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第十一章・星の神話13

「うっ、うぅっ、ああああああああああん! あああああああああああああん!」 「ああクロード、ないちゃダメっ。ないちゃダメでしょ?」  ゼロスは慌てて鷹の背に乗るとクロードをよしよしして慰めてあげる。  クロードがとっても大きな声で泣きだしたので、兄上のゼロスはよしよししてあげるのだ。  でもよしよししながら気が付いた。  クロードが抱っこ紐で鷹に結ばれている。落ちないようにぎゅっと、ぎゅっと強く結ばれている。そこにいるのはクロード一人で……。 「クロード、ブレイラは? ブレイラはどこにいるの?」 「ああああああん! ああああああああああん!」  ブレイラの名にクロードの泣き声が大きくなっていく。  その反応にゼロスは心臓がドキドキした。とても嫌な予感がするのだ。  だってブレイラはクロードが大好きなのだ。こんなところで赤ちゃんのクロードを一人にするはずがない。  でも今クロードは一人。もしブレイラがクロードをぎゅっと結んだのなら、そのブレイラは? ブレイラはどこ? 「ク、クロード、ブレイラは? ブレイラはどこにいるの!?」 「あーっ、あーっ! わああああああああああん!」  クロードが泣きながら指差す。  ぷるぷる震える小さな指が差すのは……光柱。 「ブレイラあそこにいるの……?」  ゼロスが震える声で聞いた。  クロードは泣きながら「あいっ、あいっ」と頷く。  ゼロスは青褪めた。ブレイラは光柱に飛び込んだのだ。 「ブ、ブレイラ~! ブレイラブレイラ! どうしてっ、わあああああああああん!!」 「ああああああん! ああああああああああん!」  ゼロスとクロードは大きな声で泣いた。  ダメなのだ。ブレイラはどこかにいっちゃダメなのだ。  ずっとゼロスたちの側にいてくれないとダメなのだ。  だから、だから、……ゼロスはぐいっと涙を拭った。ハンカチで濡れた顔をふきふきする。 「グスッ。クロードも、なみだふいて。なくのおしまい。……グスッ」 「あう~っ。グスッ」  クロードの顔もハンカチでふきふきしてあげる。  そして抱っこ紐を外してあげた。 「クロード、いまからブレイラのところいこ。ぼくたちでブレイラさがしにいこ」 「あいっ。グスッ」 「おんぶしてあげるから、こっちおいで」  そう言ってゼロスがクロードに抱っこ紐を装着させた。クロードも「あい、あい」と短い手足を動かして慣れた様子で装着に協力する。 「よし、これでだいじょうぶ! ブレイラはたたかえないから、ぼくたちがまもってあげようね!」 「あいっ」 「ブレイラはどっかいっちゃダメなの!」 「あいっ」  幼い二人は気合いを入れた。  ブレイラは光柱の中に飛び込んでしまった。この光柱は光球から立ち昇ったものである。ゼロスたちも今からブレイラを追うのだ。  ゼロスは鷹の背中をよしよし撫でてあげる。 「ぼくたちをしたまでつれてって。したのひかってるところ」 「ピイイィィ!!」  鷹は高く鳴くとゼロスとクロードを乗せて旋回する。  海溝を目指して猛烈な勢いで降下した。 「ブレイラ、まっててね! ぼくとクロードがいくからね!」 「ばぶっ」  ゼロスとクロードは前だけを見つめて海溝を目指したのだった。 ◆◆◆◆◆◆  光柱に飛び込んだ私とレオノーラは海溝の祈り石を目指していました。  光柱の中はまるで光のトンネル。海溝に向かってまっすぐ伸びています。その中を降下する私たちはというと……。 「不思議ですね……」  私は驚きを隠しきれませんでした。  だって降下する私たちの落下速度は自然落下のそれではなかったのです。  トンネルの外を見ると凄まじい勢いで降下しているのが分かります。だけど私とレオノーラはそれを感じていませんでした。  重力も風圧もなく、まるで無重力のなかをゆっくり降下しているのです。  これも祈り石の力なのでしょうか。おそらく私とレオノーラが魔力無しの人間だからなのでしょう。  ふと気付く、レオノーラの顔が強張っていました。 「レオノーラ様、大丈夫ですか?」 「すみません、少し不安になってしまって……」  レオノーラは視線を落として緊張した顔で口を開きます。 「私は一度祈り石を奪ったのに、ゲオルクの前で発動させることができませんでした。だから不安になってしまって……。