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第十一章・星の神話19
◆◆◆◆◆◆
――――十万年前、初代時代。
ピカリッ!!
上空で眩しいほどの光が放たれた。時空転移魔法陣の発動である。
「行ったか……」
オルクヘルムは海底から空を見上げて呟いた。
光が消失し、空に展開していた魔法陣もかき消えた。そこにあった六人の気配も。
そう、ブレイラ、ハウスト、イスラ、ゼロス、クロード、ジェノキスは十万年後の自分たちの時代へ帰ったのだ。
時空転移魔法陣の先には十万年後の世界があるはずだ。いや、あらねばならない。この初代時代は終わらない、続かせるのだ。だから十万年後の時代も存在するのである。
「……限界が近いようじゃ」
そう言ってリースベットは舌打ちした。
防壁魔法陣に亀裂が走っている。噴出するエネルギーを抑えきれなくなっていた。
限界が近いが今はその限界まで待つ。リースベットもオルクヘルムも静かにレオノーラを見守りたかったのだ。
レオノーラはブレイラ達を見送ると、ゆっくり視線を下げて初代イスラとデルバートを見つめた。
初代イスラは睨むような顔をしているがレオノーラは困ったように微笑んだ。こんな時でもレオノーラのそれはいつもの反応である。
そんなレオノーラに初代イスラはやりきれない怒りを露わにする。
「……っ、なにを笑っている! お前は、お前は……!」
「イスラ様」
レオノーラが優しい声色で呼びかけた。
奥歯を噛みしめる初代イスラに目を細める。
「イスラ様、ありがとうございます。その怒りは私のためのもの、嬉しいと思ってしまう私を許してください」
「っ、……」
初代イスラは奥歯を噛みしめて黙り込む。握りしめる拳は震えていた。
そんな初代イスラの拳にレオノーラがゆっくりと両手を伸ばす。拳を両手でそっと包み込んだ。
初代イスラが握られた手を振り払うことはなく、そのことにレオノーラは嬉しそうに微笑する。
「イスラ様、お世話になりました。たくさんのご迷惑をかけましたが、一緒にすごした時間は私にとって尊い日々でした」
「……尊いだと? 俺は、お前になにもっ……」
「イスラ様のお側にいられることが嬉しかったんです。イスラ様がいたから私は生きようと思ったんです。あなたは私の生きる意味でした」
それがレオノーラの初代イスラへの真実。
レオノーラは初代イスラが可愛くて仕方ない。たとえ親の仇の子どもであったとしても、心から愛おしい子ども。
「イスラ様、わたしはあなたを愛しています」
レオノーラは誓うように言葉を紡ぐと、初代イスラの拳に唇を寄せた。
初代イスラの硬い拳に口付けて、その切なる気持ちを伝えたのだ。
そんなレオノーラに初代イスラは堪らない気持ちが押し寄せる。次の瞬間、きつく抱きしめた。
「ッ、レオノーラ、レオノーラ……!」
「イスラさまっ……」
レオノーラが目を丸めた。
突然のそれに驚きが隠し切れない。
だって初代イスラに抱きしめられている。名を繰り返し呼ばれて抱きしめてくれている。
「イスラ様、あなたは私のすべてですっ……」
「お前はバカな奴だっ。バカな奴だ……!」
「ひどいですね」
レオノーラは涙を浮かべて微笑んだ。
この温もりを忘れることはない。たとえ体を失くしたとしても心に刻まれている。
レオノーラは初代イスラを見つめたままゆっくりと手を離させた。
「イスラ様の幸福をお祈りしています。どうか守られますように」
レオノーラは静かに祈った。大切なイスラのために。
そして次にデルバートを見つめた。
「デルバート様」
名を呼ぶと、――――モミモミモミ。
レオノーラがデルバートの眉間をモミモミした。
デルバートが怖い顔をした時はこうすればいいとブレイラに教わった方法だ。こうすると眉間の皺が浅くなって優しい顔をしてくれるのだ。レオノーラが愛した顔である。
でも今、怖かった顔が困ったようになって、次には悲しそうに歪んでしまう。
「デルバート様、そんな顔しないでください」
「誰のせいだっ……」
