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第十一章・星の神話9

「ブレイラ、無事か!?」 「ハウストっ……」  ハウストが私たちのところへ来てくれました。  こんな時でも彼の姿を見ると安心します。 「はい、ゼロスが守ってくれました。あなたもイスラも皆さんも無事で良かったです」 「ああ、だが」  ハウストが空を見上げました。  そこには完成した祈り石。  祈り石は輝きを増していき、それに応えるように海と風が荒れていく。 「ハウスト、ゲオルクの目的は復讐です。星を破壊することでゲオルクは人間、魔族、精霊族、幻想族、そのすべてに復讐を遂げるつもりなんです」 「海溝に穴を空けるつもりか。不可能だと言いたいが……」  祈り石を見据えているハウストの顔が険しいものになります。  不可能が可能になっていると、そういうことなのですね。 「ハウスト……」  ハウストは私の肩に手を置くと、召喚獣の巨大な鷹を召喚しました。  暴風のなかでも魔鳥の鷹は巨大な翼を広げ、私たちの前に降りて伏せてくれます。 「ブレイラとレオノーラはこれに乗っていろ。おそらくここは危険になる」 「分かりました。さあレオノーラ様」  私はクロードを抱っこしたままレオノーラと一緒に鷹の背に乗りました。  次はゼロスです。「あなたもこちらへ」と手を伸ばす。  でもゼロスは「うーん、うーん」と考えたかと思うと、私を見上げたまま首を横に振りました。こちらに来てくれません。 「ぼくも、あっちでたたかう……。あれ、とってもつよいかんじするの。ちちうえもあにうえもいるけど、ぼくもえいってしたほうがいいかとおもって……」 「え……」  言葉が出てきませんでした。  思わずハウストを見ると、彼が真剣な顔で頷きます。  その反応に全身の血の気がサアッと引いていく。  こういう時、いつもならハウストはゼロスを私の側に置いておくのです。それは私のためという理由だけでなく、まだ幼いゼロスを守るためのものでもありました。どれだけ強くなっても三歳のゼロスは未熟なのです。  でも今、ゼロスが赴くことをハウストは止めません。それはゼロスの冥王としての力が必要ということ。それほどに絶体絶命の危機的な状況だということ。 「ゼロス……」 「なあに?」  ゼロスがおずおずと私を見上げました。  大きな瞳が心配そうに私を見ています。私が不安そうな顔をしているので気にしてくれているのですね。  私は目を閉じて、ゆっくりと目を開く。  そしてゼロスをまっすぐ見つめました。 「待っています。ちゃんと帰ってきてくださいね?」 「い、いいの!?」 「はい、幼くともあなたは冥王。今その力が必要な時なのでしょう。ご武運を」 「ごぶうん! ぼく、ごぶうん!」  ゼロスの顔がパァッと輝いてぴょんぴょん飛び跳ねます。  でも次に召喚魔法を発動したかと思ったら。 「ブレイラ、おさかなさんもっててあげて。いっぱいみせてあげたいの」 「え……」  こんな時だというのに召喚したのは洞窟の小魚でした。ここへ来る前に元の場所へ召還したのですが、また水桶ごと呼びだしてしまいました。  クロードは指を差して「あーうー」と喜んでいるようですが……。 「ゼロス、お魚さんは元の場所に戻してあげましょう。きっと危ない目に遭わせてしまいます」 「ええ~っ、いっぱいみせてあげたいのに……」 「優しいですね、お魚さんも喜んでいますよ。洞窟で暮らしているお魚さんに外をたくさん見せてあげたいんですよね」 「うん、そうなの。おさかなさん、さびしいんじゃないかとおもって」  私は笑いかけていい子いい子と撫でてあげます。  ゼロスは小魚が洞窟で一人ぼっちだったのを気にしているのでしょう。この子は寂しがりですから、一人ぼっちだった小魚を放っておけなかったのです。 「大丈夫、このお魚はもう寂しくありませんよ」 「……ほんと?」 「ほんとうです。ゼロスとクロードがお友達になって、たくさん遊んだじゃないですか。お友達がいるんですから寂しくありませんよ」 「そっか、おともだちだから。……わかった。おさかなさん、またね。またあそぼうね」  ゼロスはそう言うと召還魔法を発動しました。  小魚が洞窟に帰ってからもゼロスは空っぽの水桶を見つめていました。でもおずおずと顔をあげます。 「おさかなさん、またあそべる?」 「また一緒に遊べますよ、きっと」 「うん、またあそべるね」  ゼロスは頷いて、「クロードもおさかなさんとあそべるって」とクロードに教えていました。  聞き分けてくれたゼロスに目を細めます。 「父上と兄上と一緒に頑張ってくださいね、ステキな冥王さま」 「ハイッ!」  元気な返事に私は頷くと、ハウストを見つめました。 「ハウスト、イスラとゼロスをお願いします」 「ああ」 「あなたもですよ? あなたも、ちゃんと無事でいてください」 「ああ、大丈夫だ」  ハウストはそう言うと手を伸ばし、私の頬をひと撫でします。  その指に頬を寄せる。僅かな触れあいのあと、ハウストがゆっくりと離れました。 「行ってくる」 「はい、待っています」  私がそう返すと、鷹が大きな翼を広げて飛び立ちます。  要塞の頂上から浮上して旋回する。見下ろすとハウストたちの姿が小さくなっていく。  離れるにつれて不安と心配で胸が締め付けられました。  そんな私にレオノーラが心配そうな顔をします。 「ブレイラ様……」  声を掛けられてハッとする。  辛いのは私だけではありません。レオノーラだって……。 「すみません、心配をかけました……。今は皆の無事を祈りましょう」 「はい」  私たちは頷きあう。  今は上空から見守ることしか出来ません。 「あぶっ、あーあー」  抱っこしているクロードがなにやら話しかけてくれます。  まるで励ましてくれているような口振りに小さく笑いかける。そうですね、今は信じて待つ時です。 「クロードも心配かけました。ありがとうございます。あなたも泣かずにいるなんて、さすが次代の魔王様です。一緒に頑張りましょうね」 「あいっ」  抱っこ紐のクロードをいい子いい子と頭を撫でてあげます。  小さな手で私の服をぎゅっと握りしめて真剣なお顔。赤ちゃんですが今が大変な時だと分かっているのですね。とてもかしこい子です。  こうして私たちは要塞の頂上で戦う王たちを見守りました。

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