190 / 262

第十一章・星の神話8

「……恐ろしい石です」  ぽつりと呟いた私にレオノーラも青褪めて頷きました。  同じことを思っていたようです。これが魔力無しの人間の祈りによって作られたのだと思うと、私とレオノーラは複雑な気持ちが込み上げるのです。  でも。 「ブレイラ、レオノーラ、だいじょうぶ! ちちうえとあにうえはつよいから! おじさんたちもつよいし、だいじょうぶ!」  ゼロスは私たちを励ますように言うと、私とレオノーラに向かって小さな手を差しだしました。 「ぼくとおててつないでて。あいつやっつけるまで、ぼくがまもってあげるね!」 「ゼロス、ありがとうございます」 「ありがとうございます」  私とレオノーラはゼロスの小さな手と手を繋ぎます。  ゼロスは右手に私、左手にレオノーラ。そして私が抱っこしているクロードも一緒に守ってくれます。 「みんな~、がんばれ~! ぼくがこうしてブレイラとレオノーラをまもってるから、みんなはがんばれ~!!」  ゼロスが手を繋いだまま応援します。  この子は自分の役割りを分かっているのですね、私たちを守ることでハウストたちが安心して全力を出せるようにと。  繋いだ手をぎゅっぎゅっとして、私とレオノーラにニコッ、ニコッ、と笑いかけてくれて。だから私とレオノーラも安心してゼロスに笑いかけてあげます。  こちらは大丈夫ですよというアピールに、きっとハウストたちも喜んでいるはずで……。 「んん? なんであんな顔を……」  喜んでいませんでした。  戦いに集中しているので安心はしてくれているようですが、ハウストとデルバートは少しイラッとした顔になっています。  イスラと初代イスラは複雑な顔になっていて、なぜかオルクヘルムだけ面白そうに笑っている。こんな時だというのに、いったいなんなんですか……。 「ガハハハハッ、ガキってのはいいな! なあ魔王ども!」 「うるさいぞ」とハウスト。 「黙れ」とデルバート。  優勢の戦闘とはいえ、だからいったいなんなんですか……。  こうしている間にも初代王たちとハウストとイスラは戦闘の中でゲオルクを追い詰めていきます。 「ゲオルクと祈り石を引き離す! 勇者二人で祈り石を破壊しろ!」 「分かった!」  ハウストの指示にイスラと初代イスラが闘気を高めます。  ハウストとデルバートの連携でゲオルクに隙が生まれ、オルクヘルムの強力な一撃によってゲオルクが祈り石を手放しました。  この一瞬こそ最大の好機!!!!  イスラと初代イスラが強大な魔法陣を出現させました。  地上の魔法陣は初代イスラ、空の魔法陣はイスラ。  二人が出現させた魔法陣は祈り石を囲い、強烈な光を放って攻撃します。  ドドドドドドドドドドドドッ!!!! 「や、やめろっ、祈り石がっ……!!」  ゲオルクが悲壮な顔で叫びました。  凄まじい攻撃で祈り石に亀裂が走ったのです。  あと少し、あと少しでこの最後の祈り石を破壊できます。これさえ破壊すれば地上に祈り石は無くなります。  祈り石の製造方法も破棄すれば、世界は二度と終焉の脅威に晒されることはなくなるでしょう。  あと少し、少しっ……!  私は祈るような気持ちでその光景を見つめました。  でもその時、――――ピカッ!!!!  祈り石から強烈な閃光が放たれ、勇者二人の魔法陣を弾き飛ばす。 「っ、ゼロス、クロード……!」 「あう~っ」  猛烈な衝撃波に私は咄嗟にクロードを抱きしめます。 「ブレイラとレオノーラはちっちゃくなってて!!」  ゼロスが更に強力な防壁魔法を発動させてくれました。  冥王の防壁に守られていなければ私とレオノーラは粉々に吹き飛ばされていたことでしょう。  一瞬の出来事になにがなんだか分からない。  しかし視界に映った光景に息を飲む。  ゲオルクの頭上で祈り石が光り輝いていたのです。それは畏怖を抱くほどの神々しい光。 「おおっ、祈り石が応えてくれたっ……! これは私を認めてくれたのか!! レオノーラやブレイラよりも、私こそが相応しいということ!! 私の祈りこそが真実であると!!」  ゲオルクが恍惚とした顔で頭上の祈り石を見つめていました。  その異様ながらも神々しい光の光景に私たちは息を飲む。  ふいにゲオルクが私たちに向かって満面の笑顔を浮かべました。  光の下でそれはそれは幸せそうな笑顔。この場に不釣り合いなほど幸福そうな笑顔です。  もし今のような場面でなければ、絵本に出てくる幸福な好々爺の笑顔にすら見えるほど。  ゲオルクは笑顔のまま私たちに言います。 「みなさん、ありがとう。王たちよ、ありがとう。君たちが私を滅ぼそうとしてくれたおかげで、祈り石が私を認めてくれた。私こそが、先祖の祈りを具現化する最も相応しい存在だと認め、守ってくれた。ならば私はこの奇跡の石のために何もかも捧げよう」  ゲオルクはそう言うと頭上で輝く祈り石に恭しくお辞儀した。  すると、光を浴びていたゲオルクの体が眩しいほどの光に埋もれていく。 「ま、まさかっ……」  レオノーラが青褪めました。  そんなレオノーラにゲオルクが笑顔を向けます。 「そのまさかだ。祈り石はみずから私を選んでくれた。祈り石を完成させるのに必要なのは魔力無しの人間が器になること。忘れてもらっては困る。そう、私も魔力無しの人間だということを!!」  ゲオルクがそう言ったのと、祈り石の輝きが増したのは同時。  ――――パアアァァァァァッ!!!!  まるで太陽の光のように神々しい光が放たれる。  ゲオルクを中心にして光の魔法陣が出現しました。  複雑な古代文字で描かれたそれが瞬く間にゲオルクを飲み込んでいく。  私たちの目の前でゲオルクの体が光の球体となる。  もうそこにゲオルクはいませんでした。  あるのはゲオルクだったもの。そう、祈り石がとうとう完成したのです。  ゲオルクは自分と引き替えにとうとう祈り石を完成させました。  光の球体がふわりと浮かび、空中でぴたりっと止まる。そして。  ゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!! 「じ、地震っ……!」  地鳴りが響き、地面が震動しました。  最初は小刻みな揺れだったものが徐々に大きくなっていく。  轟々と風が強く吹きだし、夜の海も荒波で大荒れになって所どころに巨大な渦が発生します。  「あれがゲオルク自身だというなら、あの祈り石は海溝に穴を空けるつもりです。この世界を、星を破壊するほどの巨大な穴をっ……!」  レオノーラが光の球体を見つめて愕然と言いました。  こうしている間にも海は更に荒れて、島の海岸に巨大な高波が押し寄せています。それは島を飲み込んでしまいそうに恐ろしい。 「ブ、ブレイラ~……」  手を繋いでいたゼロスが少し怯えた顔になっています。  抱っこしているクロードも「あう~~」と私の胸にぴたりと顔を伏せました。 「ゼロス、私のところに」 「うん」  ゼロスが私の足にぎゅっとしがみ付く。  しがみ付いたまま周囲をきょろきょろ見回すも、天変地異のような異常な状態に怯えたままです。冥王として剣を握って戦うようになりましたが三歳であることに変わりはありませんからね。  クロードも赤ちゃんなのに泣かずによく頑張っています。

ともだちにシェアしよう!