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第十章・幾星霜の煌めきの中で5

「ハ、ハウスト、なに言ってるんですかっ」 「ブレイラだってその気になっていただろ」 「それはあなたが嬉しいことを言ってくれるから」 「なんだ、俺のせいか?」 「そういうわけじゃ……って、なにニヤニヤしてるんですか」 「いや、怒る顔も悪くないと思ってな」 「…………。…………仕方ないですね。まったく、あなたという人は」  ああダメです。  顔が、顔が熱くなっていく。  私たちを見ているデルバートとイスラがこそこそします。 「おい、いいのか? あれで許されるのか?」とデルバート。 「……そっとしておいてやってくれ」とイスラ。  分かっています。単純だと言いたいんですよね、そんなの私が一番分かっています。  でも仕方ないじゃないですか、ハウストを愛しているのですから。  私はコホンッと咳払いを一つ。話しを変えます。 「ハウスト、イスラ、リースベット様の禁書がもうすぐ完成するそうです。完成したら元の時代に帰れますね」 「そうか、思っていたより早かったな。あとで俺からもリースベットに礼を伝えよう」 「はい、お願いしますね」  少し驚いた様子のハウストに私も頷いて答えます。  初代精霊王リースベットの禁書は私たちの時代まで残るもので、作成には膨大な魔力を必要とします。その一冊一冊をリースベットは執筆し、更に私たちが元の時代に戻るための禁書まで作成してくれているのです。彼女にはどれだけ感謝しても足りません。  私はデルバートに向き直りました。 「デルバート様、こちらの時代ではたくさんお世話になりました。ありがとうございました」  私は改めて感謝を伝えました。  デルバートとは不穏な間柄になることもありましたが、それ以上にたくさん助けられました。それにこの方がハウストのご先祖様だと思うと、お会いできたことは光栄なことです。  明日、初代王たちも私たちもこの島から出て行きます。そうすれば停戦していた四界大戦は再開され、初代王たちはまた敵対関係になるでしょう。そして私たちは禁書が完成すれば元の時代に帰ることになるのです。だから、こうして初代王の方々とゆっくりお話しできるのは今夜が最後でした。 「俺こそお前には世話になった。特にレオノーラのことについては感謝している」 「いいえ、これはデルバート様がレオノーラ様をずっと諦めなかったからです。そしてレオノーラ様自身がお決めになったこと。私は何もしていませんよ」  デルバートとレオノーラが結ばれたのは二人が互いを諦めなかったから。敵対しながらも密かに想い合い続けたからです。  なんだか嬉しくなってデルバートに笑いかけました。するとデルバートも穏やかに目を細めます。 「その顔で笑いかけられると気分がいい。俺の好きな顔だ」 「私をそのようにおっしゃる方はあなただけです。ふふふ、誰かの身替わりにされるのは好きではありませんが、まあいいです、今夜は特別です」 「間違いない、特別な夜だ。お前たちは島を出たらどうするんだ?」 「そうですね、禁書が完成するまで後少しだそうですし……、……この時代を観光でしょうか?」  そう言ってハウストとイスラを見ました。  二人とも「そうだな」「それがいい」と頷いてくれます。そもそも私たちが初代時代に転移したのはゼロスとクロードを迎えに行くため。ゼロスとクロードをこの手に取り戻したなら、あとは特に目的はないのです。初代王との決闘やゲオルクの一件に巻き込まれたのは突発的なトラブルでした。 「というわけで、観光です。禁書が完成するまで初代時代を観光しようと思っています」  初代時代は動乱の時代ですが大自然の美しさは格別です。  それを家族五人でのんびり観光できるのは嬉しいことです。 「それならば俺の陣営や魔族が統治する領土にも立ち寄るといい、戦場になっていなければ歓迎しよう」 「戦場……。……冗談に聞こえません」  四界大戦は領土の奪い合い。どこが戦場になってもおかしくないということですね。  初代時代の四界大戦は歴史の事実。複雑な気持ちになりますが、未来から転移してきた私たちが立ち入ることは出来ません。 「もちろんデルバート様の治める領土にも遊びに行かせてもらいます。……あ、それなら帰りの船に乗せてくださいませんか?」  閃きました。名案です。  ハウストとイスラも名案だと頷いてくれます。 「それはいいな。デルバート、ぜひそうさせてくれ」 「帰りはゼロスを見張らなくて済むのか、助かる」  イスラもうんうん頷いています。  この島へはハウストが使役する大型の鷹と蝙蝠で来ましたが、蝙蝠の背中からゼロスが落下しないようにイスラはずっと見張っていてくれたのです。 「…………図々しい奴らだな」  デルバートが呆れた顔で私たちを見ます。  でも諦めたようにため息をつくと、苦笑しながらも頷いてくれました。 「まあいいだろ、船に客室を用意させる」 「ありがとうございます、助かりました!」  さすがハウストのご先祖様、許可してくれると思っていました!  こうして私たちは島から出る手段を手に入れました。召喚獣も休ませてあげたかったので本当に助かります。

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