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第十章・幾星霜の煌めきの中で2

「オルクヘルム様、飲みすぎじゃないですか?」 「ガハハハッ、まだ宵の口だ。始まったばかりだろ」 「始まってすぐこれだけ瓶を開ければ充分ですよ」  私は呆れてしまいますがオルクヘルムは豪快に笑うばかり。  きっといつものことなのでしょうね。 「樽はダメです。樽は兵士の方々だって飲むんですから、こちらにしてくださいね」  そう言って新しい酒瓶を渡してあげました。  オルクヘルムは受け取った酒瓶にムムッと眉間に皺を刻みます。 「…………マジか」 「マジですよ、樽は諦めてください。ここは孤島なのでお酒が無限にあるわけじゃないんです。酒樽は兵士の方々に回しますから、飲むなら瓶です」  魔族、人間、幻想族、精霊族、兵士はたくさんいるのです。  そして私は宴会の準備を手伝ったので兵士の人数も酒樽の数も把握していますからね。  でもこうして説得している間にも幻想族の兵士たちがオルクヘルムの元に酒樽を運んできてしまう。本当にいつものことのようです。 「オルクヘルム様、お持ちしました!」 「ああダメです! それは兵士のみなさんの所に持っていってくださいっ。こっちにはまだまだ充分ありますからっ」 「ええっ、でも……」  幻想族の兵士たちがオルクヘルムと私を交互に見ました。  オルクヘルムも困惑する兵士たちと私を交互に見ます。じーっと見ているとオルクヘルムは「……仕方ねぇな」と諦めてくれます。 「もういいぞ。いいからその樽は持ってけ。お前らでがっつり飲め」 「!? えええっ! いつも野営では一人で酒樽を空にするオルクヘルム様が!?」 「!? 酔っぱらうと俺達からも酒を奪うオルクヘルム様が!?」 「!? 酒樽がないと暴れだすオルクヘルム様が!?」 「おい、聞こえてんぞ!!」 「「「わあああっ、すみません! ではごゆっくり!」」」  オルクヘルムが怒鳴ると兵士達は飛び上がって退散していきました。でも酒樽はしっかり持っていくあたり、さすが幻想王オルクヘルムの部下ですね。笑ってしまいました。 「たく、あいつら……」  オルクヘルムはそう言いながらも酒瓶を直接グビグビ飲みました。豪快すぎる飲み方に注意したくなったけど、さっき酒樽を諦めてくれたので私も我慢してあげます。  でもじっと見ていた私にオルクヘルムが目を据わらせました。 「…………なんだよ」 「いいえ。オルクヘルム様が素直に諦めてくれたので驚いただけです。ふふふ」 「……今夜は特別だ」 「同感です。私も今夜は特別な夜だと思っています」  私がそう言うと、オルクヘルムは舌打ちして酒瓶を煽りました。  しかしその光景に、今度はゼロスとクロードが声をあげます。 「あああっ! おじさん、なにしてんの!? ぼくも、ぼくもそれしたい!!」 「あぶぶっ、あーあー」 「チビどもにはまだ早ぇよ」 「ええ~っ」  ゼロスが不満そうな声をあげました。  でも隣にいたクロードが自分の哺乳瓶をじっと見たかと思うと……。 「あいっ」 「それだけは無理だっ!」 「あう?」  哺乳瓶を差し出して即座に断られていました。  クロードは、いっしょなのに? みたいな顔をしますが、残念ながらちょっと違うのですよ。 「リースベット様、ジェノキス、騒がしくしてすみません」  オルクヘルムと一緒にお酒を飲んでいた二人に声を掛けました。  うるさくしてご迷惑をかけてしまったかもしれません。  でもリースベットとジェノキスは笑顔でゼロスとクロードを見ていてくれました。 「気にするな、むしろ楽しいくらいじゃ。それにオルクヘルムとの戦いは見事なものじゃった」 「えっ、ぼくががんばったのみてたの!?」  ゼロスがびっくりしました。  ゼロスがオルクヘルムと戦っていた時、リースベットはまだ来ていませんでしたから。  しかしリースベットはフフンッと鼻を鳴らします。 「もちろんじゃ。われを誰だと思っておる。この世界でわれが見聞きせぬものはない、それが精霊王というものじゃ」 「覗き見が趣味なだけだろ」  そう突っ込んだオルクヘルムをリースベットが「うるさいぞ」とぎろりと睨む。  でもゼロスには感心した顔を向けました。 「十万年後では幻想王ではなく冥王と呼ばれていたか。今は未熟だが見事な連続召喚じゃった」 「ぼくのおともだち、たくさんきてくれたの!」 「ああ、あれだけの召喚獣を一度に呼び寄せるとは将来有望じゃ」 「まあね! ぼくつよいから、ゆーぼー!」  ゼロスが胸を張って答えました。  