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第十二章・三兄弟のママは神話を魔王様と2
魔界の広間。
そこには今、魔王ハウスト、精霊王フェルベオ、勇者イスラ、冥王ゼロスが揃っていました。
他にも魔界からはフェリクトールや禁書の研究に関わった研究者や士官たち、精霊界や人間界からもそれぞれ研究者や専門家が参加しています。もちろん最後の禁書を預かるイスター家当主ジェノキスも参加しています。
この場においてジェノキスの存在は大きな意味があります。彼は初代精霊王リースベット本人から禁書を受け取ったのですから。
「魔王殿、勇者殿、冥王殿、十万年前から無事に帰還したことを改めてお喜び申し上げる。十万年前のことはあらかたジェノキスから聞いている」
フェルベオがにこやかな笑顔で言ってくれました。
十日前の帰還の日にも会っていますが、その時の私たちは酷い疲弊状態だったのです。特にハウスト、イスラ、ゼロス、ジェノキスの状態は酷くてすぐに医務官の処置を受けていました。その為、フェルベオとは十日間の養生を経て改めて挨拶を交わすことになります。
「精霊王こそ四界の守りを感謝する」
「構わない。特に問題もなく、日々つつがなくだ」
挨拶を交わしてハウストとフェルベオが握手します。
続いてフェルベオはイスラとゼロスにも人間界と冥界に変わりがなかったことを伝えて握手しました。
「感謝する」
「ぼくのめいかい、みててくれてどうもありがとう!」
イスラとゼロスの礼にフェルベオは頷くと、最後に私を振り向きました。
恭しく一礼してくれて手を差しだされます。
私が手に手を乗せるとそっと唇が寄せられました。
「母君、ご機嫌麗しく。母君と次代の魔王殿も無事の帰還でなによりです。母君がお元気そうで安心しました」
「ありがとうございます。私はみなに助けられましたので、大きな怪我をすることもなく帰ってこれました。私こそ精霊王様に感謝しています」
そう言ってお辞儀しました。
精霊王のおかげで無事に十万年前へ時空転移し、向こうで過ごしている間もこちらの四界は守られていました。初代精霊王にも当代精霊王にも大きな助力をいただけたから私たちはこうしていられるのです。
私はもう一度深くお辞儀すると、今度はフェルベオの後ろに控えていたジェノキスに顔を向けました。
目が合って手を差しだす。ジェノキスは私の手を取って唇を寄せてくれます。
「御母上様、ご機嫌麗しく」
「こんにちは、ジェノキス。体は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、魔力も体力もだいぶ戻ってる」
「良かったです。この時代に帰ってすぐ倒れてしまったので心配してたんです」
「……情けないとこ見られたな」
そう言って苦笑したジェノキスに首を横に振ります。
「そんなこと言わないでください。あなたのお陰です。あなたのお陰で私たちは無事に帰ってくることができました。感謝しています」
「身に余る光栄です」
ジェノキスが大仰にお辞儀してくれました。
いつもの調子に私も小さく笑いかけます。十万年前から帰還した当初は魔界で療養していましたが、ベッドから起き上がれるようになるとすぐに精霊界に帰ったのです。イスター家当主としての役目があるとはいえずっと心配していました。
こうして挨拶を終えると、四界の王が広間の中央にある広い円卓に足を向けます。
円卓には特別な装飾が施された四つの椅子。四界の王のための椅子でした。
ゼロスは大丈夫でしょうか……。
私はクロードを抱っこしながらゼロスを視線で追ってしまう。冥王とはいえあの子は三歳、このように畏まった場所では緊張してしまうのです。
「めいおうのゼロスです! よろしくおねがいします!」
ゼロスはぺこりとお辞儀すると自分の椅子にちゃんと座りました。お行儀よく背筋も伸ばしています。
ああ、私が心配するまでもなかったですね。
