「騒ぐなよ、耳障りだ」 「っ、貴様ぁ……！」 　屈辱にゲオルクが奥歯を噛み締めます。 　切断された腕からは大量に出血し、ゲオルクの意識が朦朧とし始めました。 　おそらくゲオルクは放っておいても出血多量で絶命するでしょう。でもイスラの目的はゲオルクではなく祈り石。 　イスラは転がった祈り石に視線を向けました。 「石は破壊させてもらう」 「そんなことがっ、……そんなことが出来ると思っているのかっ！」 「出来るぞ、俺は歴代最強の勇者だからな。ついでにここには冥王もいる。俺ほどではないがそれなりに強い」 　イスラがそう言うと、聞いていたゼロスがムッとして「ぼく、いっぱいつよいんだけど！」と訂正しました。 　でも私は意味が分かりません。 「ゼロス、どういうことです。イスラはいったい……」 「あにうえはとってもつよいけど、つよいといっぱいこわしちゃうの。でもだいじょうぶ、こわさないようにぼくがまもってあげるからね」 　ゼロスはそう言うと更なる防壁魔法を発動させました。 　小さな体から強大な魔力を振り絞り、二重三重に防壁を張り巡らせます。 　三歳児のつたない説明でしたが私はその内容に胸がぎゅっとしました。 　先日、イスラと初代イスラが一騎打ちする前にハウストに聞いたことがあります。イスラは初代勇者に勝てるのかと。 　ハウストは『殺す気なら勝てる』と答えました。 　それはこういうことだったのですね。イスラは剣を握って戦いますが、だからといってむやみな殺生を好みません。 　イスラは初代勇者を倒して歴代最強の勇者の称号を得たいと思っていますが、それは殺しあいをしたいと思っているわけではないのです。 　イスラの望みは一つ、自身の破壊的な力を完全に制御したうえで倒したい、ただそれだけなのです。それでなければ意味がないと思っているのです。 　でも今、目的は石の破壊。ならば遠慮せずに本気をだせるというもの。 「イスラは強いですね。ほんとうに……」 「うん！　ぼくにいっぱいおしえてくれた！」 「あなたも強いですよ、ゼロス。守ってくれてありがとうございます」 「まあね！」 　ゼロスが誇らしげに返事をしました。 　ここにゼロスがいるからイスラは本気を出せるのですね。 　もしゼロスがいなければ、イスラは私やクロードやレオノーラを気にして防戦一方に徹することになっていたでしょう。 　王と王でありながら、二人は兄と弟。私は兄弟がいないのでこの信頼関係が少し羨ましい。 　そんなゼロスの防壁魔法をイスラはちらりと確認し、次に初代イスラに目を向けました。 　気を失っていた初代イスラも立ち上がり、イスラを見て舌打ちします。 「……ムカつく奴だ。なにが俺を倒して歴代最強だ。やはり出し惜しみしていたか」 　初代イスラは今までイスラが本気で戦っていないと気付いていたようでした。 　そのことに初代イスラは苛立ち、憎々しげにイスラを睨みます。 　しかしそれを受けてもイスラが動じることはありません。それどころか少し呆れた顔をしました。 「勘違いするな。そういうわけじゃない」 「どういう意味だ」 「だってお前、初代勇者だろ。だから完膚なきまでに倒したい」 「ならば殺す気でこい。でなければ俺は倒せない」 「馬鹿か、それじゃあ駄目だって言ってるだろ。俺は自分の力を制御したうえで、お前より強いと証明する必要があるんだ」 「殺せば同じだ」 「違う。傷付けたくないものまで傷付けてしまうような、そんな制御できない力は自分の力じゃない。そんなものはただの獣の本能、暴走だ。俺の求める強さとは、それを上回る力で制御すること」 　イスラは紫の瞳に強さを宿し、まっすぐな面差しで言いました。 　それがイスラの求める強さなのですね。 　その言葉を聞いていたゼロスが嬉しそうに私を振り返ります。 「おおきなちからはじょうずにつかいなさいって、ブレイラいってるもんね。ね、ブレイラ？」 　強力な防壁魔法を発動しながらゼロスが言いました。 　その言葉に胸が苦しいほどいっぱいになる。 　四界の王は子どもの頃から常人とは一線を画した規格外の力を持っています。 　そのせいでイスラがまだ幼い頃、私はカッとなったイスラにえいっとされてしまうことがありました。興奮すると制御を忘れてしまうのです。そのたびに私は尻もちをついたり引っくり返ったりしてしまって、イスラをとても慌てさせてしまいました。 　もちろんイスラだけでなくゼロスにも何度もえいっとされてしまっていましたね。 　私はそれを仕方ないことだと思っていました。でも、でもイスラやゼロスにとってはそうではなかったのですね。ずっと胸にとどめてくれていた。そう、大きな力が優しい力になるように。 「はい、そうですね。大きな力は上手に使いましょうね」 「うん、できる！」 　元気に答えたゼロスに私も微笑して頷きました。 　私はイスラを見つめます。 　私たちが見つめる中、イスラと初代イスラは睨みあうように対峙していました。初代イスラがイスラの言葉をせせら笑う。 「生ぬるいな。殺さなければ殺される。お前の時代とは違ってそれがこの時代だ」 「いいや、同じだ。この時代も俺の時代も、どの時代も壊れものばかりだ。物も人も」 「…………」 「お前だって分かってるだろ。壊れたら元に戻らない。過去はなかったことに出来ない。だから、ちゃんと大事にしろよ」 「……なんの戯言だ」 「壊れても綺麗なものは綺麗なままだ。壊れたから強くなるものだってあるだろ。きっとなにも変わらない。変わっていない」 　世界は壊れものばかり。 　それはイスラだから。勇者だから紡ぐことができた言葉なのかもしれません。 　勇者とは統治する国土もなく玉座もない。それでも人間の王であらねばならない、それが勇者。だからこそイスラは勇者として多くの国々や人々の営み、そのなかにある滅びと再生を見てきました。そこにある強さも弱さも、すべて。 　その言葉に初代イスラが少しだけ顔を伏せました。 　ここからでは初代イスラの表情がよく見えません。 　でも隣にいたレオノーラが「イスラ様……」と小さく呟く。まるで祈るようなその姿。 　その姿に私はレオノーラの腕にそっと触れました。 「レオノーラ様」 「ブレイラ様……」 「あそこにいる二人は勇者です。大丈夫、二人を信じましょう」 「はい……」 　私はレオノーラを元気づけるように笑いかけ、初代イスラを見つめました。 　初代イスラは顔をあげ、不機嫌な顔をイスラに向けます。 「分かったふうな口を利くな。だが、……世界は壊れもの、か」 　壊れもの、そう呟いた初代イスラはなにを思っているのでしょうか。 　初代イスラにとっての壊れものとはなんでしょうか。 　でも今、イスラと初代イスラが祈り石を見据えました。 「とりあえず、今は石の破壊だ」 「ああ」 　二人の勇者が剣を構えて魔力を高めます。 　その様子にゲオルクは瀕死ながらも憎悪の形相になる。