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第十一章・星の神話2
◆◆◆◆◆◆
「ぅっ……」
レオノーラは重い瞼を開けた。
意識が重く混濁している。
でも少しずつ意識が浮上し、事態を思い出してハッと覚醒した。
ガバリッと起き上がって腹部に手を当てる。
「え、傷がない……?」
穴がない。塞がっている。
自分はたしかに背後から攻撃を受けて腹部に穴を空けた。大量の血が流れて落馬し、そのまま意識を失ったのである。それは死んだということだ。
でも今、怪我一つなく、それどころか血まみれの服でもない。純白のローブの衣装に着替えさせられていた。
しかし周囲を見回すとここは地下牢のような場所だ。
混乱するレオノーラの前に四つの光の球体が現われた。それは手のひらに乗るほどのサイズだが見覚えがある。そう、四大元素の巨人の光球だった。
「どうしてこんな物がっ……」
レオノーラは青褪めて後ずさりする。
巨人の恐るべき力は初代王たちにも匹敵するもので、こんな物に襲われればひとたまりもない。
「こ、来ないでください!」
レオノーラは腕を振り回して追い払おうとする。
しかし光球はレオノーラから離れることはない。
レオノーラは光球を恐れていたが……。
「…………」
どれだけ経っても光球が巨人化することはなかった。
目の前をふよふよ浮かんだままで、危害を加えてくることもない。そういえば、嵐の海で溺れていた自分を巨人が孤島へ連れてきたことを思いだす。
レオノーラは警戒しながらも光球を見つめた。
「……私に、なにか伝えたいことがあるんですか?」
ゆっくり話しかけた。
光球は言葉を返してくることはなかったが、肯定するようにその場から動かない。
レオノーラは困惑したが、少しして光球がフッと消えてしまった。それは逃げるように。
そして。
「――――同胞よ、目が覚めたか」
聞こえてきた声。
ハッとして振り返るとそこには死んだはずのゲオルクが立っていた。
「ど、どうしてここにっ、死んだはずじゃ……」
「それはお互い様というものだろう。生き返った気分はどうかな?」
「私が、生き返った……?」
レオノーラはごくりっと息を飲む。
そんなレオノーラにゲオルクは愉快そうに笑う。
「なにを驚くことがある。この奇跡こそ祈り石の力、我らの祈りは具現化するのだ」
「……私は殺されて、生き返った……」
「そうだ、君は私に殺された。隙だらけの背中だったよ」
「っ……」
レオノーラは唇を噛みしめた。
あの時、やはり殺されたのだ。人間の陣営まであと僅かな距離だった。イスラにデルバートの言葉を届け、そこから新たな人間と魔族の関係が始まるはずだったのだ。
レオノーラは震える指先を握りしめる。
「おのれっ……。許さない!!」
レオノーラはゲオルクに掴みかかった。
だが、ピカリッ。
光の衝撃波が走って弾き返される。
ゲオルクから放たれた力に驚愕した。
ゲオルクの手中に祈り石があったのだ。
「それはイスラ様に破壊されたはずじゃっ……」
「ああ、破壊されたよ。未完成だったとはいえ、まさか祈り石が破壊されるとは思わなかった。祈り石を破壊できるのは祈り石のみ。それを力で破壊するとは驚かされた」
ゲオルクは思い出して忌々しげな顔になった。
勇者は同じ人間だが、魔力無しの人間だからこそ憎らしい存在なのだ。
しかし今、ゲオルクが心底楽しそうな顔になる。
「もう一つ祈り石を隠し持っていて正解だった。この石が発動しなければ私が甦ることはなかったよ。だがね、一度殺されたおかげで私は分かったんだ」
「分かった……?」
レオノーラは訝しむ。
今のゲオルクは恍惚とした顔をして、一度殺されたというのに喜びすら感じたのだ。
「そう、祈り石の力をこの身に感じて確信した。勇者が人間でありながら特別な力を持っているように、我々魔力無しにも特別な素質がある。それは『器』という素質」
「うつわ……?」
「そうだ。我々は一切魔力を持たない空っぽの存在だ。しかしそれはどんな力も受容できるということ。我々の先祖ですら辿りつかなかった我々の真実。これこそが祈り石を完成させる方法だったのだ」
ゲオルクはそう言うとレオノーラを見る。
口元にニヤリとした笑みを浮かべて目を細めた。
その様子にレオノーラはゾワリッ、背筋が冷たくなる。嫌な予感を覚えて心臓の音がうるさい。
「……まさか、私を生き返らせたのはっ……」
「察しが良くて助かるよ。同胞よ、祝福しよう! 君こそ我らの悲願を叶える存在! 我々の復讐を果たすため、君こそが祈り石の完成体となるのだ!」
ゲオルクが高らかに言い放った。
そう、祈り石を完成させるためには魔力無しの人間が必要だったのだ。
ゲオルクはその為にレオノーラを手に入れたのである。
レオノーラは唇を噛みしめる。
逃げなければ。未完成の祈り石ですら凄まじい力を持っていたのだ。ここでこのまま器になって祈り石を完成させれば世界は深刻な危機に直面することになるだろう。ましてやその持ち主がゲオルクであるなどあってはならない。
レオノーラは神経を集中してゲオルクの隙を探った。
この牢獄の出口は一つ、ゲオルクの背後にある。問題は祈り石だが。
「っ、えい!!」
「うわっ!」
ドンッ! ゲオルクの腕に向かって体当たりした。――――カランッ……!! 祈り石が地面に落下する音。衝撃で転がり落ちたのだ。
「ど、どこへいった!! クソッ……」
ゲオルクが焦った様子で地面に落ちた祈り石を探しだす。
その隙にレオノーラは牢からでると、素早く祈り石を拾って逃げ出した。
「貴様、待てっ!!」
ゲオルクがすぐに追いかけてくる。
今はとにかく逃げなければならない。自分が捕まらなければ祈り石は完成しないのだから。
そしてゲオルクが生きていることを王たちに知らせなければ。
◆◆◆◆◆◆
私たちは初代王たちと合流し、孤島の中心へ向かっていました。きっとレオノーラはそこにいます。
そしてゲオルクは生きている。祈り石も存在している。
それは予想ですが限りなく確信に近いものでした。
私はクロードを抱っこし、ハウストと一緒にクウヤの背に乗っています。
イスラとゼロスはエンキの背に乗って走っていました。
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