196 / 262
第十一章・星の神話14
◆◆◆◆◆◆
ゼロスが衝撃波で飛んでいってしまった。
ハウストは突然のことにゼロスを見送るしかなかったが、まだ幼い次男が偶然とはいえ戦線離脱してくれたことに内心安堵していた。
本当なら長男の方も……とイスラをちらりと見る。
だが、目が合ったイスラは不快そうに目を据わらせた。ハウストの内心を察したのだろう。
言葉にしなくても察しのいいことである。しかし察しは良くても叶えてくれる様子はない。
「ハウスト、俺を見くびるな」
イスラが不機嫌な口調で言った。
ハウストは苦笑する。
「そんなつもりはないが、そう思わせたか」
「俺はここから立ち去るつもりはない。四界の王の一人、勇者だからな」
イスラはきっぱり言うと、剣の切っ先を降下する祈り石に向けた。
光を放つ光球となった祈り石。それは光そのもののような神々しさで星を破壊し、世界に終焉をもたらそうとしている。今こそ四界の王が立たずしていつ立つのか。
「それもそうだ。お前の言う通りだ」
そう言うとハウストも大剣を構えた。
降下したまま止まらない祈り石を見据える。
初代王と当代王の力を重ねても祈り石を破壊することは叶わなかった。攻撃は跳ね返されて傷一つつけられていない。それどころか度重なる攻撃に祈り石からは光柱が立ち昇り、それが防壁のように祈り石を守っていた。
どんな強力な攻撃を受けても跳ね返し、淡々と降下を続けているのだ。
祈り石の海底到達まであと三十メートルを切っている。
ここで食い止めなければ海溝の底に達してしまう。海溝に穴が開くことだけは阻止しなければならない。
おそらく次が最後のチャンスになるだろう。
ハウストはイスラ、デルバート、初代イスラ、オルクヘルムに目を向けた。みなの魔力も体力も限界に近付いているがここにいる全員が気付いている。次の攻撃が最後だと。
「行くぞ」
ハウストが静かに言った。
その言葉に五人は祈り石を四方から囲んで魔力を高める。全身全霊、命を削る限界まで。
「放て!!」
祈り石が最も接近した瞬間、五人は一気に魔力を発動した。
強力な魔法陣が四方から祈り石を囲んで封殺しようとする。
しかし祈り石の降下は止まらない。
「ッ、まだだ! 押し戻せ!!!!」
降下する祈り石にハウストたちは封殺の魔力を畳みかけた。
無尽蔵ともいわれる膨大な魔力を放出して祈り石を破壊しようとする。
だが祈り石は嘲笑うかのように降下を続けた。触れることすら叶わないのだ。
そして。
「くッ、海底に接触するぞ!!!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!
大地から地殻を削る轟音が鳴り響いた。
とうとう祈り石が海溝の底に到達したのだ。
瞬間、五人の封殺魔法陣が衝撃にかき消える。
到達すると海底がクレーター状に凹み、ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリッ!!
固い岩盤を削るような凄まじい轟音があがった。
祈り石は海底に到達し、更に海底を削って星の核を目指しだしたのだ。そう、これは地殻を削られる音。
ハウストたちは祈り石と地殻の狭間でなんとか押し止めようとする。
しかし呼吸もままならない場所で祈り石の圧力に圧し潰されそうになっていた。
「ぐっ、ああああああああ!!」
祈り石に最も接近していたオルクヘルムが絶叫する。
王の強靭な肉体でなければ圧死している。でもそれでも封殺魔法陣を発動し続けた。
ハウストも初代王たちの力に合わせて更なる魔力を発動する。
「駄目だっ、ここで引くな! なんとしても止めろっ……! っ、くっ……」
ここで祈り石を止めなければすべてが滅びる。
見ると地盤には深い亀裂が走り、いつこの亀裂から地殻崩壊が始まってもおかしくなかった。
ハウストは視界の端にイスラを捉える。これ以上ここに置いておきたくない。
「イスラ、行け! ブレイラのところへっ……、はやくっ……!」
「ふざけるな! 俺を舐めるな!!」
イスラは怒鳴り返すと新たな封殺魔法陣を発動する。
ここで引けばすべてが滅びる。ハウストはだからこそブレイラの側へと言うが、イスラはだからこそ戦いたかった。それがブレイラを守ることだ。
イスラが魔力を振り絞ると、ふと別の魔力の援護が重なる。初代イスラだ。
初代イスラはイスラを振り返らずに祈り石を見据えている。そんな様子にイスラはニヤリと笑う。勇者の二人は圧し潰されそうになりながら前線に立ち続けた。
