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第十章・幾星霜の煌めきの中で12
「レオノーラ様、どうされました? なにかありましたか?」
レオノーラとはつい先ほど別れたばかりです。それなのにどうしてここに……。
でも訊ねてもレオノーラは困ったように視線を彷徨わせています。しかも肩を落として落ち込んでいるようにも見えてしまう。
なにか困ったことがあるなら相談してほしいです。
私はレオノーラの手を両手で握りしめ、その憂いの顔を覗き込みました。
「大丈夫ですか? レオノーラ様、なんでも話してください。大丈夫ですから」
「…………すみません、突然来てしまって。驚かせましたよね、申し訳ありません……」
レオノーラが深々と頭を下げました。
慌てて私が慰めようとしましたが、その前に。
「レオノーラ、なにも謝ることはない」
デルバートがすかさず割り込んできました。
しかも、……ぐいぐい、ぐいぐい。私、さり気なくレオノーラの前から押しだされているんですけど。そのうえ、握っていたレオノーラの手をさり気なく横取りされました。
……なんなんですか、この人。
押しのけられた私はデルバートに若干引きましたが、そんな私の前でデルバートがキリッとした素敵な面差しをレオノーラに向けています。
「レオノーラ、お前はいつ来てくれてもいいんだ。もちろん理由は気になるが、話したくないなら無理に話さなくていい」
「優しい言葉をありがとうございます……」
「当然だ。お前のしたいようにしろ」
「デルバート様……」
レオノーラが恥じらうように目を伏せました。
そんなレオノーラの手を握ってデルバートは優しい面差し。
…………。
………………私、その優しいデルバートに押しのけられたんですけどね。
仕方ないので私はハウストの元へ。耳元でこそこそ話しかけます。
「あなたとクロードのご先祖様は分かりやすい方です」
「言うな。俺もそう思ってたんだ」
「あぶぅ~……」
ハウストが苦笑し、クロードもじーっとデルバートを見つめています。自分たちの先祖に若干引いていますね。
でも、デルバートが驚く気持ちは分かります。
だってレオノーラは今頃人間の陣営で出港準備をしているはず。二人は愛し合っていますが、レオノーラは四界大戦では剣を握ると決めていたのですから。
それなのに今、レオノーラが訪ねてきました。次に会うのは戦場だと思っていた相手なのでデルバートが驚くのは当然でした。
デルバートが見つめる中、レオノーラがおずおずと口を開きます。
「…………実は、イスラ様に追い出されました。イスラ様が、その……、……『魔王のところにでも、どこへでも行け』と……」
「えっ!?」
思わず声が出てしまいました。
驚いたのは私だけではありません。ハウストもイスラも目を丸めています。
でも一番驚いているのはデルバートで間違いないでしょう。
だって目を見開いて固まっています。……と思ったら首を横に振って、まるで『聞き間違いか?』と自問しているよう。しかし聞き間違いは嫌ですよね、本人も嫌だと思ったようで、しっかりレオノーラを見つめて確認します。
「レオノーラ、それは本当か? 本当にあの男が言ったのか?」
デルバートが慎重に聞き直しました。
固唾を飲むデルバートに、レオノーラが小さく……こくり。頷きました。
「っ!?」
瞬間、ガクリッ……。デルバートが片手で口を覆って膝をつく。衝撃の強さに立っていられなくなったようです。
「デルバート様っ?」
レオノーラが慌ててデルバートの横に膝をつき、大丈夫ですか? と心配そうに顔を覗き込みます。
デルバートはひどく動揺しながらも、レオノーラの肩に手を置きました。
「っ、すまないっ、大丈夫だ。その、驚いただけだ。……嬉しくてな、つい……」
デルバートの言葉にレオノーラは息を飲む。
デルバートが少し緊張した面持ちで、でも真剣な顔ではっきりと言葉を続けます。
「お前は自軍を追い出されて困惑しているのに、ここへ来てくれた。そのことを叫びたいほど喜んでいる俺を許してほしい」
「デルバート様……っ」
レオノーラの顔がみるみる赤くなっていく。じわりと瞳が滲むと、デルバートの指がそっと目元をなぞりました。
「レオノーラ、俺からお前に願いたい。このまま俺の側にいてほしい」
「……私は、わたしは、……人間ですよ? しかも魔力無しで、この世界でもっとも無力です。その無力さゆえに、私はっ……」
レオノーラの震える声。言葉を続けられずに唇を噛みしめて視線が落ちていってしまう。
今、レオノーラが告白しようとしたのは自分の過去。初代イスラの父親とのそれでしょう。
当時の幼かったレオノーラにとってそれは生き残るための術、だから今まで淡々としていました。でもここにきて心に罪悪にも似た気持ちが生まれたのです。
でも、レオノーラの肩を掴んでいたデルバートの手に力が籠められました。そして。
「それは俺にとって些末な問題だ。お前は生きて、俺と出会ってくれた。それだけで充分なんだ。愛していると言っただろ」
「っ、デルバートさま……」
レオノーラの掠れた声。
デルバートが優しく笑いかけて、レオノーラの頬に涙が伝う。
「笑ってくれ。その方が嬉しい」
「……はいっ」
レオノーラが涙を浮かべて微笑みました。
それはとても不器用ながらも心からの微笑み。
レオノーラは肩に置かれたデルバートの手に手を重ねると、そっと頬を寄せたのでした。
「こんな奇跡のようなことが起こるんですね」
私は先ほどの出来事を思い出して感心のため息をつきました。
目の前には陽射しを受けてキラキラ輝く大海原。甲板には出航前の準備に忙しそうな魔族の兵士たち。
私は甲板の欄干に凭れて海を眺めています。
そんな私の右隣にはハウスト。彼も感心して頷きます。
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