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第九章・歴代最強の勇者24
「貴様らごときが祈り石を破壊できるはずがないっ。祈り石は未完成であっても四大元素の巨人を封じるほどの石っ。……貴様らごとき勇者がっ……! 許さんっ、許さんぞッ……!!」
ゲオルクが吐血しながらも憎々しげに吐き捨てました。
そして最後の力で祈り石を発動させます。
祈り石の力が爆発的に膨れ上がる。
それは二人の勇者を飲み込みましたが。
「行くぞ」
ふいに聞こえたイスラの声。
その声に初代イスラは舌打ちしながらも、イスラの動きに合わせます。
瞬間、広間の頭上に巨大な魔法陣が出現しました。
巨大魔法陣から幾千万の光の矢が放たれます。
ズドドドドドドドドドドドドッ!!!
凄まじい爆風と衝撃波。
それは離れた場所にいる私たちにも衝撃となって襲ってきます。
「ッ、ううううっ~! がんばれぼく~~!!!!」
ゼロスが更なる魔力を発動して防壁魔法を強化してくれました。
ゼロスがいなければ私とレオノーラは肉片すら残らず消滅していたことでしょう。
私とレオノーラはゼロスの後ろから二人の勇者を見つめます。
イスラと初代イスラが破壊的な魔力を発動し、祈り石の力を押し返していく。そしてその魔力は初代イスラが引き継いで発動し、ふっとイスラの姿が消えたかと思うと。
「そこだ!!!!」
ガキイイイイイイイイィィィィィィン!!!!
イスラの剣の切っ先が祈り石を突く。
魔力の衝撃波に押し返されそうになりながらも、イスラは更なる力で押し切ります。そして。
「砕けろ!!!!」
――――ピキッ、ピキピキピキッ……、パリーーン!!
渾身の力で押し切った刹那、ゲオルクの祈り石が砕け散りました。
キラキラと石の破片が舞い、その光景に息を飲む。
「イスラっ……」
衝撃波が過ぎ去って、そこに立っていたのはイスラと初代イスラ。
そう、二人の勇者は祈り石とゲオルクを撃破したのです。
「やった~! あにうえ、かっこいい~!!」
「にー! ばぶぶ~っ!」
ゼロスとクロードがはしゃいだ声をあげました。
でもイスラの体がぐらりと傾く。一度に膨大な闘気と魔力を使ったせいでひどく疲弊しています。限界まで集中力を高めていたのです。
私は焦ってイスラに駆け寄りました。
「イスラ、イスラ!」
イスラの名を呼び、疲弊した体を支えます。
「イスラ、大丈夫ですか? 怪我はしていませんか?」
「ブレイラか……。俺は大丈夫だ」
私を見たイスラはほっと安堵の表情になりました。
戦闘時の鋭さが消えて、紫の瞳に微かな甘えを帯びさせる。それは幼い頃の面影を感じさせるものですが、イスラは自覚があるでしょうか。私はね、その顔が大好きなんです。
「ブレイラこそ、どこも怪我してないか? 不安な思いをさせて悪かった」
「いいえ、あなたがいるのに不安などありません」
私はそう言うとイスラの頬に手を伸ばす。
そっと輪郭を撫でて、その凛々しい面差しに目を細める。青空の下でまっすぐに成長する若木のようで、その煌めきが眩しくて。
「イスラ、お疲れ様でした」
「ああ」
イスラが私の手に手を重ねて力強く頷きました。
私も頷き返すと、私とイスラの間からぴょこんとゼロスが顔を覗かせます。
「あにうえ、あいつをやっつけてくれてありがとう! ぼく、ぜったいあにうえのほうがつよいっておもったの!」
「そうか、お前もよく守りきった」
「まあね! ぼくもつよいから、できる!」
「ああ、えらかったぞ?」
イスラがゼロスの頭にぽんっと手を置くと、ゼロスの顔がパアァッと明るくなります。
ゼロスの瞳がキラキラと輝いて、「やったー! やったー!」と興奮したようにはしゃぎだす。兄上に褒められたことがとっても嬉しいのですね。
イスラは次にクロードを見ました。
私にぎゅっとしているクロードの姿におかしそうに笑います。
「クロード、お前もよく耐えた。ブレイラにちゃんとしがみついててえらかったぞ?」
「あいっ」
クロードが真剣な顔で頷きました。
赤ちゃんながら大変な事態だったと分かっていたようです。
でも神妙な赤ちゃんの姿がおかしくて、私とイスラとゼロスはやっぱり笑ってしまいました。
こうした私たち四人の横で、レオノーラが初代イスラにゆっくりと近づいていきます。
レオノーラは疲弊する初代イスラの前で立ち止まりました。
「イスラ様、お疲れ様でした」
レオノーラがそう声を掛けたけれど初代イスラは黙ったままです。
黙ったままレオノーラと目を合わせることすらしません。
レオノーラは少しだけ困ったような笑みを浮かべました。それは誤魔化しの笑み。きっと今までもそうして自分の傷ついた心を誤魔化してきたのでしょう。傷ついていないと自分に言い聞かせながら。
レオノーラは何ごともなかったように一歩下がります。こうして身を引き、またいつものように静かに控えるのです。
でも。
「…………怪我は?」
ふいに聞こえてきた初代イスラの声。
その内容に最初は幻聴かと思いました。
レオノーラもきょとんとした顔になっている。初代イスラが誰に話しかけたのかすら理解していない様子です。
レオノーラは確認するような顔で私を見ます。
私はゆっくり首を横に振りました。初代イスラが話しかけたのは私ではありませんよ。
レオノーラはまた困惑した顔になってしまう。まるでどうしていいか分からないといったような、そんな様子でした。
しかしそんなレオノーラに初代イスラは続けます。
「おい、返事しろ」
ぶっきら棒な低い声。
レオノーラはびくりっと反応しましたが、おずおずと口を開きます。
「…………大丈夫、です。ご心配をおかけしました」
「それならいい」
初代イスラはそう言うと、そっぽを向いてレオノーラから離れてしまいました。
どうしましょう。なんだか甘酸っぱい気持ちになりましたよ。
だって二人のやり取りはとっても不器用なのです。
ゼロスまで「おしゃべり、もうおしまいなのかなあ」と不思議そうに見ていますよ。もっとおしゃべりすればいいのに、とばかりのゼロス。あなたはこういうの上手そうですからね。
でも、初代イスラとレオノーラの二人には丁度いいくらいだったようです。そう、最初は小さな一歩でも踏み出したことに意味があるのですから。
最初の一歩を踏み出したならもう大丈夫。初代イスラとレオノーラはゆっくり、ゆっくりと離れていた心の距離を縮めていくのでしょう。
それに初代イスラは不機嫌な顔でそっぽ向きましたが、あれは照れ隠しというもの。
イスラも面白そうに笑うと、離れたところにいる初代イスラをわざわざからかいにいきます。
「お前、もっと優しい言い方はできないのか」
「黙ってろ」
初代イスラは吐き捨てたけれどイスラはおかしそうに笑うだけでした。
こうしてゲオルクと祈り石を撃破し、私たちは広間を後にしようとします。
でもその時、――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!
足元から地響きがしました。
広間全体が不気味に震動し、そして……ズシーンッ! ズシーン! ズシーン!
「イ、イスラ、この音はいったい……」
ごくりっと息を飲みました。
恐ろしい重量感の音が聞こえます。
しかもその音はここに近づいてきているような……。
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