知のはず」
そう言ってゲオルクが私を見ました。
私はなにも言い返せない。この祈り石には今まで何度も助けられ、時には命すら救われたことがあったのです。
「やはり身に覚えがあるようだ。よいことです、それはあなたが我々の子孫だということ。この祈り石が子孫を守ったなら祖先の祈りも報われるというもの」
ゲオルクは満足気に言うと祖先の話しを続けます。
「我らの祖先は四大元素の巨人を倒そうとするも、不完全な石では封印することしかできませんでした。しかも代償は大きく、あまりに多くの人間が殺されてしまった。祖先は島を離れ、大陸へと散ってこの島で培った叡智を魔力無しの人間だけで繋いでいったのです。いつか祈り石を完成させ、復讐を成し遂げるために」
ゲオルクは誇らしげに語りました。そこに迷いなどなく、ただ祖先の偉業を妄信する姿。
そんなゲオルクをレオノーラが静かに見据えていました。
レオノーラは語られた祖先の偉業を喜ぶでもなく、感慨に浸るでもなく、感情のないガラスのような瞳でゲオルクを見据えています。
「……私の村が信仰していたのは、その叡智だったということなんですね」
レオノーラが淡々とした口調で言いました。
ゲオルクはその姿に目を細めて「おお同胞よっ」と喜びますが、レオノーラの表情はぴくりとも動きません。
その様子に私は不安になる。いにしえの叡智が信仰となってレオノーラの村を縛り付けていたのです。そのせいで同じ人間からも魔力無しは危険視され、初代イスラの部族によって滅ぼされてしまいました。
しかしゲオルクは同胞に歓喜したまま構うことはありません。
「祈りこそ最上の呪い。犠牲は無駄ではないのだ、誇りに思うがいい」
「誇り……」
「そう、祖先の偉業を語り継げたことは誇り。そして多くの犠牲があったからこそ、いにしえの祈りはより強力なものになっていく。同胞の死は祈り石の力をより強化するもの、これ以上名誉な死はないのだ」
「あれが名誉な死、あれが……。…………それなら、それなら私もっ、でもイスラ様が、わたしも一緒に、ああでもイスラ様が、あのとき死んでれば、でもイスラさま、わたしも」
レオノーラがブツブツと呟きだす。
感情を削ぎ落したガラス玉の瞳で、ブツブツ、ブツブツブツ。葛藤するように、でも自分に言い聞かせるように一人呟いています。
その異様な姿に私は息を飲む。「レオノーラ様……?」と呼びかけるも、レオノーラの耳には届かない。
レオノーラは動揺しているのです。無理もありません、幼かったレオノーラは村で純粋に信仰を寄せていたのに、ただそれだけだったのに、その実態はいにしえの時代から続く呪いの連鎖だったのです。それさえなければ村が襲撃されることもなかったのですから。
ふいにレオノーラの体がゆらりと揺れた、次の瞬間。――――ザッ!
「っ、貴様っ……!」
ゲオルクが苦しげに呻きました。
レオノーラが一瞬で距離を詰め、背後からゲオルクの動きを拘束したのです。鋭い剣の刃がゲオルクの首にあてられる。
「レオノーラ様!?」
私は突然のことに驚いてしまう。レオノーラの予想外の行動でした。
でもレオノーラは淡々とした口調でゲオルクに問います。
「教えてください、分かりません。もしその叡智が伝わっていなかったら、今も私たちはなんの信仰もすることはなく、普通の村として暮らしていたということですか?」
「くっ、離せっ……。ぐっ……」
ゲオルクが抵抗しようとします。
しかしゲオルクの首の薄い皮膚に赤い一線が走りました。答えなければ首を切る、レオノーラは本気です。
「答えてください。村人は信心深くありましたが、それだけです。悪行を好む者などなく、余所へ略奪に行く者もありませんでした。毎日森で動物を狩り、農作物を耕す。それだけの生活をしていたのです。もし信仰さえしていなければ、私の村は」
「なにを悔いることがある!」
ゲオルクがレオノーラの言葉を遮りました。
そして首に剣をあてられながらもニヤリと笑う。
「信仰のない村に価値はないっ。殺された村人は祈りの一部となったのだ、光栄に思いこそすれ悔いることなどあるものか!」
ゲオルクが強く言い放った、次の瞬間。
――――ピカッ!
ゲオルクから強烈な光と衝撃波が放たれる。祈り石を発動させたのです。
「うわあっ!」
衝撃波にレオノーラが吹き飛ばされて壁に激突しました。
私はレオノーラに駆け寄ります。
「レオノーラ様、大丈夫ですか!?」
「うぅっ……、大丈夫です……」
背中をしたたかに打ち付けたようですが咄嗟に受け身を取ったようでした。
大怪我はしていないようで少しほっとします。でも今、ゲオルクの手中には祈り石がありました。
ゲオルクは私とレオノーラを哀れむように見つめます。
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