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第十一章・星の神話15

「レオノーラ様、お疲れ様です」 「ブレイラ様こそ」  レオノーラはそう言うと手の平を見つめました。  そこには砕けた祈り石の欠片が乗っています。  レオノーラはそれを静かに見つめました。 「ブレイラ様、祈り石とは悲しみの塊だったのですね」 「はい、悲しいから怒るのです。苦しいから恨むのです。祈り石とはその中で生まれたのでしょう」  祈り石を破壊したことで光柱が飛散する。黄金の雪が舞い落ちるように。 「ブレイラ!」 「レオノーラ!」  ハウストとデルバートが駆け寄ってきます。  その後ろからはイスラと初代イスラとオルクヘルムも。 「ブレイラ!」  ハウストが私をきつく抱きしめました。  抱きしめてくれる両腕からは愛おしさと困惑が伝わってきます。 「お前、なんのつもりでっ……」 「心配をかけてごめんなさい。祈り石は祈り石でないと破壊できないと聞いたのです。だからレオノーラ様と二人で」 「そんな理由でお前たちはっ……」  ハウストが憤ります。  でもハウストは私を抱きしめたままでいてくれる。私は彼の肩にそっと頬を寄せました。  ハウストの広い背中にゆっくり両手を回し、目を閉じてほっと息を吐きました。 「ごめんなさい、勝手なことをしました。どうか許してください」 「くそっ、お前のこういうところは直せ。即急にっ」  ハウストは苛立った口調で言いました。  でも私の輪郭を長い指がなぞり、顔を持ち上げられて唇に口付けられる。  私も口付けに応えながら返事をします。 「ご希望に副えるようにがんばります」 「…………いまいち信用に欠ける」  そう不審たっぷりな口調で言いながらも私に口付けをまた一つ。  角度を変えて何度も唇を重ねます。 「ひどいことを言いますね」 「前科がないとは言わせんぞ」  呼吸が届く距離で言葉を交わして、また口付けを交わしました。  惜しいのです。伝えたいことがたくさんあるのに触れあっていたい。たくさん触れあっていたいのに伝えたいことがたくさんある。呼吸する間も惜しいくらいに。  それは私たちだけではないようで、デルバートもレオノーラをきつく抱きしめていました。二人は言葉を交わしたりしていませんでしたが、離れまいとするように互いの背中に腕を回しています。  こうして私はハウストと言葉を交わし、次にイスラを見つめました。  ゆっくりとハウストの腕の中から離れてイスラへ手を伸ばす。 「イスラ、こちらへ来てください」 「ブレイラ、無事で良かった」  イスラが私の手を掴み、ゆっくりと引き寄せてくれる。そのまま私を抱きしめてほっと安堵の息をつきました。  私の耳をイスラのため息がくすぐって目を細めました。イスラにもたくさん心配させてしまいましたね。  私はイスラの背中を撫でてあげます。 「心配をかけてしまいました」 「……頼むから無茶するな」 「すみません、許してくださいね」 「許したくない」  きっぱりと言われて目を瞬く。  するとイスラに顔を覗き込まれます。いたずらっぽく細められた紫の瞳。 「いじわるですね」 「ブレイラほどじゃないだろ」  言い返されてムッとしてしまう。  でも分かっています。私には前科があると言いたいのですね。  そんな私にイスラは目を細めて、「無事でよかった」と私の頬に口付けてくれました。  私はくすぐったさに肩を竦めると、次は初代イスラを見ました。  いいのでしょうか。初代イスラもレオノーラに言いたいことがあると思うのですが。  ああ、オルクヘルムも同じことを思ったようです。からかうような笑みを浮かべたかと思うと、ガバリッ! 初代イスラの背後から勢いよく肩を組みました。 「おいクソガキ勇者、お前はいいのか? ん?」 「やめろ、この脳筋がっ。俺をあいつらと一緒にすんな」 「ガハハッ! 難儀な奴だなお前はっ!」  初代イスラは邪魔そうに腕を振り払おうとしますが、オルクヘルムの筋骨隆々の腕はがっしり掴んだままです。  その様子に笑ってしまう。  レオノーラも小さく笑い、目を細めて初代イスラを見つめていました。  こうして危機が去ったと誰もが思った時でした。  ――――ビキビキビキッ、ガキーーーーン!!  ふいに遠くで音が聞こえました。……足のずっとずっと下、深い地の底でなにかが割れる音です。 「この音は……?」  ざわざわと胸騒ぎがして落ち着きません。  ハウストたちも息を飲んで警戒しましたが、その時。  …………ドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!  