少し緊張した顔をしていますが立派に振る舞っています。他の王に比べるとぎこちないですが、三歳ながら四界の王の一人であることを自覚した振る舞いです。
今までこういう畏まった場所では私と手を繋がないと不安がっていたのに……。成長を感じて誇らしいですが、……少し寂しい気もするのは秘密にしておきましょう。
「クロード、私たちはこっちです」
私はクロードを抱っこしてハウストの側に置かれた椅子に着席しました。そこは四界の王の座する場所から一歩控えた位置です。
私は魔王の王妃で、勇者と冥王の御母上と呼ばれる身ですが、こういう厳粛な場所で四界の王と並んで座することはありません。
「ハンカチをどうぞ」
「あいっ。むにゃむにゃむにゃ」
私は膝に抱っこしているクロードにハンカチを渡してあげました。
今から赤ちゃんのクロードにとって退屈な時間になるので少しでも気を紛らわしてあげなくてはいけません。
ゼロスにとっても退屈な時間になりそうなので、ここへ来る前にクロードにはミルクを飲ませてゼロスにはおやつを食べさせてきました。二人がお腹を空かせることはないでしょうが、退屈なあまり騒いだりしなければいいのですが……。
こうしている間にも広間には畏まった雰囲気が漂いだしました。
禁書を持った士官たちが一列で広間に入ってきたのです。
円卓に現在解読中の禁書や報告書が並べられました。そして最後にジェノキスがリースベットから直接受け取った禁書を置きます。この特別な禁書の解読は、リースベットの側近マルニクスの子孫であるイスター家当主の役目でした。
ジェノキスが円卓の前で四界の王に告げます。
「本日お集まりいただいた四人の王よ、初代精霊王リースベット様より受け取りし禁書をここに開示します。各々の前に置かれた報告書をご覧ください」
王たちが円卓の報告書を手に取ります。
私には士官が渡してくれました。
こうして準備が整い、ジェノキスが語って伝えてくれます。リースベットが残してくれた初代時代の四界を。
初代時代に幕を下ろす最後の物語を――――。
◆◆◆◆◆◆
――――十万年前、初代時代。
レオノーラが祈り石となって海に沈み、星の終焉は阻止された。
四人の王は星の杭となったレオノーラを封じるため、世界を四つに分かつほどの強力な結界を発動させた。
結界発動で七日七晩続いた大激動。それを経て世界は四つに分かれて四界となったのである。
それから三年の年月が流れた。
今、初代魔王デルバート、初代勇者イスラ、初代精霊王リースベット、初代幻想王オルクヘルムは若くして寿命を迎えようとしている。
世界を四つに分かつ結界の発動は四人の生命力を容赦なく削り、恐ろしいほどに寿命を縮めたのである。
初代四界の王、それぞれに死期が迫っていた。
――――幻想界。
木漏れ日がキラキラした美しい日だった。
その日、初代幻想王オルクヘルムは死の床にあった。
筋骨隆々だった肉体が嘘のように痩せ衰えて、大剣を振り回していた姿は遠い昔のようである。
最近は眠っている時間が長くなっていたオルクヘルムだが、晴天の今日、珍しく朝から起きていた。
しかしそんなオルクヘルムに女官が困惑した様子で言う。
「オルクヘルム様、そのようなことは女官がいたしますから……」
「ああオルクヘルム様、どうか私どもにお任せくださいっ」
「うるせーよ。そんなことより黙って次のガキ連れてこい」
オルクヘルムは煩わしそうに言った。
だが赤ん坊のおむつを替えている手付きはひどく丁寧なものである。
そう、おむつ替えだ。
この三年でオルクヘルムは三十人の子どもを作った。
母親は全員違うが、子どもは全員オルクヘルムの血を受け継いでいる。
今、死の床には子どもを連れた母親たちが集まっていた。
オルクヘルムは子ども一人ひとりを抱いて言葉をかけ、赤ん坊一人ひとりのおむつを替えた。
そんなオルクヘルムの姿に母親たちと女官はおろおろしていたのだ。
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