でも。 「ねえねえブレイラ、しょーらいゆーぼーってなあに?」 「ふふふ、強くてかっこいい大人になれるということですよ」 「やった~! ぼく、つよくてかっこいいおとなになるの!」  意味を知ってゼロスが嬉しそうにはしゃぎます。  しかしそんなゼロスにオルクヘルムが少し面白くなさそうな顔をします。 「なにが冥王だっての。だいたいあの召喚獣どもは魔王と勇者に借りたもんなんだから、どう考えても反則だろ。だから俺の勝ちだった」 「ちがうっ。みんなぼくのおともだちだから、ぼくのかち!」 「ああ? あの召喚獣どもの中でチビガキのはダンゴムシだけだっただろ」 「うっ、そうだけど……。……ぼくのおともだち、ほかにもいるもん。ちょっとまってて!」  そう言ってゼロスは駆けだすと、少しして大きな桶を持ってきました。  桶の中には水が入っています。 「ゼロス、それをどうするんですか?」 「ぼくのおともだち、おいでってするの。おいで~!」  そう言うと桶の水面に小さな召喚魔法陣が出現しました。  そこに召喚されたゼロスのお友達は小さな魚。そう、洞窟の小川にいた小魚だったのです。 「きゃああっ。あぶ~っ」  それを見たクロードも歓声をあげてパチパチ手を叩きます。クロードもお友達ですからね。  ゼロスも桶の小魚を覗きます。 「げんきだった? おるすばん、さびしくなかった?」 「ばぶぶっ。あーあー」  二人が声を掛けると、ぴちゃんっ、小魚が跳ねました。桶のなかでぐるぐる泳いで嬉しそうです。 【お知らせ】 『三兄弟のママは本日も魔王様と』の電子書籍配信を開始しました。 今まで推敲作業をしていたのですが、ようやく作業が完了しました! Kindleで電子書籍の配信が開始しましたのでよろしくお願いします! 無料読み放題で読めるようにしているので、Kindle Unlimitedの方は無料で読めるようにしてあります。ぜひご利用ください。 Kindleで配信を開始した『三兄弟のママは本日も魔王様と』は以下のエピソードです。 勇者のママは今日も魔王様とシリーズ9 三兄弟のママは本日も魔王様と 魔王ハウストと王妃ブレイラは赤ちゃんのクロードを迎えた。魔王と妃の第三子であり次代の魔王である。 こうしてブレイラは勇者(長男)と冥王(次男)と次代の魔王(三男)の三人の王を育てだす。 魔王と妃と三兄弟、五人家族の物語。 Episode2作と番外編3作です。 Episode1・クロードの祈り石 家族五人で南都の鍾乳洞に祈り石を取りに行く話し。 しかし、鍾乳洞の内部は前回とは少し違っていて……。 Episode2・いつかの空に祝福を 精霊王から招待を受け、家族五人で精霊界へ行く話し。 そこでジェノキス失踪事件に巻き込まれ、ブレイラとゼロスとクロードとジェノキスで第三国に行くことになるが……。 番外編1・パーティーがしたい! ※時系列・『クロードの祈り石』前 イスラと一緒に酒場のパーティーへ行きたかったがゼロスだが、まだ三歳なので連れていってもらえなかった。 そこでゼロスはクロードを巻き込み、魔界の城にあるイスラの部屋で勝手にパーティーを決行する。 番外編2・あんまりうすいと言われるので、みんなで赤ちゃんお菓子を作ってみました。 ※時系列・『クロードの祈り石』後 クロードの赤ちゃん用お菓子はブレイラお手製だが、うすいうすいとあまり評判はよくなかった。 そこで家族五人、力を合わせて赤ちゃん用のお菓子を作りを始める。だがブレイラがクロードをお昼寝させに行ったことで、ハウストとイスラとゼロスの初心者三人で作ることになって。 ※この話しはTwitterのプライベッターにも掲載しています。 番外編3・魔王一家、ある日の一日。 ※時系列・『いつかの空に祝福を』の中で、ブレイラが第三国から魔界に戻り、ゼロスとクロードが初代時代に時空転移される前 クロードもイスラとゼロスと一緒にお出掛けするつもりだったが、赤ちゃんなのでお留守番になってしまった。 プンプン怒ったクロードは赤ちゃんだけどミルク拒否、絵本拒否、お昼寝拒否をする。 困ったブレイラはハウストと一緒にミルク拒否とお昼寝拒否をするクロードをなんとかミルクを飲ませてお昼寝させようとするが。 その頃、城の裏山に遊びに行ったイスラとゼロスだが、山で召喚魔法特訓が始まっていた。 ハウストとブレイラVSクロードのドタバタと、イスラとゼロスの召喚魔法特訓です。 番外編は家族五人のコメディ中心です。

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