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第十二章・三兄弟のママは神話を魔王様と1
十万年前から帰ってきて十日後。
この時代の魔界は初代時代が嘘のように穏やかな時間が流れています。
十万年前から帰ってきたばかりの時は穏やかな懐かしさを胸いっぱい感じて不思議な心地でした。
今、私はクロードと植物園のサロンにいます。
クロードの小さな体を膝に乗せて絵本を読んでいました。
「あぶっ。あうー、あーあー」
クロードがなにやらおしゃべりしながら絵本のネズミを指差します。
どうやら私に絵本を説明してくれているようですね。
「なるほど、そういうことでしたか。クロードはよく知っていますね」
「あいっ」
クロードが誇らしげに鼻を鳴らしました。
もちろん赤ちゃんなので何をおしゃべりしているのか分かりませんでしたが、いいのです。クロードがとても一生懸命おしゃべりしてくれたので。
いい子いい子と頭を撫でてあげるとクロードはますます張り切って絵本の解説を始めてくれました。
私はクロードのおしゃべりを聞いていましたが、ふとサロンにハウストが入ってきます。
「ここにいたのか」
「お疲れ様です」
私は立ち上がって出迎えようとしましたが、「そのままで」とハウストの方からこちらへ来てくれます。
抱っこしているクロードが「あぶっ、あー」とハウストを指差しました。『ちちうえきた』とでも教えてくれているのでしょうか。
十万年前から戻ってきてから以前よりも意思表示が増えて、好奇心のままに動き回るようになりました。ワガママされることもありますがこれも成長なのでしょう。
「ハウスト、今日の体調はいかがですか?」
「問題ない。魔力も体力も戻っている」
「良かった。帰ってから最初の五日間はずっと眠っていたので心配していました」
ほっと安堵しました。
そう、私たちは十日前に十万年前から帰ってきました。しかしハウストとイスラとゼロスはひどく疲弊していて、帰ってきてから最初の五日間は昏々と眠りつづけたのです。
当然でした。最後の孤島での戦いの時、三人とも魔力と体力を限界まで消耗していました。しかもハウストは時空転移魔法陣に膨大な魔力を使っていたので限界を超えていたといっても過言ではないでしょう。
目覚めてからも休養を必要とし、ようやく今日から政務に復帰したのです。
「お茶を淹れますね。少し休憩してください」
「ああ、頼む」
「はい、美味しいのを淹れます。クロードをお願いしますね」
私は抱っこしていたクロードをハウストに渡しました。
ハウストはクロードを抱っこしてソファに座ります。するとクロードがハウストの腕をよじ登ろうとして阻止されていました。
「やめろ、クロード……」
「あうー、あー!」
「なんでお前が怒るんだ……」
私はそんなハウストとクロードの様子を眺めながら紅茶を用意します。
用意する数は私を含めて四人分、もうすぐ政務を終えたイスラと剣術のお稽古を終えたゼロスがやって来ますからね。クロードにはミルクを用意してあげましょう。
私はお菓子を用意してハウストのところに戻りました。
「どうぞ。クロードはこっちをどうぞ」
「あいっ」
哺乳瓶を受け取ったクロードが自分でミルクを飲み始めました。飲みやすいようにソファでごろんっと仰向けになります。
「ちゅちゅちゅちゅっ」
「一人で飲んでくれるのは助かるが……態度がデカいな」
「ふふふ、クロードも自分で出来ることが増えてきました。それに赤ちゃんはちっちゃいので態度が大きいくらいが丁度いいですよ」
ソファに寝転がって自分で勝手にミルクを飲み始めた赤ちゃんの姿。これを見るとハウストは若干引きますが、これが成長というもの。こうして哺乳瓶でミルクを飲む姿ももうすぐ見られなくなります。
「午前中の政務はどうでしたか?」
「……思い出したくない」
ハウストが渋面になってしまう。
ずっと十万年前に行っていたので、その間の政務が溜まっていたのです。フェリクトールがフォローしてくれていましたが、ハウストが直接処理しなければならない政務がたくさんありますから。
ふとサロンの扉がノックされ、女官にイスラとゼロスが来たことを知らされました。
「ブレイラ、入るぞ」
イスラがサロンに入ってきました。
一緒にいたゼロスも「ぼくもいるよ」とイスラの足元からぴょこんと顔を出します。
「二人ともお疲れ様です。二人も今日から政務やお稽古でしたから大変だったでしょう」
「ちゅちゅちゅ、あーうー、ちゅちゅちゅ」
ミルクを飲みながらイスラとゼロスを指差しています。『あにうえきた』と教えてくれているようですね。
「二人もこちらにどうぞ。紅茶を用意します」
「ブレイラ、ありがとう」
「やった~! おやつだ!」
二人の紅茶とお菓子も用意してあげます。
イスラはストレートの紅茶を、ゼロスにはミルクたっぷりのもの。ゼロスのはほとんどホットミルクなのですが、ゼロスも父上や兄上と同じ紅茶を飲んでる気分なのです。
そんな中、クロードがむくりっと起き上がりました。どうやら飲み終わったようです。
「あーうー、ばぶぶっ」
「よく飲めてえらかったですね。はいはい分かってますよ」
クロードが兄上たちを指差して、私に「あいっ」と両手を差しだしてきます。
分かっています、兄上たちのところに連れていけというんですね。
私はクロードを抱っこして、イスラとゼロスが座っているソファに置いてあげました。
この子は赤ちゃんながら兄上たちと肩を並べているつもりなのです。
ゼロスも隣にちょこんと座ったクロードにお兄さんぶります。
「クロード、ミルクのみおわったの? おかしたべる?」
「あい」
「じゃああかちゃんのおかしね。クロードはビスケットにしなさい」
「あうー。あいっ」
「あっちのがいいの? もう、しかたないなあ」
ゼロスが赤ちゃん用のクッキーを取ってあげていました。
二人並んでお菓子を食べる姿は可愛いですね。
私は幼い二人に目を細めて、次にイスラを振り向きます。
「イスラ、今日からの政務お疲れさまでした。お仕事溜まっていたんじゃないですか?」
「復帰初日だったからな、やっぱりそれなりだ。でも今からもっと大事なことがある」
イスラが真剣な顔で言いました。
その言葉に私もハウストも重く頷きます。
今日、午後から魔界に精霊王フェルベオとジェノキスが来訪することになっていました。
それというのも、この時代に帰ってから時空転移魔法に使用した禁書の白紙ページに大量の文字が浮かび上がったのです。
それはリースベットの細工でした。私たちが帰ってからの初代時代の出来事が禁書に記されるようにしていたのです。
レオノーラ様……。
私は手を見つめました。
十万年前、私はたしかにレオノーラと手を繋いでいたのです。私にとってつい十日前のことですが実際は十万年前の出来事。
今、私たちがこうして世界に生きているということは、十万年前にレオノーラが祈り石になったということでした。
「ブレイラ、大丈夫か?」
ふとハウストが聞いてきました。
心配そうな口調に苦笑してしまう。
初代時代から帰ってきてから彼はなにかと私を気にかけてくれるのです。
「ありがとうございます、私は大丈夫ですよ。……そろそろ行きましょうか、時間です」
私はゆっくり立ち上がりました。
レオノーラの最後の姿を思い出すと胸が締めつけられるけれど、初代時代の出来事は目を逸らしてはいけないことなのですから。
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