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第十一章・星の神話4
「ここから逃げだすことは不可能だ。この孤島の城は我々同胞が身を隠すために建造した迷宮なのだから。レオノーラ、同胞の貴様がここに辿りつくのは必然」
ゲオルクが愉快そうな口調で言った。
レオノーラは祈り石を握りしめてゲオルクを睨みつける。
「祈り石は私が持っています。この石がなければあなたは何もできない!」
「それがどうした」
「え?」
レオノーラは困惑した。
ゲオルクに動揺した様子はなく、それどころか余裕すら感じさせたのだ。
「さあ、その石を渡しなさい。君が持っていても無意味だ」
そう言ってゲオルクがレオノーラに一歩近付いた。
一歩、二歩と近づくゲオルクにレオノーラはじりじりと後ずさる。
今、祈り石はレオノーラの手中にある。優勢な状況であるはずなのに追い詰められているような不安を覚えていた。
でもそれを振り切るようにゲオルクを睨みつけた。この祈り石は魔力無しの人間しか発動できない石である。ならば自分も発動することができるはず。
「っ、近づかないでください!」
レオノーラは祈り石をゲオルクの前に突きだした。
気丈に戦おうとするレオノーラにゲオルクは目を細める。
「それをどうするつもりだね?」
「あなたを倒し、この石を海に捨てます」
レオノーラはゲオルクを見据えて言い放った。
そして手中の石に祈る。
祈ることで魔力のような力を放ち、ゲオルクを倒すことができるはずなのだ。
だが。
「っ、……どうしてっ……、どうしてっ……」
レオノーラの焦りが強くなっていく。
祈っているのに、願っているのに、祈り石はぴくりとも反応しなかったのだ。
愕然とするレオノーラにゲオルクが声をあげて笑いだす。
「フハハハハハッ、これは愉快だっ。どうやら君の祈りは、我々同胞の祈りを越えるものではなかったようだ」
「え?」
「忘れたのかね、その石は復讐のために作られた石だということを。数多の人間が長い年月をかけて積み重ねてきた祈りの結晶。復讐することを最大の目的として作られた石だからだ」
「そ、それじゃあ……」
レオノーラは手中の祈り石を見つめた。
祈り石は魔力無しの人間たちが魔力に対抗するために復讐のために作られた石。
ゲオルクが祈り石を発動できたのは復讐に則っていたからという法則性がある。しかしレオノーラの祈りはそれとは真逆なのだ。
「そういうことだ。祈り石は魔力無しの人間の祈りによって発動するが、君一人の祈りで幾多の人間に太刀打ちできるはずがない。せっかくだ、いいものを見せてあげよう」
ゲオルクがそう言うと、レオノーラの手中にあった祈り石が光を放つ。
突然のそれに驚くも、今度は広間全体に魔法陣が描かれる。
「この魔法陣は……」
「ついてくるといい」
魔法陣が輝いて足元が震動する。
ズズズズズズッ……!
「わ、わあっ……」
突如、魔法陣から光柱が立ち上がり、レオノーラとゲオルクの体がまっすぐに上空に昇っていく。
そしてあっという間に広間の天井を越えて要塞の頂上へ降り立った。
「この場所は島の中心、っ……」
ビュオオオオオッ……!!
高所に突風が吹き抜けた。
レオノーラのローブが風にはためき、それを抑えながら地上を見渡した。
月明かりのない夜。島全体が夜の闇に塗り潰されたような黒。
その真っ黒のなかに点々とした松明の明かりが見えていた。
松明の明かりは隊列を組み、組織的な動きが見えている。まるで何かを探すかのように。
レオノーラはすぐに分かった。デルバートが自分を探してくれていることを。
「デルバートさま……」
この島のどこかにデルバートがいて、今自分を探してくれている。
それだけでレオノーラは心を強くすることが出来た。
レオノーラは祈り石を握りしめてゲオルクを見据える。
自分に祈り石を発動させることは出来なかったけれど、ゲオルクの手に渡ることだけは阻止しなければならない。
「どうして私をこの場所に……?」
ここは孤島の中心にある要塞。かつて魔力無しの人間が隠れ住んでいた場所だ。
迫害された魔力無しの人間はこの島で祈り石を作りだした。すべては復讐のために。
「祈り石を完成させる前に教えてあげよう。この島でなければならない理由を」
「それは祈り石を完成させるためではないんですか?」
「たしかに祈り石を作るのはこの島であることに意味がある。だがそれはここがかつての魔力無しの人間が隠れ住み、恨みを募らせ、祈り石を作るにいたった場所だからだ。まあ、これは感情の問題だね。昂れば昂るほど祈りの力も強くなるというもの。フハハハッ、感傷に浸ることも大事なことだ」
ゲオルクは楽しげに笑うと言葉を続ける。
「だから製造方法と自分以外の魔力無しの存在さえあれば島でなくても祈り石を完成させることができる。ではなぜ、この島か」
ゲオルクは勿体ぶるようにそこで言葉を切ると、この要塞の頂から島を、海を、世界を一望した。そう、まるで嘲笑うかのように世界を見下ろす。
「世界へ復讐するためだよ。ここ一帯の海底の地形は少し特殊でね、とても深い深い海溝があるんだ」
「海溝……」
海溝とは海底にある深い溝である。
海溝の深さは地上にある一番高い山脈がすっぽり入るほど深いものだった。
レオノーラは嫌な予感に青褪める。
そんなレオノーラにゲオルクはニタリと笑う。
「君に問う。海溝の一番底に穴を空けたらどうなると思う。巨大な穴だ、星の核に届くほどの、大きな大きな穴だよっ……!」
「っ、それは……」
レオノーラは衝撃に目を見開いた。
ゲオルクの復讐は信じ難いものだったのだ。
そう、それは――――星そのものの滅亡。
「そ、そんなこと不可能ですっ。できるわけがない……」
「不可能? 祈り石に不可能はない。それは君も身をもって知ったはずだ」
「っ……」
レオノーラは唇を噛みしめた。
そう、今こうして自分が生きている事こそ祈り石の力。未完成の石でありながら奇跡の力を発動させられるのである。
復讐のために作られた祈り石が完全な形で完成すれば、その力は星すらも滅ぼすことが可能だという。……否定したくても否定しきれない。
「……星を滅ぼせばあなただって只では済みませんよっ」
「それがどうした」
「え?」
「星が滅びるのだ、誰一人生き残ることはない。もちろん私を含めてね」
「あなたはっ……」
レオノーラは愕然とした。
星を滅ぼすことで世界のすべてに復讐するつもりなのだ。その『すべて』とは揶揄でもなんでもなく、そのままの意味で。
ゲオルクは夜の海を見渡して恍惚の表情を浮かべる。
「海溝に穴を空けたらどうなると思う? その穴からは星を形成する膨大なエネルギーが噴き出し、海底が割れて陸が海に引きずり込まれる。暴走したエネルギーは星の地殻を砕き、星に破滅的な破壊を齎すだろう。そして訪れるのは――――終焉」
終焉。
その言葉が重く響いた。
この星にはなにも残らない。すべてが破壊されて小さな生命すらも残らない。完全な死の星。まさに星の終焉。
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