デルバートが低い声で言った。
怒りを帯びたそれにレオノーラは困惑してしまう。
こんなに悲しそうに怒るデルバートは初めて見たのだ。
デルバートは人間にとって敵だったがレオノーラにはいつも優しかったのだから。
レオノーラの視線が落ちそうになったが。
「うっ……」
唇が乱暴に塞がれた。それは奪うような口付け。
俯きそうになった顔を強引にあげさせられて唇を塞がれたのだ。
でも今、レオノーラを見つめるデルバートの瞳には悲嘆がいっぱいに満ちている。
二人は見つめあったまま唇を離す。デルバートは指でレオノーラの濡れた唇をゆっくりとなぞった。
「レオノーラ、お前は酷い奴だっ……。この唇で俺を愛していると言うくせに、俺に何も残さないっ……!」
恨みがましげにデルバートは言った。
レオノーラは切なげに目を細める。
レオノーラは何も言い返せなかった。まったくその通りだからだ。
「ごめんなさい、デルバート様。私はあなたに与えてもらってばかりなのに」
「まだだっ、俺はまだ与えたいものを与えていない。俺はお前にもっと穏やかな時間を与えたかったんだっ。朝起きて、食事をして、好きな書物を読んで、気ままに散歩へ行って、暗くなったら眠る。ただそれだけの時間。剣を握って戦うこともなく、ただ平穏な時間だけが過ぎていく。お前に最も似合うものだ」
「ありがとうございます。でもそれはとっくに頂きました。デルバート様に匿われていた水車小屋の日々を忘れたことはありません」
「駄目だ、一ヶ月は短すぎる。お前はもっと俺に甘えるべきだった」
「デルバート様の懐深い寛大さにたくさん甘えさせていただきました」
「足りないっ。お前は俺にもっと抱かれて、口付けられて、抱き締められるべきだったっ……! 足りない、足りないんだっ!」
デルバートは必死に言い募った。
まるで縋るようなそれにレオノーラは目を細める。
「デルバート様、あなたは私に恋愛の喜びを教えてくれました。特別な時間を過ごして、幸せなひと時に酔いしれる。そんな夢のような時間を与えてくれました」
「夢じゃないっ、現実だ! お前は俺ともっと愛しあうべきだった!」
デルバートは声を荒げた。
しかし悲嘆のそれは深い悲しみに満ちている。
胸に迫るようなそれにレオノーラの瞳に涙が浮かぶ。
「デルバート様、……私を抱きしめてください」
即座に抱きしめられた。
瞬きよりも早く、呼吸を忘れるほど強く。
レオノーラは驚いて目を瞬いたが、微笑んでデルバートの肩に頬を寄せる。そして長い長いため息をついた。
「ああ、やっぱり夢のようです……」
幸せな温もりに胸がいっぱいになる。
胸が痛いほど高鳴っているのに、ふわふわした夢のような心地。それは生まれて初めてのもの。
レオノーラは目を閉じて甘い温もりに身をゆだねる。
「デルバート様、あなたは私が生まれて初めて恋した方です。初めてだったのでうまく出来なくて、あなたを困らせたこともあったでしょう。許してくださいね」
「レオノーラ……」
「あなたを愛しています。だからどうか、どうか私のことを忘れないでください。私のことをずっと愛していてください」
レオノーラはデルバートの腕の中でワガママを口にした。
それは恋人同士が睦言で交わしあう他愛ないもの。レオノーラが口にした、生まれて初めての自分のためのワガママ。
「これから先、あなたは多くの素敵な方と出会います。体を重ねることもあるでしょう。それは構いません。しかし、愛しているのは私だけでなければいけません」
「約束しよう。俺のすべてはお前のものだ」
「ありがとうございます。あなたが守られますように」
レオノーラは静かに祈った。大切なデルバートのために。
そんな幸せの余韻を抱きしめて、ゆっくりとゆっくりとデルバートから離れた。
もう防壁魔法陣の限界はすぐそこまで来ている。
運命の時を迎える前にレオノーラは四人の王に一つのお願いをしたい。この星を守るために必要なお願い。
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