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第十一章・星の神話1

 レオノーラが魔族の船を出て三時間が経過しました。  私は旗艦船の食堂にたくさんの料理を並べます。もちろんお祝いの料理。  デルバートと初代イスラとレオノーラ、この三人のこれからをお祝いしたかったのです。  少し気が早いお祝いかと思いましたが、船の料理人にお願いして手伝わせてもらいました。 「完璧ですね」  テーブルの料理を見回して満足な気分。自画自賛でうんうん頷きました。 「たのしみだね~!」 「あぶっ、あー!」  ゼロスもワクワクしながらテーブルの料理を眺めています。  その隣にクロードもちょこんと座って拍手パチパチパチ。私が料理を作っている間、ゼロスがクロードと遊んでくれていました。 「もうちょっと待っててくださいね。レオノーラ様が帰ってきてからです」  きっと初代イスラも一緒です。  デルバートと初代イスラの会談後は皆で食事です。今夜も賑やかな夜になりそうですね。  でも……。 「……ちょっと遅いですね」  レオノーラが船を出たのはまだ陽が高い時間でした。  あれから三時間以上が経過しているのです。  初代イスラを説得していると考えても少し時間が掛かりすぎじゃないでしょうか……。 「ゼロス、クロード、外で待ちましょうか」  私はクロードを抱っこし、ゼロスと手を繋いで食堂を出ました。  無事に料理作りが終わったので、あとは全員揃うのを待つだけなのです。  甲板に出るとハウストとイスラとデルバートがいました。 「お疲れ様です。日が暮れてきましたね」 「ブレイラ、夕食の料理を手伝っていたそうだな。楽しみだ」  ハウストが私を見ると穏やかに目を細めました。  迎えられて私も笑いかけます。 「ふふふ、お祝いしたい気分だったので。ところでレオノーラ様はまだ戻ってきていないんですか? そろそろ戻ってきてもいいと思うんですけど」 「ああ、遅い。少し前にデルバートが迎えの兵を出した。そろそろ戻ってくると思うんだが」  ハウストはそう言うと孤島の森を見ました。  デルバートも森を見据えて険しい顔をしています。  帰ってきたらすぐ分かるように私も甲板で待っていましたが、その時。ドドドドドドドドドッ!! 砂煙をあげて馬が向かってきました。  魔族の兵士達です。しかも馬に怪我人らしき兵士を乗せていました。 「魔王様、急報です!! 魔王様っ、魔王様!!」 「どうしたっ、なにがあった!!」  血相を変えて駆け込んできた兵士にデルバートの顔が焦ったものになっていく。  戻ってきた兵士はレオノーラを迎えに行かせた兵士たちだったのです。 「報告します! レオノーラ様、以下護衛の兵士が何者かに襲撃されました! 生き残った兵士によりますと、攻撃を受けたレオノーラ様は攫われた模様。生死は……不明ですっ……!」 「なんだとっ……?」  デルバートは驚愕に目を見開きました。  信じ難い報告に動揺を隠し切れていません。 「今すぐ島全域を捜索しろ! 勇者、精霊王、幻想王にも急報をだせ! 急げ、今すぐだ!」  デルバートの命令に魔族の兵士たちが動きだしました。  甲板には怒号が飛び交い、張り詰めた緊張感に満ちていく。今までの明るい雰囲気は完全に消え失せました。 「ハウスト、レオノーラ様は大丈夫でしょうか……」  不安で胸が潰れてしまいそうでした。  目を閉じると、幸せそうに微笑んでいたレオノーラの姿が浮かぶ。  とても嬉しそうにデルバートと初代イスラのことを話し、これから変化していく関係に胸を高鳴らせていたのです。  そう、すべてはこれからでした。それなのにっ……。 「ハウスト……」 「ブレイラ、今は考えるな。最悪な事態が起きたわけじゃない」 「そうですね……。今はレオノーラ様を探す時。きっと見つかります」 「ああ、そうだ。大丈夫だ」  ハウストが私の頭に手を置いて、そっと肩に伏せさせてくれました。  私はハウストの肩に額をあてて目を閉じる。ゆっくり呼吸を整えて、不安な気持ちを落ち着けます。 「……私はもう大丈夫です。ありがとうございました。今はレオノーラ様を信じます。とても強い方ですから大丈夫ですよね」  私は顔をあげて言いました。  そう、大丈夫。レオノーラは魔力無しの人間ですがとても強いのです。特別な力を持っていなくても……。  …………特別な力を持っていない? ほんとうに?  魔力無しの人間はたしかに力を持っていません。でも一人、魔力無しでありながら力を手に入れた男がいます。それはゲオルク。ゲオルクは祈り石を製造して力を得ました。  胸がザワザワして、落ち着かない気持ちになる。  ゲオルクはたしかに死にました。祈り石だって破壊したのです。  それなのに焦りのようなものを覚えてしまう。 「……ハウスト」 「どうした」 「私たちは、なにか重大なことを見落としているんじゃないでしょうか」 「重大なこと?」 「はい。ゲオルクを倒し、彼が持っていた祈り石は破壊されました。今まで私たちは災いを退けたと思っていましたが……」 「まだ終わっていないということか」  ハウストは険しい顔で考え込みました。  私の考え過ぎならよいのです。でも思考を巡らせて、とある盲点に気付いてしまう。 「……ハウスト、……ゲオルクは、あの時ほんとうに……死んだのでしょうか」 「それはあの場にいた全員が見ていただろ」 「はい、その時はたしかに死にました。私も見ています。でもそうじゃなくて、もし、もし祈り石の力が発動したら……?」 「それはっ……」  ハウストの表情がみるみる変わっていきました。  そう、私たちは祈り石の人智を越えた力を知っています。ハウストもイスラもゼロスも、私が贈った祈り石の力によって命を救われたことがあるのですから。 「……ゲオルクは言っていました。祈り石は未完成だと」 「未完成だと? あれほどの力がありながら……」 「はい。かつてこの島に逃げてきた魔力無しの人間は祈り石を作りだしました。それは未完成でしたが四大元素の巨人を封じるほどのものだったそうです。そしてゲオルクがイスラと戦っていた時、自分が作り出した祈り石も未完成だと言っていました。きっとゲオルクの真の目的は祈り石を完成させること」  そう話しながら胸がざわつきだす。  この島へ来てからのことを一つひとつ紐解くと妙な違和感があるのです。 「ハウスト、……おかしいと思いませんか? 私たちは大きな嵐に遭いながら全員がこの島に流れ着きました。私とレオノーラ様にいたっては海中で呼吸ができたんです。それはきっと水の巨人によって誘われていたからだと思うんです」 「お前とレオノーラはこの島に呼ばれていたということだな」 「はい。そしてゲオルクは私たちが島に来ることを知っていたんだと思います。私たちを待ち構えるように島中に術が仕掛けられていましたから」 「ならばその理由は一つ、祈り石を完成させるため。完成させるにはこの島でなければならず、お前かレオノーラが必要だった。そういうことだな」 「そうです。ゲオルクは自分以外の魔力無しの人間が必要だったんじゃないでしょうか。ハウスト、早くレオノーラ様を見つけなければ」 「ああ、急ごうっ。デルバート、話しがある! 至急、他の王どももすぐに集めろ!」  ハウストはデルバートに声をあげました。  他の王たちを急いで招集してもらいます。私たちだけで片付けられる事態ではなくなりました。  急がなければなりません。もしこの予想が正解ならゲオルクは復活しています。そしてレオノーラを利用して祈り石を完成させようとしているのです。

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