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第十一章・星の神話10

◆◆◆◆◆◆  ブレイラたちを乗せた鷹が上空へと飛び立った。  安全圏へと下がったブレイラたちを見送り、ハウストとゼロスの顔つきが変わる。 「行くぞ、ゼロス。集中力を切らすなよ?」 「はい!」  ゼロスが大きな声で返事をした。  こうして二人もイスラのところへ足を向ける。  イスラは光球に身構えながらも振り返る。ゼロスをちらりと見下ろして鼻を鳴らした。 「ゼロスも来たのか」 「きた! ブレイラがいいよって!」 「そうか」  イスラは頷くとハウストを見る。  ハウストは無言で頷いた。  その反応にイスラも頷く。ブレイラのことは気になるが、今、自分たちが対峙しているものがどういうものかイスラはよく分かっている。 「ゼロス、油断するなよ?」 「わかった!」  ゼロスもイスラと並んで光球に身構えた。  ハウストやイスラに比べると経験不足は否めないが、それでも今は必要な力。それほどに完成した祈り石の力は凄まじいものだったのだ。  空中で輝く光球。  その完成した祈り石を囲むようにして、ハウスト、イスラ、ゼロス、デルバート、初代イスラ、オルクヘルムが戦闘態勢を取った。  固唾を飲む中、光球がゆっくりと浮遊移動する。そして海上でぴたりっと停止した。 「なにをする気だ? まさか……」  険しい顔になったオルクヘルムにデルバートが「そのまさかのようだ」と重く頷く。  海上で停止していた光球がゆっくりとした速度で降下を始めたのだ。  光球が海面に近付く。  すると、ズズズズズッ……! ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!  強大な力の圧力に押されて海に巨大な渦が発生した。  渦の中心を光球がゆっくり、ゆっくりと降下する。  降下するにつれて圧力で海の水が押され、光球を中心にして円柱状の空間ができるほどだ。  光球はハウストたちに反応することはなく、ただ海の底へと降下していく。 「このまま海溝の底を目指すつもりか。舐められたものだ」  ハウストは目を細めた。  ここには初代王たちだけではなく十万年後の四界の王もいるというのに、光球が攻撃を仕掛けてくる様子もない。  今、光球はまっすぐ海溝の底を目指している。  ならば今はそれを阻止する時。 「祈り石を破壊する。行くぞ!」  ハウストはそう言うと魔力を発動して体を浮上させ、光球を追って海に向かう。それにイスラとゼロスと初代王たちも続いた。  光球の通り道となった空間を降りて、海溝の底を目指す光球に追いつく。  ハウストとオルクヘルムとデルバートが大剣を出現させ、勢いに乗せて同時に一閃した。  だが、――――ガキイイィィン!!  圧の強さに大剣が弾き返される。光球に触れることすらできなかった。 「やはり無理か……」  ハウストが舌打ちした。  そんなハウストに変わってイスラとゼロスが光球に接近する。 「今度は俺たちがいく」 「ちちうえ、ぼくがんばるからみててね! あにうえじゃないひとも、いっしょにがんばろうよー!」 「弱い奴が俺に話しかけるな」  初代イスラが淡々と答えた。  そんな初代イスラにゼロスがプンプン怒る。 「コラーッ、そんなこといっちゃダメでしょ! それに、ぼくつよいし!」 「うるさいガキだな」 「おい、言い合ってる暇があるなら手伝え」  イスラが呆れた顔で言うと、初代イスラが舌打ちし、ゼロスが「はーい」と返事をした。  三人はイスラを中心にして魔力を発動する。  三つの攻撃魔法陣が重なり、一つの巨大な魔法陣になった。  二人の勇者と冥王の攻撃魔法が発動する。それは海中に稲光を走らせるほどの威力だったが。 「ええ~、ぼくたちがんばったのに~~!」  ゼロスがびっくりした声をあげた。  爆風が去って見えたのは、ゆっくり降下を続ける光球。