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第十章・幾星霜の煌めきの中で10
翌日の朝。
休んでいた天幕を出ると、孤島の空は雲一つない晴天でした。
ゲオルクを倒し、祈り石が破壊され、地上の憂いは取り払われたのです。青空はまるでそれを祝福するかのように煌めいて、眩しいくらいに。
私はさっそく朝食の準備をすることにします。
でもその前に、一緒に天幕を出てきたイスラが声を掛けてくれます。
「火の準備をしてくる。いるだろ?」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
私はイスラを見送ると、今度は天幕を振り返ります。
中ではハウストがクロードに着替えをさせ、ゼロスは片付けをしてくれているのです。まずゼロス。
「ゼロス、忘れ物をしないように気を付けてくださいね」
「は~い」
元気な返事をしながらも天幕の中でごそごそしています。
少しして自分のリュックを背負ったゼロスが出てきました。でも腕に水桶を抱えていて目を丸めてしまう。
「ゼロス、その水桶はなんですか?」
「ぼくのおともだち~」
ゼロスが嬉しそうに水桶を見せてくれました。
中には洞窟にいた小さな魚。昨夜召喚で呼び出したあと召還で帰していたはずですが、今朝も召喚して呼びだしていたようです。
「また呼んだんですか?」
「うん。おはよーってしたかったの」
「そうですか、朝のご挨拶は出来ましたか」
「した」
「お利口でしたね」
じーっと見ていると、ゼロスが「ん?」と首を傾げます。
私も「んん?」と首を傾げてしまう。だってゼロスは水桶を大事そうに抱えたまま。……あの、召還して元の場所に帰さないんでしょうか。
「ゼロス、その魚は戻さないんですか?」
「うん。いっしょにいこうとおもって」
「いっしょに?」
「ぼくたちとおなじとこ。いっぱいつれてってあげるんだあ~」
「なるほど、そういうことでしたか」
今日から禁書が完成するまで私たちは初代時代を家族で旅をします。
家族旅行といってはのん気すぎるかもしれませんが、この時代に転移してから初めて家族揃ってゆっくりできる時間なのです。ゼロスも昨日からとても楽しみにしていました。
「つれてっていいでしょ?」
「そうですね、危険な場所へ行くわけじゃありませんから。そのかわり自分で面倒を見るんですよ? できますか?」
「できる!」
「約束ですからね」
「やった~! よかったね、ぼくたちといっしょだって!」
ピチャン。桶の中で小魚が跳ねました。
まるでゼロスに応えたかのよう。桶の中で元気に泳いで、とても嬉しそうですね。
「あにうえ~! ブレイラがいいよって~!」
今度はイスラに報告しようと駆けだしていきました。
火の準備をしていたイスラは朝から元気なゼロスに苦笑しつつも、
「朝食にするのか?」
「ちがうー!」
からかうイスラにプンプンのゼロス。仲良しですね。
そんな二人のやり取りを見ていましたが。
「クロード、動くな。まだ終わってないだろ」
天幕の中からハウストの声が聞こえてきました。なにやらガサゴソした物音まで……。
天幕ではハウストがクロードを着替えさせているはず。
見ていると、天幕の入口の布がぺらりと小さく開く。隙間からクロードの顔がちょこんと覗いて、そのままハイハイで出てこようとしましたが。
「こら、戻ってこい」
「あ、あぶ~~~~っ」
ズルズルズルズル~~。
ああ、クロードが天幕に吸い込まれていく……。中からハウストに引きずり戻されたのです。
しかも天幕の中から騒がしい声が聞こえてきて。
「あう~っ。あー、あー!」
「まだ着替え終わってないだろ。おとなしくしてろ」
「あいー、あー! ばぶぶっ!」
「開き直りか? どう考えてもお前が悪い」
「ぶーっ」
天幕の中がバタバタしてます。
気になって覗いてみると、クロードのシャツの釦を閉じようとするハウストと、そこから逃げようとするクロードがいました。
クロードは短い手足をジタバタさせて暴れています。天幕の外が気になるようで、隙あらば出て行こうとするのです。
天幕の外からはイスラとゼロスの楽しそうな声。なるほど、分かりましたよ。
「兄上たちが外にいるのでクロードも追いかけたいんですね」
「あぶっ、あいーあー!」
やっぱりクロードは外が気になって仕方ないようです。
そんなクロードにハウストが呆れた顔になりました。
「……だったらさっさと着替えさせろ」
「ふふふ、待ち切れないんですね。大丈夫ですよクロード、外で兄上たちも待っていますから」
「あうーあー」
「そうですよね、クロードも一緒に行きたいですよね」
私はクロードに話しかけながらハウストに目配せします。はやく、今のうちですよ。
それに気付いたハウストが手早くクロードを着替えさせてくれます。
「よし、終わったぞ!」
「ハウスト、さすがです!」
着替え完了と同時に、ピューッ。
クロードがハイハイでピューっと天幕を飛びだしました。
天幕の外からは三兄弟の声が聞こえてきます。
「あ、クロードもきた~!」
「遅かったな、クロード。なにしてたんだ」
「あぶぶっ。あいー、あー」
クロードも兄上たちになにやらおしゃべりしているようでした。まだ赤ちゃんですが気持ちだけは対等なのかもしれませんね。
聞こえてくる三兄弟の声になんだかほのぼのした気持ちになります。
取り戻した日常の光景。
「ハウスト、私たちも行きましょうか」
「そうだな」
いつもの日常に触れたくて、私とハウストも天幕の外に出たのでした。
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