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第十章・幾星霜の煌めきの中で11

 朝食が終わると、いよいよ孤島を出発する時がきます。  昨夜の宴会のお陰で初代王たちも兵士も一カ所に集まっていたこともあって、朝は皆で朝食を楽しみました。  でも朝食が終われば別れの時間。  孤島を発てばそこからは四界大戦が再開されるのです。 「じゃあな、次に会うのは戦場だ」 「ああ、手加減せんぞ」  オルクヘルムとリースベットが軽口を交わします。  デルバートと初代イスラは特に言葉を掛ける様子はありません。  でも、これからまた剣を握って戦う四人なのです。別れの挨拶などいらないのかもしれません。  私は改めて四人の初代王たちに深々とお辞儀しました。 「この時代ではお世話になりました。ありがとうございました」  禁書が完成すれば元の時代に帰ります。  もう少しこの時代を旅する予定ですが、ここでお別れしたらきっと初代王の方々ともう会うことはないでしょう。  こうしてお別れの挨拶をし、初代王たちはそれぞれ自軍の船団を停泊させている海辺へ歩いていきました。  ジェノキスも禁書が完成するまでリースベットと行動を共にするようでした。昨夜ハウストと話しあっていたようです。  私は初代王の方々を見送りましたが、別れの間際、初代イスラの後ろに控えていたレオノーラがデルバートを見つめたことに気付きました。デルバートもレオノーラを見つめて、二人の視線が一瞬だけ交差する。それはよく見ていないと気付かないような一瞬の交差でした。でもレオノーラは何ごともなかったように初代イスラとともに立ち去っていったのです。  そして私たち家族はというと、もちろん家族五人でデルバートの船に乗り込みます。 「邪魔するぞ」とハウスト。 「デルバート様、お邪魔します」と私。 「世話になる」とイスラ。 「こんにちは~。ぼくたちをよろしくね~」とゼロス。 「あぶぅ、あ~」とクロード。私が抱っこしています。  デルバートは船に乗り込んだ私たち家族に「……本当に来たのか」となんとも複雑な顔。  なんですか今更、昨夜約束したばかりですよ。忘れたとは言わせません。 「昨夜のこと覚えてますよね? もしかしてお酒が入ると記憶が飛ぶ方でしたか?」 「えっ! もしかしてわすれんぼうさんだったの!?」  私とゼロスの反応にデルバートの眉間に深い皺が刻まれました。  しかも抱っこしているクロードが「あうー。ばぶ?」と気遣うように声を掛けて、デルバートの皺がますます深くなっていきます。 「……そんな訳ないだろ。酒で記憶を失くしたことはない」 「良かった。ではよろしくお願いします。ふふふ、私たち居候みたいですね」 「なにが居候だ」  デルバートが諦めたように腕を組みました。  見ていたゼロスも「よかった~」とほっとひと安心です。まだ三歳の子どもなので本当に忘れていたらどうしようと思ったようですね。 「それじゃあ、うみのみえるおへやにしてね。ぼく、うみがみえるおへやがいいの」 「…………船倉にぶちこむぞ」  デルバートはイラッときたようですが、それでも海の見える部屋を用意してくれたようです。部下に命じて荷物を運んでくれました。  こうして私たちはデルバートの船に乗り込み、出港準備が整うまで思い思いにすごします。  ハウストとイスラは広い甲板で体術の手合わせを始めていました。最初は二人でしていたのですが、今はデルバートも混じっています。もはや体術訓練というより乱闘訓練といったほうが正しいかもしれません。  一見迫力たっぷりの容赦ない乱闘に見えますが、それでも剣や魔力を使わずに体術の型にのっとった乱闘訓練なので、船を破壊しないように気を付けようという気持ちはあるのですね。三人とも我慢ができてえらいです、感心しましたよ。  私は三人の手合わせを眺めながら、クロードと甲板をお散歩です。大船団の旗艦船だけあってとても大きな船でした。 「そういえば、クロードは船に乗るのは初めてでしたね」  孤島へは召喚獣の背中に乗ってやって来たので、クロードが船に乗るのは生まれて初めてのことなのです。 「あなたのご先祖様の船なんですよ」 「あぶぶ、あいー。あー」  分かっているのかいないのか、クロードはなにやらおしゃべりしています。  私はそれを聞きながら甲板を歩いていましたが、ふとゼロスを見つけました。欄干の前で水桶を頭上高く掲げています。なにをしているかと思ったら。 「みえるー!? うみだよー! これがうみだよー!」  どうやら水桶の小魚に海を見せてあげているようでした。  私はクロードと一緒にゼロスの元へ。 「ゼロス、海はよく見えますか?」 「うん、おっきいの! おさかなさんもすごいっていってる!」 「お魚さんにも、見せてあげてるんですね」 「ずっとどうくつにいたから、うみ、はじめてだとおもって」 「そうですね。きっと初めてで喜んでいますよ」  水桶の小魚がスイスイ泳いでいます。  海の魚ではないので桶から出してあげることはできませんが、大海原を前にして元気にスイスイです。開放的な気分になっているのでしょうか。  私はゼロスとクロードと魚と海を眺めていましたが、ふと出港準備をしていた魔族の兵士がざわめいているのに気付きました。  そこに視線を向けて、「あっ」と声をあげてしまう。  だってそこにはレオノーラ。魔族の兵士に囲まれて縮こまって立っていました。 「レオノーラ様!」  声をあげると、それにレオノーラが顔をあげる。甲板の私に気付くと少し安心した顔になりました。  私はすぐにレオノーラの来訪をデルバートに伝えます。  どうして人間のレオノーラが魔族の船まで訪れたのか分かりませんが、とりあえず乗船させたのでした。

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