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第十章・幾星霜の煌めきの中で9
「ふふふ、ゼロスです。オルクヘルム様まで」
ゼロスが肩車してくれているオルクヘルムの肩を揺らしています。
オルクヘルムはとても面倒くさそうな顔をしました。きっとゼロスがワガママを言って困らせているのでしょうね。でもなんだかんだ構ってくれているのですから、やっぱり面倒見がいいのかもしれません。
なんだか可笑しくなって笑ってしまう。
「オルクヘルム様って見かけによらず面倒見がいいですよね」
「私も初めて知りました。最初はどうなるかと思いましたが」
レオノーラもびっくりした顔で言いました。
でも楽しそうに目を細め、騒いでいる集団を遠目に見つめます。
「ブレイラ様、ありがとうございます」
ふとお礼を言われました。
私は改めてお礼を言われることなんてしていません。でもレオノーラは私を振り返ってふわりと微笑みます。
「ブレイラ様方のお陰です。十万年後からきた皆さまに、この世界にはいくつも幸せな場所があるのだと教えていただきました」
「幸せな場所?」
「はい。幸せな場所というのは、自分の経験や気持ちによって作られるのですね。私にとって今までこの世界は色褪せて見えるものでした。でも、今は以前よりも目に映る色彩が鮮やかに映るんです」
レオノーラが嬉しそうに言いました。
それは私にも分かるものです。私もハウストに出会ってからすべてが変わりました。
レオノーラは微笑んで続けます。
「ブレイラ様方がこの時代で暮らしている洞窟も本来なんの変哲もない洞窟なのに、ブレイラ様方が暮らしたことで幸せな光景の記憶が刻まれました。あそこは私にとって幸せな場所になりました。他にもご一緒させていただいた様々な場所が幸せな場所になりました」
「そうですね、特別な場所には幸せな記憶が刻まれています」
私も微笑んで頷きました。
死にたがっていたレオノーラにこの世界に特別な場所ができたことが嬉しいです。
笑いあっていると、ゼロスの「お~い、ブレイラ~!」という声が近づいてきます。
見るとオルクヘルムに肩車されてゼロスがこちらに近付いてきていました。オルクヘルムは肩に乗せたゼロスに文句を言っていますが、それでも降ろさないのですからやっぱり面倒見がいいんじゃないでしょうか。
「あ、皆さんまで」
レオノーラが驚いたように目を瞬きます。
こちらに歩いてくるのはゼロスとオルクヘルムだけではありません。
イスラ、初代イスラ、ハウスト、デルバート、リースベット、ジェノキス。あとハウストに抱っこされてクロードも。
騒いでいた皆がこちらに向かって歩いてきます。どの顔も穏やかに見えるのは気のせいではありませんね。
歩いてくる彼らを見ながらレオノーラが眩しそうに目を細めます。
「今も、この場所が私にとって幸せな思い出の場所になりました」
「はい、私も同じです」
そうですね、その通りです。
この孤島では大変なこともありましたが、今、目の前の光景はかけがえのないものでした。
夜が深まる時間、賑やかな宴会が終わりました。
種族など関係なくみんなで歌ったり踊ったり、料理と酒を囲んで大騒ぎの宴会でした。
酔っぱらった兵士たちは天幕に帰っていきましたが、まだ宴会場所には名残りを惜しむように幾人かの兵士たちの姿もあります。きっとこの夜が終わることを惜しんでいるのでしょう。
私はゼロスとクロードを寝かしつけて天幕を出ました。
二人はまだ起きていたいようでしたが、それでも寝床に入るとあっという間に瞼が閉じてスヤスヤ眠っていきました。きっと限界だったのでしょうね。
私も一緒に眠ってしまおうかと思いましたが、なんだか眠るのが惜しくなってしまったのです。楽しいことがあると眠りたくないと駄々をこねるゼロスの気持ちが少しだけ分かったような気がしましたよ。
イスラはまだ天幕に戻ってきていません、きっと初代イスラと一緒に飲んでいるのでしょうね。同じ勇者なので気が合うこともあるようです。
ハウストはリースベットとジェノキスのところに行っています。禁書やこの時代についての話しをしているようでした。
私は天幕の外で夜空の星々を眺めていましたが、ふとハウストがこちらへ歩いてきます。
「起きていたのか」
「ハウスト、おかえりなさい」
そう言って微笑みかけるとハウストも優しく目を細めてくれました。
側へと来てくれたハウストに手を伸ばすと、彼がその手を取ってくれます。そのまま手を握って隣に来てくれました。
「ゼロスとクロードを任せて悪かった。一人で大変だっただろう」
「いいえ、二人ともすぐに眠っていきました。いつもより楽だったくらいですよ、トントンする間もなく眠っていったんです」
思い出して笑ってしまいました。
そんな私にハウストも「そうか」と少し安心したような顔になりました。
私はハウストと手を繋いだまま同じ星空を眺めます。私たちの時代となにも変わらない星空です。
「美しい星空です」
「ああ」
「この時代があって私たちの時代がある。繋がっているんですね」
「そうだな」
「この時代に時空転移した時は早くゼロスとクロードを見つけて十万年後に帰りたいと思っていました。でももうすぐ帰るのだと思うと、少しだけ寂しい気持ちになりますね」
少し感傷的な気持ちになっているのかもしれません。
初代時代は私たちの時代となにもかも違っていますが、初代王たちやレオノーラと知り合って言葉を交わし、最初は敵対することもあったけれど目的を同じにして戦いました。それはまさに奇跡のよう。
でもそんな私の手が強く握られました。ハウストです。
隣のハウストを見ると、彼は私を見つめてニヤリと笑う。
「大丈夫だ。繋がってるんだろ?」
ハウストの言葉に私は目を丸めて、でも次には温かな気持ちがこみあげます。
繋がっている。そう、繋がっているのです。
「はい、そうでしたね」
私は微笑して頷きました。
こうしてハウストと私は手を繋ぎ、もうしばらく初代時代の星空を眺めていました。
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