「っ、あいつめ……」
ハウストは二人の勇者の姿に舌打ちした。
言うことを聞かない長男だ。
「おい、大丈夫か」
ふとハウストは声を掛けられた。デルバートだ。
ハウストはデルバートをちらりと見るが祈り石に視線を戻す。
「問題ない。それよりどう思う」
「今ほど絶望的な気分になったことはない」
デルバートは祈り石を見据えて淡々と答えた。
星の破壊。それはすべての生命の終焉ということ。
「行くぞ。ここで諦めればすべてが終わる」
ハウストはそう言うと魔力を高める。すでに限界は超えていた。
気を抜けば信じたくない非情な現実に膝を屈してしまいそうになる。
だが、たとえ絶望的な状況であったとしても戦うことをやめるわけにはいかなかった。ここで引けばすべてが終わる。四界もブレイラも三人の息子も、すべてだ。
ハウストはデルバートとともに祈り石に接近した。
近づくにつれて凄まじい重圧に圧し潰されそうになったが。
「あれは、ブレイラ……?」
ハウストは息を飲んだ。
祈り石から立ち昇る光柱。その中にブレイラとレオノーラの姿が見えたのだ。
ここにいてはならない二人の姿にハウストとデルバートは驚愕する。
「なぜだ、どうしてここにいるっ……! ぐあっ!」
デルバートは二人の元へ向かおうとしたが弾き返された。
光柱には近づくことすらできなかったのだ。
ブレイラとレオノーラはまっすぐな面差しで祈り石を見つめていた。二人の様子にハウストはまさかっと嫌な予感を覚える。
「おいブレイラ、なにをするつもりだっ……!」
ハウストは声をあげた。
しかしブレイラには届いていない。
王たちが見守るなか、光柱の中のブレイラとレオノーラに動きがあった。
ブレイラとレオノーラが祈り石へと両手を伸ばし、二人がそっと包み込む。
王たちは触れることすら叶わなかった祈り石だが、祈り石がブレイラとレオノーラを傷付けることはない。魔力無しの人間によって製造された石は同胞を排除したりしなかった。
だからこそブレイラとレオノーラは決断したのだ。だが上手くいく保障はない。もしブレイラの身に何かあればっ……!
「ブレイラ! 待てっ!!」
ハウストは制止しようと近づいた。
跳ね返されるが怯まない。ブレイラをそこに置いておきたくない。
だがふいに、そんなハウストをブレイラが振り返る。
ブレイラはハウストを見ると目を細め、口を開く。
『だいじょうぶです。ひとりではありません、ふたりです』
口の形だけで伝えられたメッセージ。
ブレイラはハウストに向かって力強く頷いて、レオノーラとともに降下する祈り石を両手で包んでいた。二人は目を閉じて祈り石を鎮めるために祈る。
そう、二人はゲオルクの祈りを凌駕して祈り石を乗っ取るのだ。
二人の指の隙間から光が漏れている。強烈な神の光。しかし二人によって光は塞がれて、少しずつ、少しずつ光が弱くなっていく。
それは慰め。
幾千幾万の復讐の祈りが二人の手中で慰められていったのだ。
祈り石の降下がゆっくりになって、やがてぴたりと停止した。
そして、……ピシッ、ピシピシピシッ……! ――――パリーーーーン!!
ブレイラとレオノーラの手中で祈り石が砕けた。
そう、とうとう祈り石を破壊することに成功したのだ。
◆◆◆◆◆◆
神々しい光を放つ祈り石。
私とレオノーラが手中に包んだ途端、心のうちに流れ込んできた……怨嗟。
幾千幾万の慟哭が私とレオノーラに訴えてくる。我らは魔族を憎悪する。精霊族を憎悪する。幻想族を憎悪する。同族だからこそ人間を憎悪する。滅ぼせ、滅ぼせと訴えてくる。
それは深い深い悲しみでした。
ああ深淵の悲しみが憎悪となって、怨嗟が祈り石となったのですね。それが幾千幾万も積み重なって復讐の意志を宿してしまった。
頭の中を塗り潰すほどの怨嗟が襲いかかってきて、思考が深い悲しみに乗っ取られてしまいそう。
そう、祈り石が根源だったはずの悲しみを忘れて復讐に染まってしまったように。
一人なら取り込まれていたかもしれません。でもここには二人です。だから、だから手中に包みます。幾千幾万の悲しみの一つ一つに触れたいのです。悲しみを慰めたくて、ただただ手中に抱くのです。
そして、……ピシッ、ピシピシピシッ……! ――――パリーーーーン!!
私たちの手中で祈り石が砕けました。
根源の悲しみを慰めることで乗っ取り、復讐を砕いたのです。
私は手を重ねているレオノーラを見つめました。
ともだちにシェアしよう!