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第九章・歴代最強の勇者22
「ゼロス、しっかりしてください!」
「うぅ、だいじょうぶ……。ぼくの、ぼうへきまほうからでないでね?」
「ゼロス……」
ゼロスは疲弊しながらも、それでも防壁魔法を発動し続けます。最初より弱々しい防壁ですが私たちを一生懸命守ってくれているのです。
「あうー……」
抱っこしているクロードが気弱な声をだしました。
いつも強気なクロードですが今は不安と恐怖でいっぱいなのですね。黒い瞳に涙が滲んでいます。
そんなクロードをゼロスが元気づけるように笑いかけました。
「ぼくがまもってあげるから、だいじょうぶ。クロードはまだあかちゃんだから、そこでみてなさい。わかった?」
「……あいっ」
「ぼくたちのあにうえはつよいから、だいじょうぶ。げんきだして?」
「あいっ」
クロードがこくりと頷きます。
するとゼロスも頷いて、よろよろしながらも立ち上がりました。
そして視界を塞いでいた光と砂埃が落ち着きだして、ようやく視界が開けてきます。
でも広間の中心に見えた光景に息を飲む。
立っていたのはゲオルク。その前でイスラと初代イスラが倒れていたのです!
「イスラ!!」
「ブレイラ、いっちゃダメ!!」
思わず駆け寄ろうとして、でもゼロスに制止されました。
ゼロスは防壁魔法を発動させながら私を必死に説得します。
「あにうえはつよいから、だいじょうぶ! ぼくもつよいからわかるの! だからブレイラはここにいて! だいじょうぶだから!」
「ゼロス……」
言葉が出てきませんでした。
だって今、ゼロスの面差しは今まで見たことがないものだったのです。
私にとってゼロスはいたいけな三歳の男の子です。ハウストと私のかわいい第二子で、三兄弟の中で一番の甘えん坊さん。寂しがりやの泣き虫で、なにかあるとすぐに私にぎゅっと抱きつくのです。
でも今、私を見つめる面差しは冥王のそれ。
冥王だから、分かっているのですね。
勇者イスラや魔王ハウストと同格のあなたは、常人の私には見えないものが見えて、感じられないものを感じられているのですね。
「……ごめんなさい。あなたに従います」
勇者を信じろという冥王の言葉に従います。
そんな私にゼロスがほっと安堵した顔になりました。
「ありがとう、ブレイラ」
「いいえ、守ってくれてありがとうございます」
私はゼロスの背後に下がりました。
私が防壁を飛びだしても危険に身を晒すだけ。ゼロスの判断は感情に流されない冷静なものでした。
でもせめてとイスラを呼びかけます。
「イスラ! イスラ、目を開けてください!!」
「イスラ様っ……!」
レオノーラも初代イスラを必死に呼びかけました。
しかしそんな私たちをゲオルクが嘲笑します。
「無駄なことを。むしろこのまま眠らせてやった方が親切だと思うが」
「イスラがあなたなんかに負けるはずがありません! あなたこそ、もう祈り石をそんなことに使わないでください!」
「なにを言う、祈り石とは復讐のために作られた石だというのに」
ゲオルクはそう言うと、倒れたままのイスラと初代イスラに愉悦を浮かべました。
そう、魔力無しのゲオルクにとって勇者は復讐の対象以外のなにものでもないのです。
「同じ人間でありながら我ら魔力無しとは対極の人間、それが勇者。これほどまでに祝福された人間がいるだろうかっ。だからこそ、同じ人間だからこそ憎悪が増すというもの!」
そう言うとゲオルクの手中にある祈り石が光を放ちました。
強烈な攻撃魔法がイスラ達に襲いかかりましたが。
「っ、二度も通じると思うな!!」
瞬間、イスラの防壁魔法が展開して光を弾き返す。
寸前でイスラが目覚めてくれたのです。
「イスラ!」
「あにうえ~!」
「にー! ばぶー!」
立ち上がったイスラに私もゼロスもクロードも歓声をあげました。
二人の弟も兄上を信じているのですね。
イスラがゲオルクを見据えたままゼロスに声をあげます。
「ゼロス!」
「はいッ!」
ゼロスが背中をピンッと伸ばして返事をします。
「よく耐えた!」
「うん、ぼくつよいからできるの! ……だから、だからだいじょうぶ! あにうえ、あいつをやっつけて!!」
その言葉にイスラが微かに表情を変えました。
真剣なゼロスの面差しにイスラの紫の瞳が強い意志を宿します。
「……できるんだな?」
「できる! がんばれる!!」
「……。……分かった。任せたぞ」
「はいッ、まかせて!!」
ゼロスはイスラにそう答えると、今度は私たちを振り返ります。
「ブレイラとレオノーラはぼくのうしろでちっちゃくなってて! クロードはブレイラにぎゅっとしてなさい! わかった?」
「あいっ」
クロードが私にぎゅっとしがみ付きます。
私もクロードを抱きしめ、レオノーラとともにゼロスの後ろに隠れるように身を寄せました。
でも従いながらも何がなんだか分かりません。
「ゼロス、イスラはいったいなにを……」
聞こうとしましたが、その時。
「え?」
広間の空気が変わったのが分かりました。
静謐な、それでいて呼吸が詰まりそうなほどの過密感。空間にピリピリとした電流を感じて、背筋にゾワゾワとしたものが駆けあがります。
その異様な空気にゲオルクも焦りだしました。
「な、なんだこれはっ。貴様、いったいなにをっ……」
イスラは答えないまま静かに集中力を高めます。
そんなイスラにゲオルクは祈り石の力を発動させる。閃光が鋭い刃となってイスラに襲いかかりましたが。
――――ザンッ!
それは一瞬。閃光よりも早くイスラは剣を閃かせ、刃を切り捨てました。
それは光を断ち切る剣技。
今までとは明らかにイスラの動きが違います。
いいえ動きだけではありません、纏っている闘気もなにもかも、まるで一線を越えたかのように。
「ゼ、ゼロス、今なにが起きてるんですか。イスラはいったい……」
そう聞くとゼロスは戦闘を見つめたまま口元に誇らしげな笑みを浮かべました。
そしてキラキラした眼差しで教えてくれます。
「あにうえはね、いまから――――ほんきをだすの」
ゼロスがそう答えた刹那。
スッ。――――ザンッ!
イスラが消えたかと思うと、ゲオルクの腕が切断されました。
ゲオルクの腕から血飛沫が噴いて、手に持っていた祈り石が転がり落ちます。
そう、イスラは一瞬で距離を縮めてゲオルクの腕を剣で切断したのです。
「ッ、う、うわあああああああああああッ!!!!」
切断されたことに気付いたゲオルクが絶叫しました。
ゲオルクは痛みに叫びながらのたうち回ります。その形相はまるで発狂と混乱。
祈り石の発動より早いイスラの剣技に理解が追いつかないのです。
「き、貴様、……なにをっ、どうして……!」
愕然とするゲオルク。
イスラは睥睨するように見下ろすと、ゲオルクに剣の切っ先を向けました。
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