ブレイラ様は祈り石を発動させたことがあるんですよね」 「私ですか? ……私自身に発動させたという意識はなかったんですが」  なんて答えればいいのでしょうか。  たしかに私が贈った祈り石によってハウストとイスラとゼロスの命が救われたことがあります。でも私は贈っただけで発動時に特別ななにかをしたわけではないのです。 「ブレイラ様、発動方法に思い当たることはありませんか? どんな些細なことでもいいので教えてください」 「え、えっと……、……まずハンマーとノミを用意します」 「え?」  ……そ、そんな顔で私を見ないでください。  でも思い当たることといえばハンマーとノミと、えーと……。 「……私の時代の祈り石は原石の状態なんです。原石を採掘しながら祈ってるだけで……」 「採掘しながら……ですか?」 「はい、採掘しながら……」 「祈り石は魔力無しの人間によって製造された物なんですけど、……採掘?」 「採掘、です……」  本当です、嘘じゃありません。私の時代の祈り石は洞窟にある鉱物なのです。この時代で人工物だったと知ってとても驚いたのですから。  私とレオノーラは複雑な顔で見つめあう。  でもレオノーラがおかしそうに小さく笑いました。 「採掘なら、たしかにハンマーとノミが必要ですね」  こんな時だというのに私もなんだか笑ってしまう。  でもおかげで緊張感が少しだけ緩みました。 「ふふふ、ほんと採掘ってなんなんでしょうね。でも本当にハンマーとノミで採掘してるんですよ? ハンマーを打ちながら『ハウストが浮気しませんように』とかいろいろ祈っています」 「え、祈りってそういうのでもいいんですか?」 「よく分かりませんが、いいんじゃないでしょうか。全部叶ってるので祈りは届いていると思います」  幸いにも採掘中に祈っていることは全部叶っています。  ハウストは浮気していませんし、イスラは旅に出ても頻繁にお手紙を送ってくれますし、ゼロスは北離宮でのいたずらが減りましたし、クロードはとっても可愛いですから。 「なるほど、祈りとは願いに近いものなのですね」 「そうですね、きっと希望のようなものです。ハウストとイスラとゼロスとクロードが守られますようにと、そう祈っています。非力な私ができることは少ないですから、せめてという気持ちです」 「その祈りは私も理解できるものです」  レオノーラの祈りは初代イスラやデルバートに向けたもの。私たち同じですね。 「ではブレイラ様、ブレイラ様自身の願いはないんですか?」 「私ですか。……そうですね、約束を守ることでしょうか」 「約束?」 「はい。私たちは血の繋がらない家族ですが、私はイスラとゼロスとクロードに約束しているんです。子どもたちが大人になって私の手が必要となくなるまで側にいると」 「素敵な約束ですね」 「ありがとうございます。イスラの親になると決意した時に約束したんです。ゼロスが誕生してからはゼロスとも約束して、クロードが私の子どもになった時にはクロードにも。ふふふ、最初はイスラ一人だったんですがいつの間にか三人に増えました」 「賑やかですね」  そう言ってレオノーラがクスクス笑いました。  きっとゼロスとクロードを思い浮かべているのかもしれません。幼い二人はこの時代でも随分お騒がせしましたから。  こうして私たちはおしゃべりを楽しみました。おかげさまで緊張が解けましたよ。 「レオノーラ様、私たちなら大丈夫です。今度こそ発動できます」 「はいっ」  そう、きっと大丈夫。だって私とレオノーラは同じ祈りです。  復讐のために作られた祈り石はゲオルクに呼応しましたが、でも二人なら、私たち二人ならっ。  海溝まであと少し。眼下の光が強くなっていく。  ハウストたちが祈り石の降下を食い止めようとしているけれど。  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!  大地の震動音が聞こえました。  それは祈り石が海底に接触し始めたということ。 「ああっ、ハウストっ! イスラ……!」  真下で繰り広げられる光景に息を飲む。  ハウスト、イスラ、デルバート、初代イスラ、オルクヘルムが祈り石に触れることもできず、圧倒的な力の重力に今にも圧し潰されてしまいそうだったのです。  絶望的な光景に私とレオノーラの祈りが重なり、私たちは真下に見える祈り石へ手を伸ばしました。

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