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第十章・幾星霜の煌めきの中で8
「なんだか不思議な光景です。あそこにはこの時代の初代王様がいて、一緒に十万年後の王がいる。そこには十万年という気が遠くなるほどの時間の隔たりがあるのに、それでも繋がっていると感じます」
時代を超えた王たちの姿を見ていると、まるで時代というものが雄大な大河のように思えます。
一つ一つの煌めきが雄大な大河を築き、ゆっくりゆっくり流れていくのです。そこにある一際大きな煌めきこそ四界の王なのでしょう。
ふとレオノーラがぽつりと言葉を零す。
「……私も繋がっているのでしょうか。もしそうなら、私の繋がる先にいるのがブレイラ様だと嬉しいです」
でも、言ったあとにハッとして口を覆ってしまう。
「す、すみませんっ。差し出がましいことを言いました! 忘れてください!」
レオノーラが慌てて訂正しました。
そんなレオノーラに私はムッとした顔を作ります。
「どうしてそんな意地悪を言うのです」
「えっ」
「私は忘れたくありません。こんなに嬉しいのに」
「ブレイラ様……」
「きっと繋がっています。この時代のレオノーラ様から十万年後の私へと、繋がっています」
そう言って私は微笑みかけました。
するとレオノーラが嬉しそうに瞳を細めます。
私とレオノーラも雄大な大河に流れる煌めきの一つ。十万年という時を超えて繋がっているのです。
レオノーラの見つめる未来に私がいるのなら、それほど嬉しいことはありません。
とても幸せな気持ちになって私たちは微笑みあいました。
私たちは夜空を見上げて遠くの星を見つめた後、また地上に視線を戻す。足元の、初代時代を見つめるように。
少し離れた場所では相変わらず初代イスラが三歳児に絡まれていて、その賑やかな光景を遠目に見ながらレオノーラに聞いてみます。
「……明日、島を出たらレオノーラ様はどうするんですか?」
「島を出たら……、もちろんイスラ様と共に参ります。イスラ様が四界大戦を再開させるなら、私も剣を握って戦います」
レオノーラは淡々と答えました。それ以外の選択肢など存在しないかのように。
でもそう言葉にしながら、レオノーラは離れた場所で騒いでいる集団を見ています。そこには三歳児に絡まれている王様たち。もちろんデルバートや初代イスラもいます。
私はレオノーラの横顔を見つめるけれど、レオノーラがどちらを見ているのか分かりません。
そんな私の視線に気付いたレオノーラが振り返り、私にそっと笑いかけます。
「戦えます。以前となにも変わりません、誰が相手でも戦えます」
「誰が相手でも……。それはデルバート様が相手でもですか?」
「はい」
レオノーラがまっすぐな面差しで答えました。
それがレオノーラの嘘偽りない意志。それがレオノーラにとっての初代イスラ。
レオノーラはデルバートを心から愛しています。でも同時に初代イスラにすべてを捧げているのですね。
「そうですか……」
私はそう答えながら先ほどのデルバートを思い出していました。
彼はレオノーラを諦めていません。でも今、彼が見つめる未来と、レオノーラが進もうとしている未来は交わりません。
「……ブレイラ様は私の選択を愚かだと思いますか?」
「レオノーラ様……」
「分かっているんです。もし、もし私がデルバート様とともに行くことを選択すれば、デルバート様は私をとても大切にしてくださるでしょう。デルバート様はとても優しい御方ですので私だけを愛してくださるでしょう。私は人間ですが、彼がいてくれれば魔族の中でも夢のような幸せな日々を送ることができます」
そう語ったレオノーラの瞳は遠くを見つめていました。
その瞳に私は切なくなる。
だって、それはまるで夢物語を語るそれ。
「そうですね、デルバート様は見かけによらず純粋なところありますよね」
「はい、誠実な方です。ふふふ」
レオノーラはデルバートを思い出しておかしそうに笑いました。
でもそう笑いながらも瞳には複雑な色が帯びて……。
「……だからきっと、きっとたくさん傷つけてしまいます。いっそ私の想いなど伝えなければよかったと、それだけを悔います」
「そんなこと言わないでください。レオノーラ様の想いを知ったデルバート様はとても幸せそうでした。だから、伝えたことを悔いているなどと言わないでください」
「ブレイラ様……」
「それに傷つくのはデルバート様だけではありません。レオノーラ様も傷つきます」
「……幸せになることを恐れないとは、こういうことなんですね」
レオノーラは唇を噛みしめて視線を落としました。
その横顔がとても儚く見えて、今にも消えてしまいそうで、私はレオノーラの背にそっと手を置きました。
「レオノーラ様、私は選択の答えを持ちません。かといって、この時代の人間でない私が何を語っても無責任に響くでしょう。でも私がレオノーラ様に望むことは一つだけ、望むままに生きてください」
「私の望むまま……」
「はい、きっと傷つくこともたくさんあります。でも、幸せになることを恐れないでください。望むままに生きてください。私がレオノーラ様に望むのはそれだけです」
ずっと死にたいと思っていたレオノーラは初代イスラに生きる意味を見出しました。初代イスラを守ることは自分自身を守ることだったのです。
でもデルバートに出会い、恋をした。
恋はレオノーラをたくさん傷付けるかもしれないけれど、どうか望むままに。
「ブレイラ様……」
私はゆっくり頷いて笑いかけました。
するとレオノーラも穏やかに目を細めて、静かな時間が私たちの間に流れていました。でもふいに。
「ブレイラ~! レオノーラ~! お~い!」
ゼロスの元気な声。
今まで初代イスラに絡んでいたゼロスが私たちに向かって手を振っているのです。
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