180 / 262

第十章・幾星霜の煌めきの中で12

「レオノーラ様、どうされました? なにかありましたか?」  レオノーラとはつい先ほど別れたばかりです。それなのにどうしてここに……。  でも訊ねてもレオノーラは困ったように視線を彷徨わせています。しかも肩を落として落ち込んでいるようにも見えてしまう。  なにか困ったことがあるなら相談してほしいです。  私はレオノーラの手を両手で握りしめ、その憂いの顔を覗き込みました。 「大丈夫ですか? レオノーラ様、なんでも話してください。大丈夫ですから」 「…………すみません、突然来てしまって。驚かせましたよね、申し訳ありません……」  レオノーラが深々と頭を下げました。  慌てて私が慰めようとしましたが、その前に。 「レオノーラ、なにも謝ることはない」  デルバートがすかさず割り込んできました。  しかも、……ぐいぐい、ぐいぐい。私、さり気なくレオノーラの前から押しだされているんですけど。そのうえ、握っていたレオノーラの手をさり気なく横取りされました。  ……なんなんですか、この人。  押しのけられた私はデルバートに若干引きましたが、そんな私の前でデルバートがキリッとした素敵な面差しをレオノーラに向けています。 「レオノーラ、お前はいつ来てくれてもいいんだ。もちろん理由は気になるが、話したくないなら無理に話さなくていい」 「優しい言葉をありがとうございます……」 「当然だ。お前のしたいようにしろ」 「デルバート様……」  レオノーラが恥じらうように目を伏せました。  そんなレオノーラの手を握ってデルバートは優しい面差し。  …………。  ………………私、その優しいデルバートに押しのけられたんですけどね。  仕方ないので私はハウストの元へ。耳元でこそこそ話しかけます。 「あなたとクロードのご先祖様は分かりやすい方です」 「言うな。俺もそう思ってたんだ」 「あぶぅ~……」  ハウストが苦笑し、クロードもじーっとデルバートを見つめています。自分たちの先祖に若干引いていますね。  でも、デルバートが驚く気持ちは分かります。  だってレオノーラは今頃人間の陣営で出港準備をしているはず。二人は愛し合っていますが、レオノーラは四界大戦では剣を握ると決めていたのですから。  それなのに今、レオノーラが訪ねてきました。次に会うのは戦場だと思っていた相手なのでデルバートが驚くのは当然でした。  デルバートが見つめる中、レオノーラがおずおずと口を開きます。 「…………実は、イスラ様に追い出されました。イスラ様が、その……、……『魔王のところにでも、どこへでも行け』と……」 「えっ!?」  思わず声が出てしまいました。  驚いたのは私だけではありません。ハウストもイスラも目を丸めています。  でも一番驚いているのはデルバートで間違いないでしょう。  だって目を見開いて固まっています。……と思ったら首を横に振って、まるで『聞き間違いか?』と自問しているよう。しかし聞き間違いは嫌ですよね、本人も嫌だと思ったようで、しっかりレオノーラを見つめて確認します。 「レオノーラ、それは本当か? 本当にあの男が言ったのか?」  デルバートが慎重に聞き直しました。  固唾を飲むデルバートに、レオノーラが小さく……こくり。頷きました。 「っ!?」  瞬間、ガクリッ……。デルバートが片手で口を覆って膝をつく。衝撃の強さに立っていられなくなったようです。 「デルバート様っ?」  レオノーラが慌ててデルバートの横に膝をつき、大丈夫ですか? と心配そうに顔を覗き込みます。  デルバートはひどく動揺しながらも、レオノーラの肩に手を置きました。 「っ、すまないっ、大丈夫だ。その、驚いただけだ。……嬉しくてな、つい……」  デルバートの言葉にレオノーラは息を飲む。  デルバートが少し緊張した面持ちで、でも真剣な顔ではっきりと言葉を続けます。 「お前は自軍を追い出されて困惑しているのに、ここへ来てくれた。そのことを叫びたいほど喜んでいる俺を許してほしい」 「デルバート様……っ」  レオノーラの顔がみるみる赤くなっていく。じわりと瞳が滲むと、デルバートの指がそっと目元をなぞりました。 「レオノーラ、俺からお前に願いたい。このまま俺の側にいてほしい」 「……私は、わたしは、……人間ですよ? しかも魔力無しで、この世界でもっとも無力です。その無力さゆえに、私はっ……」  レオノーラの震える声。言葉を続けられずに唇を噛みしめて視線が落ちていってしまう。  今、レオノーラが告白しようとしたのは自分の過去。初代イスラの父親とのそれでしょう。  当時の幼かったレオノーラにとってそれは生き残るための術、だから今まで淡々としていました。でもここにきて心に罪悪にも似た気持ちが生まれたのです。  でも、レオノーラの肩を掴んでいたデルバートの手に力が籠められました。そして。 「それは俺にとって些末な問題だ。お前は生きて、俺と出会ってくれた。それだけで充分なんだ。愛していると言っただろ」 「っ、デルバートさま……」  レオノーラの掠れた声。  デルバートが優しく笑いかけて、レオノーラの頬に涙が伝う。 「笑ってくれ。その方が嬉しい」 「……はいっ」  レオノーラが涙を浮かべて微笑みました。  それはとても不器用ながらも心からの微笑み。  レオノーラは肩に置かれたデルバートの手に手を重ねると、そっと頬を寄せたのでした。 「こんな奇跡のようなことが起こるんですね」  私は先ほどの出来事を思い出して感心のため息をつきました。  目の前には陽射しを受けてキラキラ輝く大海原。甲板には出航前の準備に忙しそうな魔族の兵士たち。  私は甲板の欄干に凭れて海を眺めています。  そんな私の右隣にはハウスト。彼も感心して頷きます。

ともだちにシェアしよう!