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第十二章・三兄弟のママは神話を魔王様と7

「沈んだ島の調査はどこまで進んでいる。場所は分かっているのか?」 「それは私が答えよう」  フェリクトールが答えます。  フェリクトールは禁書解読の陣頭指揮を執ってくれていました。 「沈んだ島の位置についてだが、禁書の文面から位置を予測して古地図と照合した。その結果おおよその位置が判明したよ。現在、魔界と精霊界と人間界で合同調査団を組織している」 「そうか、そのまま調査を進めてくれ。周辺海域の監視も命じる」  フェルベオはそう命じるとハウストに顔を向けました。 「今回の禁書によって今まで謎とされていた多くが判明した。魔王殿、魔界と精霊界の玉座の真下には神域がある。そしてそこには祭壇が」 「……ああ、あの祭壇は初代王の棺だったか」  二人の会話に息を飲みました。  玉座の真下にある地下は神域です。今まで神域は王が特別な力を行使する場所とされていましたが、まさかそこに初代王が眠っていたなんて想像もしていませんでした。  今も初代魔王デルバートと初代精霊王リースベットの棺が地下の神域に安置されているのです。死んでもなおレオノーラと四界を守るために。  重大な真実にまた沈黙が落ちて、イスラが厳しい顔で口を開きます。 「この時代に禁書が出現したことは偶然だと思えない。そして俺たちが初代時代へ転移したことも」 「その通りだ。そもそもなぜ僕たちの時代に封印されていた禁書が出現したのか。……覚えているか、かつての精霊王が禁書とともに残した手紙を。『この禁書が出土した時代を、その時代に生きる子孫を哀れに思う』、……この一文は筆跡から初代精霊王が残したものと見ていいだろう」 「リースベット様……」  顔が強張りました。  リースベットは意味もなくそんな手紙を残す方ではありません  フェルベオは重く頷いて言葉を続けます。 「僕たちの時代で禁書が発見されたことには意味がある。そう思って間違いないだろう」  その言葉を否定できる者はいませんでした。  初代時代に転移していたからこそ、その言葉が真実に近いものだと分かるのです。  こうして最後の禁書の報告が終わりました。 「フェリクトール、禁書の解読を急げ。研究を進めて随時報告しろ。今日はここまでとする」  ハウストが閉会を宣言します。  それに合わせて広間の士官や研究者たちが最敬礼しました。  私も立ち上がろうとしましたが、抱っこしているクロードが眠っていることに気付きます。 「ぷー……」と小さな寝言。  どうやら報告中にハンカチをむにゃむにゃしながら眠っていたようでした。ここに来る前にミルクを飲ませていたのですぐに眠くなったのでしょう。この時間は赤ちゃんにとっては退屈な時間でしたから。  ふとゼロスが心配になります。  とても静かにしていましたが、前回の報告会では椅子に丸まってぐっすり眠っていました。  私はゼロスが座っている椅子に近付いて覗き込む。 「ゼロス、…………ああ、起きていたんですね」  驚きに目を瞬く。ゼロスは起きていました。  お行儀よく背筋を伸ばしてじっと前を見据え、ジェノキスの話しを真剣に聞いていたのです。 「あ、ブレイラ」  ゼロスが私を見上げてきました。  三歳のあどけない顔。でも今、ゼロスは今まで見たことがない瞳をしていました。困惑、憧憬、追憶、尊び、それらが入り混じったような複雑な瞳。 「お話しを聞いていたんですね」 「……よくわかんなかったけど、でもきかなきゃダメだとおもったの」 「そうですか」 「うん」  ゼロスは頷くと、またテーブルの禁書を見つめて複雑な瞳になりました。  今ゼロスは考えているのですね。うーんうーん、と一生懸命に考えている。  ゼロスはまだ三歳なのですべてを理解できるわけではありません。  でも、それでも幼いながらに何かを感じている。感じたものを一生懸命考えて受け止めようとしている。  そんなゼロスの姿に目を細め、私も禁書を見つめました。  禁書に記されていたレオノーラと初代四界の王の結末。  レオノーラ様、あなたは今も深海にいるのですね。  ずっとずっと深い海の底、祈り石になってたった一人で星を守っているのですね……。  その日の夜。  家族で夕食後のひと時を過ごした後、私はゼロスの寝所にいました。  ゼロスは一人で眠れるようになったけれど、寝入るまでは添い寝をしてほしがるのです。  いつも添い寝でトントンするとすぐにスヤスヤ眠るのですが……。 「眠れませんか?」  私はゼロスをトントンしながら聞きました。  ゼロスの目はぱっちり開いたままです。  困ったように私を見上げる瞳。 「あれからずっと考えているのですね」 「……うん。わかんなかったけど、あたまのなかがグルグルしてるの」 「そうですか。いっぱい考えているんですね」  私は笑いかけてゼロスの額をなでなでしてあげました。  指で前髪を梳いてあげると気持ち良さそうに目を細める。可愛いですね、ちゅっと額に口付けるとゼロスがくすぐったそうに肩を竦めます。  あどけない仕種と無邪気な笑顔。  強張っていた顔が綻んで私は内心ほっとしました。  だって報告を聞いてからゼロスは心ここにあらずな顔をしていたのです。内容をすべて分かっていなくてもなにかを感じ取っている顔。一生懸命に自分なりの答えを出そうとしている顔。でも理解できないことがたくさんあって、情報の整理も出来なくて、頭の中がグルグルしているのですね。 「目がぱっちりですね」 「ねむれないの」 「ふふふ、可愛いおめめです。よく見せてください」 「どうぞ」  近い距離で目が合って、ぐっと顔を寄せ合います。  じゃれあうように額と額をくっつけました。 「よく見えました。綺麗な青色です」 「えへへ、どうもありがとう」  私は小さく笑ってゼロスの額を撫でてあげます。  そのままさり気なく瞼を覆って優しく撫でる。すると強張っていたゼロスから力が抜けていく。じゃれあって気持ちが緩んだようですね。 「ブレイラ、くすぐったい~」 「ふふふ」 「つかまえちゃおっ」  ゼロスがなでなでしていた私の手を捕まえました。  私の手を小さな両手でぎゅっとして、遊ぶようにツンツンしたり、頬でスリスリしたり。最後は私の手の平に鼻先を寄せて顔を覆ってしまう。  でも私の指の間からゼロスの瞳が覗きます。大きな瞳が私をじっと見つめる。 「ブレイラ、だいすき」 「私もあなたが大好きです。愛していますよ」 「うん。おやすみなさい」 「おやすみなさい」  そう言って笑いかけると、ゼロスも嬉しそうにニコリと笑う。  ゼロスは気持ち良さそうに微睡んで、しばらくするとスヤスヤ寝息が聞こえてきました。  私はゼロスの顔に触れていた手をゆっくり離す。指で短い前髪を横に梳いてあげて、額にちゅっと口付ける。いつまでも見つめていたい可愛い寝顔です。 「おやすみなさい」  私は添い寝していたゼロスから静かに離れました。  ゼロスの寝所から出ると、次はイスラの寝所に向かいます。  でもイスラの寝所の扉をノックしても返事はありません。  この時間なら寝所にいると思うのですが……。

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