地底から轟音が響いて地面が小刻みに震動します。断面に見える海流は激流のように荒れて、震動は徐々に大きくなってっ。 「あ、あれを見てください!」  私の全身から血の気が引いていく。  私が指差した先、そこは祈り石によって凹んだ海底です。分厚い岩盤を抉るように削り、深い亀裂がいたるところに走っている。  亀裂は今も増えて、深くなって、そしてっ……。 「まずいっ! 亀裂は地殻に達している!! さっきの音は地殻が断裂した音だ!!」  ハウストが焦った声をあげました。  その刹那、――――ドオオオオオオオオオオオオオオンッ!!!!  亀裂から青白い光が噴出しました。それは星のエネルギー。  そう、私たちは間に合わなかったのです! 「来るぞ! 塞げ!!!!」  デルバートが即座に防壁魔法を発動しました。  それに合わせてハウスト、イスラ、初代イスラ、オルクヘルムが強力な防壁魔法を発動します。  しかし、ドドドドドドドドッ、バリーーーーン!! 防壁が破られました。  噴出した星のエネルギーは四界の王といえども抑え込めるものではありませんでした。 「まだだッ、防壁を畳みかけろ! エネルギーを外に漏らすな!!」  防壁を突破されても新たな防壁を発動させる。噴出したエネルギーを暴走させれば星は破壊され、生き物は終焉を迎えます。だから必死に、必死に防壁を発動し続けました。  でもこれは無意味な時間稼ぎでしかありません。  エネルギーが猛烈な勢いで噴出して、瞬く間に王の防壁が突破されていくのです。  無限ともいえるエネルギー量は星を破壊して飲み込むほどのもの。  激しい噴出の衝撃で海底がガラガラと崩壊して穴へと落下していく。亀裂がますます広がって、そこから更に膨大なエネルギーが噴出していました。  少しでも早く亀裂を塞いで、海底の大きな穴を埋めなければなりません。穴は星の核まで届いてしまっているのです。でも。 「クッ、力が……!」  イスラが険しい顔で舌打ちしました。  ずっと戦い続けているのです。四界の王といえども体力と魔力を消耗していました。 「ああ、ハウスト、イスラっ……!」  限界が近づいている。それは私の目にも明らかな現実でした。 「ブレイラ様」  ふとレオノーラに呼ばれました。  振り向くとレオノーラは両手を合わせて佇んでいました。  手を見ると、レオノーラがゆっくりと両手を開きます。  そこには破壊した祈り石の欠片。 「レオノーラ様、それはさっきの」 「はい、破壊した祈り石の欠片です」 「レオノーラ様……?」  どうして今それを……。意味が分かりませんでした。  しかしレオノーラは祈り石を手にしたまま淡々と言葉を紡ぐ。 「星の核に届くほどの穴が開けられたのは祈り石だからですよね。ならば、祈り石なら塞げるんじゃないでしょうか」 「理屈は分かりますが、それはもう壊れていますよ!? ……まさかっ」  ごくりっと息を飲みました。  だって、だってその選択はっ……。  緊張に強張る私を見つめてレオノーラが言葉を続けます。 「私はもう一度祈り石を完成させようと思います」 「ま、待ってください。祈り石を完成させるということは、祈り石そのものになるということですよ!」 「承知しています。でも今それ以外に方法はありません」 「そんなっ……」  動揺する私にレオノーラが少し困ったように、でも優しく微笑みました。  そしてエネルギーの噴出を食い止めようとしている王たちを見つめて言葉を紡ぐ。 「不思議ですよね、みな命懸けで守ろうとしています。四界大戦は私が生まれる前からずっと続いていて、今まで多くの人間が殺されました。人間だけではありません、魔族、精霊族、幻想族、多くの人が殺しあって血を流したんです。でも今、崩壊する星の前で一つになっています。一つになって命懸けで星を守ろうとしている」 「十万年後の私の時代、四界の王はそれぞれの世界を守っています。王はすべての同胞の保護者です」  そう、四界の王の役目は世界を守ること。  歴代王の中には暗君もいましたが、それでも玉座に座ることで世界を安定させていたのですから。  そして私の時代の四界は歴代屈指の王によって統治されている時代。恵まれた時代といえるでしょう。  私の言葉にレオノーラが淡く微笑みます。 「素敵ですね、きっとそれが王の本質なのかもしれません。王とは民の保護者、私の時代の王たちも素敵な保護者となるでしょう」  レオノーラはそう言って初代王たちの姿に目を細めます。  とても誇らしげな優しい顔で見つめていて、だから私は困惑してしまう。  でもレオノーラは初代王たちに呼びかける。

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