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第十一章・星の神話12
「ハウスト、イスラ、ゼロス……」
そこで戦っている三人の名を呟きました。
どうか無事で帰ってきてください。
「レオノーラ様、なにか方法はないのでしょうか。なにかっ……」
「…………一つだけ方法があるかもしれません」
「え?」
レオノーラを振り返りました。
レオノーラは緊張した面持ちで話してくれます。
「私はゲオルクから逃げる時に祈り石を奪ったのですが、祈り石は私ではなくゲオルクに反応して力を発動させました。復讐のために作られた祈り石がゲオルクに呼応したからのようです。ゲオルクは自分の祈りの方が強いのだと言っていました。そして、祈り石は祈り石でなくては破壊できないとも」
告げられた内容に息を飲みました。
……これは賭けです。
祈り石の力を発動できるのは魔力無しの人間だけ。
ゲオルクは命と引き替えに祈り石を完成させて発動させました。
でもまだここに魔力無しの人間がいます。私とレオノーラが。
レオノーラ一人ではゲオルクに敵いませんでしたが、私と二人ならなんとかできるかもしれません。そう、ゲオルクが完成させた祈り石を私とレオノーラのものにするのです。
私はまっすぐにレオノーラを見つめました。
「レオノーラ様、行きましょう。私たちも海溝に」
「ブレイラ様……」
レオノーラが目を見張って私を見つめます。
でも真剣な顔で問うてくる。
「……いいのですか? とても危険な場所です」
「覚悟の上です。迷っている時間も惜しい」
「分かりました……」
レオノーラも緊張した面持ちで頷きました。
私も頷いて、でも次にはそっと笑いかけます。
「大丈夫です。私たち二人ならきっと、きっと上手くいきます」
「はい、ブレイラ様」
私はレオノーラと励ましあうと、鷹の背を優しく撫でました。
「聞いていましたよね、私たちを海溝に連れていってください」
「ピィッ……!」
鷹は心配そうな様子で鳴きました。
この巨大な鷹はハウストの使役獣なのでとても賢いのです。
「無理をお願いしているのは分かっています。でも私はハウストやイスラやゼロスを守りたいのです」
「ピイィ!」
鷹は甲高く鳴くと大きな翼を広げて旋回します。
そして最高速度で海面の穴へとまっすぐ飛び込んでくれました。
「ありがとうございますっ!」
「ピッ!」
鷹は風を切る速さで海溝を目指します。
急降下の飛行に飛ばされそうになりますが、クロードを強く抱きしめて鷹の背にしがみつく。レオノーラも必死にしがみ付きました。
でもその時、ピカリッ!! ドオオオオオオオオオン!!!!
海を塗り潰すほどの強烈な閃光が走って、次に凄まじい爆音と衝撃波に襲われました。
衝撃波に煽られますが鷹は踏ん張って耐えてくれる。
それはハウストたちの力の余波。まだハウストたちの姿は見えていないのに凄まじい力でした。しかし最奥に光が見えています。それは祈り石。
四界の王たちが強大な力をぶつけても祈り石を破壊することは叶わなかったのです。
そして間もなくして、穴の最奥から空に向かって光柱が立ち上がりました。
強烈な光柱。この神々しい光は覚えのあるものです。
「これは祈り石の力! ハウストっ、ハウスト……!!」
堪らなくなってハウストの名を叫びました。
今ハウストたちはどうしているでしょうか。お願いだから無事でいてくださいっ……!
「ブレイラ様、この光の真下に祈り石がありますっ。この光は祈り石の力、同じ魔力無しの私たちなら辿って降りられます!」
「っ、……分かりました。行きましょう」
私は重く頷きました。
このまま飛行していても間に合いません。
抱っこ紐のクロードをぎゅっと抱きしめました。
突然のそれにクロードが「あう?」と不思議そうに見上げてきます。
そんなクロードを見つめて笑いかけ、丸いほっぺを指で撫でてあげました。
「クロード、まだ赤ちゃんのあなたを一人にしてしまうことを許してください。大丈夫です、あなたにはとても強い父上と兄上たちがいるんです。だから大丈夫ですよ」
私はそう言うと抱っこ紐を外しました。
クロードはびっくりして「あぶっ!?」と慌てだしますが、手早くクロードと鷹を抱っこ紐で結びます。クロードが飛ばされないように、しっかりと。
「あいーあー! あぶぶっ! あぶぅっ、あーあー!!」
クロードが私に向かって声をあげます。
必死に私を呼ぶ声に唇を噛みしめる。
今すぐ抱っこしてあげたい。どこにも行きませんよと抱きしめて、小さな背中をトントンして慰めてあげたい。
でも魔族のクロードを一緒に連れていくことはできません。
「クロードをよろしくお願いします。どうか守ってあげてください」
私は最後にそう言うと鷹の背にゆっくりと立ち上がりました。
レオノーラも立ち上がって、私たちは顔を見合わせる。
覚悟はできています。
この海溝で王たちが命を賭けて戦っている。そこに身を投じることを恐れません。
「レオノーラ様、行きましょう!」
「はいっ!」
私とレオノーラは手を繋ぐと、鷹の背から祈り石の光柱に向かって一緒に飛びこみました。
◆◆◆◆◆◆
「わ、わあああああ!! ぼくだけとんでく~~!!!!」
ゼロスが衝撃波に吹っ飛ばされた。
光球に強力な攻撃を仕掛けたものの、弾き返ってきた衝撃波にゼロスは吹っ飛んだ。しかも光球から光柱が空に立ち昇って、ゼロスはもうなにがなんだか分からない。
「ゼロス!?」とハウスト。
「ゼロス、どこへ行く!!」とイスラ。
ハウストとイスラが気付いた時には遅く、ゼロスだけ強制的に戦線から遠ざかっていく。三歳の小さな体なので仕方ない。
いつものゼロスなら咄嗟に誰かにしがみ付くのだが、今回に限って誰も近くにいなかったのだ。
「とまって! とまって~! ああああああああああああっ、とまんない~~!!」
踏ん張って止まろうとするも勢いがつきすぎて止まらない。
このまま空まで飛んでいってしまうのだろうかと思われた、その時。
ピイイィィィィィィィ!!
鷹の甲高い鳴き声がしたかと思うと、――――ボスッ!!
「わぷっ!」
飛ばされていたゼロスの体がふかふかの温もりにぶつかった。
ゼロスは振り返ってびっくり顔になる。
「えええっ! クロード、どうしてここにいるの!?」
そう、そこにいたのはクロード。ゼロスがぶつかったのはハウストの使役する鷹だったのだ。
クロードはゼロスを見ると「うぅっ~」と黒い瞳をうるうる潤ませる。
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