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第十一章・星の神話6

「ブレイラ様……」 「レオノーラ様、会えてよかったです。ずっと心配していました」 「ご迷惑をおかけしました」 「そんなこと言わないでください。誰も迷惑なんて思っていません」  私はそう言うと体を横にずらしました。  するとレオノーラとデルバートが対面します。 「レオノーラ、無事でよかった」 「デルバート様、ご心配をおかけしました」 「ああ、心配したぞ」  デルバートが腕を伸ばしてレオノーラを抱き寄せました。  レオノーラはデルバートの肩に額を当ててそっと目を閉じる。それは僅かな触れあいでしたがレオノーラは顔をあげて微笑みます。 「デルバート様、ありがとうございます」  レオノーラはそう言うと、次は初代イスラを振り返りました。  初代イスラは無言のままレオノーラを見ていました。あれは意地を張っているだけですね、私には分かりますよ。そしてレオノーラにも分かっているようです。初代イスラを見つめるレオノーラの瞳は優しいものでしたから。 「イスラ様、ご心配をおかけしました」 「…………。……ああ」  初代イスラのぶっきら棒な返事。  たったそれだけですがレオノーラが嬉しそうに目を細めます。  こんな時だというのに、たったそれだけの光景に私は嬉しくなりました。今まで苦難の中で生きてきたレオノーラがようやく自分の望むままに生きられるのだと。  私はゲオルクを見据えました。 「ぐっ、おのれぇっ……! 同胞でありながら我らを裏切るなど、許されんっ……、許されん……!」  ゲオルクが真っ赤に染まった胸を抑えながらレオノーラを睨みつけます。  夥しいほどの血が流れて、このままいれば出血多量で死ぬでしょう。しかしゲオルクが持っている祈り石が光を放つ。  するとみるみるうちに傷が塞がりました。やはり祈り石によって甦っていたのです。 「これで終わったと思うなよ、力ある王どもよっ。いにしえの時代より続く我々の悲願は必ず達成される……!」  それはまるで呪いの言葉。  ゲオルクが集った王たちに憎悪を剥き出しにする。  いにしえの時代から積み重なった深い憎悪。飲み込まれそうな憎悪に祈り石の輝きが増していく。憎悪という祈りに反応しているのです。  しかしそんな憎悪を前にしながらもレオノーラが一歩前へ踏みだし、ゲオルクと対峙します。 「いいえ、あなたの悲願はここで潰えます。私たちの祖先が積み重ねた祈りという名の呪いも、すべて、すべてここで潰えるのですっ……!」  レオノーラが強い口調で言い放ちました。  同胞であるレオノーラの言葉にゲオルクが憎々しげに顔を歪めます。 「潰えるだと? 同胞だからこそ許されんっ……!」 「同胞だから止めるのです。同胞だからこそ、この呪いをここで止めなければなりません」 「なぜだっ、貴様は憎くないのか! 貴様だって自分の村を滅ぼされたはずだ!」 「そうです、私は村を滅ぼされました。祈り石の作成方法を伝承していたことで、村も村人もすべてを滅ぼされました」 「ならばっ」 「――――もし!」  レオノーラが声を張り上げる。ゲオルクの怒声を遮って続けます。 「もし、あなたが私の村が滅ぼされた話しをした時に、少しでも村人の命を惜しんでくれたなら、哀れんでくれたなら、悲しんでくれたなら、私は同胞としてあなたを理解したでしょう。いにしえの時代より積み重なる悲しみの祈りに心を寄せて、私自身も祈りを捧げたかもしれません。しかし、そうじゃなかった。あなたはあの時、死んでいった村人を誉れと言ったのです。ならば、その祈りは続いてはならないもの。今ここで潰えなくてはならないものなのです」  レオノーラはゲオルクをまっすぐに見据えて言いました。  ああレオノーラ様、あなたは……。  その姿に胸が切なくなる。レオノーラの言うあの時とは、あの広間での戦いの時、ゲオルクがレオノーラに祖先と祈り石のことを語って聞かせた時のことです。レオノーラの村は祈り石の伝承を受け継いでいたがために滅ぼされ、ゲオルクはそれを誉れだと言いました。  理不尽な悲しみの積み重ねによって祈り石が作られたというのに、祈り石に関わったがために起こった理不尽な犠牲。その犠牲を誉れと称したゲオルク。  それは矛盾でした。村を滅ぼされたレオノーラにとって同胞といえども許せるものではなかったのです。  しかしゲオルクはそれを理解できない。 「いったいなんの話しをしているっ! 祈り石のために死ねたなら、これほど誉れなことはない!」 「残念です。あなたが私を同胞と思ってくれていたように、私にもそういった気持ちがなかったわけではないので。でも、それはここで決別します。私は魔力無しの人間としてでなく、私の望むままに守りたいものを守ります」  レオノーラは強い口調で言いました。  ゲオルクの野望を打ち砕く。それが今のレオノーラの望み。 「ハウスト様、ブレイラ様を必ずお守りください! 祈り石を完成させるには、魔力無しの人間が器になることが必要なんです!」  レオノーラが教えてくれた完成条件。  その条件に息を飲む。ここで祈り石を完成させるなら私かレオノーラが必要だということでした。 「そういうことか。心配するな、ブレイラには指一本触れさせん」 「お願いします」  レオノーラが安心したように微笑みました。  でも厳しい面差しでゲオルクを見据えます。 「ゲオルクの復讐とは星の破壊。すべてを滅ぼすことです」 「すべてだと?」  デルバートが険しい顔になりました。  レオノーラが深刻な顔で頷きます。 「そう、言葉のとおり全てです。ゲオルクは祈り石を完成させ、海溝の底に穴を開けるつもりなんです!」 「海溝に穴……!?」  告げられた内容に衝撃が走りました。  海溝に穴を空けるということ、それは星そのものの破壊。 「そ、そんなこと出来るはずがっ……」  ないと続くはずだった言葉を続けられませんでした。  もし、もし祈り石が完成すれば、それは不可能なことではないと思えたのです。  私の動揺にオルクヘルムがニタリと笑う。 「そう、これは不可能ではない。ただの妄想ではなく現実的な復讐だよ!」  ゲオルクはそう言うと手中の祈り石を掲げる。  瞬間、ピカリッ!!  強烈な衝撃波が広がりました。 「ブレイラ!」 「っ、く……!」  クロードを抱きしめた私をハウストが咄嗟に守ってくれます。  ハッとしてイスラとゼロスを見て……安心しました。さすが勇者と冥王です。二人は咄嗟に防壁魔法を発動して無事でした。  といっても発動したのはイスラで、ゼロスは咄嗟にイスラの足にしがみ付いていました。 「おいゼロス、自分で防壁発動しろっ」 「だってあにうえがちかくにいたから~!」 「だからっていちいちしがみ付くな!」  こんな時だというのに二人のやり取りに苦笑してしまう。  イスラとゼロスが無事で良かったです。  私はゲオルクの祈り石を見つめました。  未完成とはいえ恐るべき力、ここに揃っている四界の王ですら警戒するほどの力です。

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