傷一つついていなかったのだ。 「……まいったな。チビガキもいるとはいえ、ここにいるのは王ばかりだってのに」 「コラーッ、ぼくもおうさまでしょー! めいおうのゼロスです!」 「この時代では冥界じゃなくて幻想界、冥王じゃなくて幻想王だ」 「もう、またそんなこといってる。おじさんは~~」  ゼロスは腰に手を当ててプンプン言い返した。  その幼い子どもの反応にオルクヘルムはガハハッと笑う。明朗な様子はいつものものだ。  だが今、状況は少しずつ最悪の災厄へと近づいていた。  完成した祈り石は光球となり、海溝の底を目指している。ゆっくりと、ゆっくりと底に向かって降下している。  あれほどの攻撃を受けながら傷一つついていない。停止させることも、降下速度が遅くなることもない。  だがそれでも海溝の底に到達させることだけは阻止しなければならなかった。 「あ、うみのいろがかわった!」  ゼロスが周囲をきょろきょろ見回した。  光球が降下した所は円柱状の空間が海上まで続いているが、周囲に見えるのは海中の断面だ。  気が付けば一切光が届かない深海にきていた。  ゼロスは頭上を見上げる。  遥か空高くに鷹に乗ったブレイラが見えていた。とても小さな人影になっていて、自分たちがとても深い場所まで来たのだと分かる。 「ちちうえ、うみまっくろ! ブレイラがあんなにちっちゃい!」 「深海まで来たようだ」  ハウストはそう言うと遥か頭上のブレイラを見上げる。  安全な場所まで下がるように言ったのだが、ブレイラはここが気になって孤島から離れられないのだ。  といっても万が一の時、この星に安全な場所などないだろう。海溝に穴が空くとはそういうこと。  星のエネルギーが地上に溢れだせば制御は不可能だ。星は膨大なエネルギーの暴走に耐え切れずに破壊されるだろう。これこそが星の終焉。  ハウストはイスラとゼロスに目を向けた。  この場は緊迫した雰囲気に満ちているが、ゼロスがイスラのシャツをくいくい引っ張る。 「ねえねえ、あにうえ。しんかいってなあに?」 「海の深い場所ってことだ」 「ふ~ん、そうなんだあ」 「……お前、分かってないだろ」 「わかってるもん!」  ゼロスが焦って言い返した。……分かっていないようだ。  ハウストは二人の息子のやり取りに苦笑した。  この息子たちのやり取りはハウストにとって見慣れた光景だ。  頭上を見上げればブレイラとクロードがいる。クロードはまだ赤ん坊だが、ここにいればきっと気難しい顔をしてイスラとゼロスの会話に混じっていたことだろう。  ブレイラは……。 「ブレイラ……」  ハウストは頭上を見上げて小さく呟いた。  ここからブレイラの顔は見えない。だが、それでも今どんな表情をしているか想像がついた。 「イスラ、ゼロス」  ハウストが二人の息子に呼びかけた。  イスラとゼロスが振り返る。  いつにないハウストの様子にイスラは訝しんだ。 「なんだ、ハウスト」  イスラの緊張した面差し。  その反応にハウストは内心苦笑した。勘のいい勇者だと感心する。思えばイスラは幼い頃から聡明な勇者だった。  その隣でゼロスがきょとんとハウストを見ている。あれはなにも分かっていない顔だが、仕方ない、まだ三歳だ。だが三歳でもその存在は四界の王の一角を成すもの。  二人は勇者と冥王としてこの場で戦っている。しかし二人はハウストの息子だ。だから。 「万が一の時、お前たちはブレイラのところへ戻れ」  万が一の時、それは祈り石の海溝到達が免れない時。  想像したくもない瞬間だった。 「おいハウスト! 自分がなに言ってるか分かってるのか!」  イスラが声を荒げた。  当然だ。ハウストの判断は魔王ではなく父親としての判断だったのだから。  驚愕するイスラの隣でゼロスも目を丸めている。

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